ひとりセルコ寺を訪ねる

 尊者はほかの僧を西寧に残し、ひとり遊行僧の姿をしてセルコ寺(gSer khogs 青海省大通県)へ向かった。夜、僧坊の一室を借りて泊まった。その晩、護法神がメー・ラマ・ドゥプチェン・ツァン(Mal bla ma grub chen tshang)に予言を告げた。

「明朝ツァンヤン・ギャツォが汝の家の前に降臨されるだろう。よく歓待し、間違いがあってはならない」。

 この高僧は年を取り、足も障害をもっていたとはいえ、準備は怠らなかった。早起きし、僧らに命じ、掃除をし、玉座を整え、供え物などをととのえた。

 翌朝夜が明ける頃、尊者はセルコ寺に来て本殿の周囲をまわりはじめた。前日高僧ロサン・ペンデンもまた予言を受けていたので、本殿の後ろに身を隠し待っていた。偶然を装い尊者と出会った。出会うと即座に身を地面の投げ、礼拝した。尊者は言った。

「シャルパ・レクパ・ギェルツェン(Zhwa lu pa legs pa rgyal mtshan)は、いらっしゃってますでしょうか?」。そのとき以来ロサン・ペンデンはシャルパという名で広く知られるようになった。

 辰の刻、尊者はメー・ラマの方丈の前にお越しになった。ラマは中にいたので、側の者(ソポン)に命じた。「ツァンヤン・ギャツォさまが門前にいらっしゃっている。早くお迎えしなさい!」

 ソポンは暗に思った、「ラマは年をとって、ぼけたのだろうか、変なことをおっしゃる」。しかし命令に背くわけにもいかないので、とにかく門の外に出てみた。そこにいたのは遊行僧ただひとり。尊者にはとても見えなかった。メー・ラマのもとにただちに戻り、報告した。メー・ラマはあわてて言った。

「それだ、その人だ。ほかにだれがいるというのだ? すぐお迎えしなさい!」。

 ラマは足が悪かったが、ふたりの僧をつれて門に向かい、香を焚きながら尊者を出迎えた。尊者はためらわず本殿のなかに入り、用意された玉座に座った。メー・ラマは尊者の足元で叩頭し、頭を撫でて祝福するよう頼んだ。寺内の僧たちはなにが起こっているかよくわからず、うつけたような目つきで眺めていた。しかしメー・ラマと尊者が長い時間歓談をしているのを見て、しだいに疑念が取れてきただけでなく、尊敬の念を抱くようになった。このことがあってから、セルコ寺の僧たちはいったいこの尊者はどなたであろうかと内輪で話し合い、驚嘆の念を禁じえなかった。

 尊者は寺の本殿を礼拝した。その日はおりしもディベート(tshogs langs ツォクラン)が行なわれていた。尊者は座した僧の列の前を通って仏像の全面へ行き、叩頭した。そして口をゆすぐ瓶をもった僧の列に並んだとき、弁論を行なおうとしていた僧が、かつて尊者を何度も見ていたのですぐそれと気づき、近づいてきて、頭を撫でるよう請うた。尊者はその僧の頭を撫で、その場を去った。その日のディベートで勝者となったのはその僧だった。彼はライバルに遅れを取っていたが、尊者が頭を撫でたことによって勝利を得たのである。 



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