アガルタ 

8 地底ふたたび 

 

「この花々を見て!」シャスタ山で小さなトラックに乗って到着し、降りたところで、第一声をあげたのはナンシーだった。エリノアとティッチはピンク、黄、白のデイジーに似た花にあふれた芝生の上をはねまわった。マヌルはそれを見てクスクス笑っている。

「幸せそうな子供たちを見るのはすばらしいことだ」と彼は言った。「われわれはあなたがたを暖かく迎えるよ。ここで幸せになってもらうためにベストをつくすつもりだ」

 おばあちゃんのエミリーはまわりを見まわして叫んだ。「新しいものはなにもないわ! 夢の中にあったものとおなじですもの。夢の世界の正しい側にいるのだと感じさせるわ」

 ぼくたちの荷物(ほんとうにたくさんあった)トンネルに入ったところから別のトラックに載せられていたが、地下を浮遊する乗り物に移し替えられた。マヌルはこれらの乗り物のひとつを呼び、ぼくたちに乗船するよううながした。これもぼくにとっては目新しいものではなかった。ぼくが広々とした乗り物に乗り込もうとするのを、ナンシーとエリノアは目を開いて見ていた。マヌルとぼくはかれらとは別に移動することもできたが、見知らぬ土地で友人やおばあちゃんを置いていけなかった。

 乗り物は彼らの新しい家へ向かって出発した。テロスの移動手段は車でも、ボートでも、飛行機でもなかったので、乗り物と呼んだけど、ぼくたちはそれをホバークラフトと呼んだ。その乗り物はたしかにホバー(空中浮揚)しているのだから。

 ホバークラフトが空中に一瞬とどまったとき、「おお、なんてこった!」が友人らから発せられた唯一の言葉だった。屋根なしの丸い家の前でぼくたちは止まった。テロスの家はすべてこのような建物だった。

 おばあちゃんは手をたたいて喜んだ。彼女はマヌルを古い友だちのように遇し、愛する孫を遭難から救った武勇にたいし感謝の言葉を述べた。ぼくは少しだけ困惑した。でも同時にきれいで、知的で、愛すべきおばあちゃんのことを誇りに思った。スウェーデンの自宅でテロスについて話したときも、おばあちゃんはちっとも驚いたふうでなかった。地球内部にそのような場所があることを夢で知っていたのだ。いまや完全にくつろいでいた。マヌルはまるで旧知の仲であるかのような奇妙な目でおばあちゃんを見つめた。ぼくはあえてたずねなかった。すべての問いの答えがわかるときがいずれ来るだろう。いつもこんなぐあいだった。

 ところでエリーと呼ばれるエリノアは、最初にあいた扉から駆け出した。丸い家の中は仕切る壁がなく、屋根もなかった。あたかもひとつの大きな円形の空間にいるかのようだった。個別のベッドルームにはポータブルなスクリーンがそれぞれついていた。中央には大きなリビングルームがあり、あなたの希望に応じて必要な家具がそろえられていた。キッチンといえるものはなかったが、引き出しのついた広いテーブルの上の棚にコップや皿がのっていた。ぼくはすでに知っていたのだが、ふたりのレディにはとても奇妙なものに映ったようだ。

「オーブンも流し台も皿洗い機もないなんて」とナンシーは言った。彼女は笑いを必死でこらえていた。同時に涙を流しそうだったが。

 おばあちゃんは冷静だった。「料理しなくていいなんて素敵だわね」と言いながら、彼女は中央セクションの安楽なアームチェアに身を沈めた。s地内であるにもかかわらず、花々が咲き乱れていた。部屋が花々でさまざまなエリアに分けられていた。こうして家の中は居心地がよく、友好的だった。

「おしっこに行きたいわ、ママ」あらゆるところを駆け回りながら、エリーがきいた。しかしトイレは見つからなかった。ぼくは笑ってサイドドアをあけて彼女を連れ出した。トイレ機能のある場所はそこにあったのだ。その一種のトイレで体から排出されるものは消え、巧みに分解されるのである。家に付属するプールであなたは体を洗い、きれいにすることができる。

 食べ物に関しては? あなたはキッチン・エリアでマシーンを通して注文することができる。あるいはそれが供される家へ行く。これに関してはあとでまた述べたい。あなたはボタンを押し、希望の食料か食事かを選ぶ。それには思考の力も含まれていた。

「この町には働いている人もいたわ」庭園のなかを歩いているとき、ナンシーは観察したままを述べた。ティッチは好みの場所をマーキングしていた。「ティム、あなたはどこに住んでるの?」 

 突然、前回テロスに来たときの記憶が洪水のように押し流されてきた。「ぼくの家はここからそんなに遠くないところにあるんだ」ぼくはこたえた。「ナンシー、だれだって働いているだろう? あなたが慣れている<働いている>と違っているだけで」

「じゃああなたは何をしているの?」またナンシーは聞いてきた。

「治療師みたいなことをやってます。人を助けるんです。ここには病院のようなものはあります。でも地上の病院とは違うのです。自分自身をどう助けるかを教えるのです」

「もしエリーが転んで足の骨を折ったとしたらどうするの?」ナンシーは食い下がった。

「そしたらすぐに治せますよ」ぼくは微笑んだ。「どんなものでもぼくたちのやりかたで治せます」

「いったいぜんたい、地上と地球内部では何が違うのかしらね」ナンシーはいぶかしそうに言った。「まわりの土はおなじに見えるのに」

「でも」ぼくはこたえた。「あなたがたの土とここの土では年齢が違います。地球の空洞に住む命はとても長いのです。あなたがたのなかにもとても長く生きているものもあるかもしれませんが。ここでは古代の智慧が確立されているのです」

 そのとき庭のほうから叫び声が聞こえてきた。まぎれもなくエリーの叫び声だ。ぼくたちはあわててそちらへ駆けつけた。さいわいにも、目にしたのはカンガルーと向かい合うエリーの姿だった。彼女はカンガルーのパンチを食らって喜んでいたのだ。ナンシーは笑った。

「ここには野生動物がたくさんいて、自由に歩き回っています。かれらにはまったく危険がありません」ぼくがこう言ったのは、エリーが恐怖にふるえて母親の後ろに隠れたからだった。カンガルーはまだそこにいた。それでぼくはカンガルーに近づき、手で軽くたたいた。人にたいしてよく使われる合図だ。驚いたふうにエリーを見たあと、カンガルーはピョンピョン跳びながら木立ちのほうへ去っていった。

「人と動物は、ここでは友だちなのです」ぼくはおじけづいている四歳の子供に説明した。「こわがらないことを学ぶのも、必要。そして動物がやってきて、たたかしてくれるのを待たなければならない。でも首や背中をたたきすぎてはいけない。いつも心をおだやかにしておくこと。動物はそれを感じ取るでしょう」

 ティッチはまるで警護をしているかのようにドアの横にすわっていた。実際、偉大なる番犬なのである。しかしここでは番犬が必要とされていないため、ペットとして飼うことに決めた。ティッチはおばあちゃんが大好きだった。だからよくおばあちゃんのそばにいた。

 ぼくは家の中に入った。おばあちゃんはアームチェアに腰かけたまま、ぼんやりしていた。「あら、ティム、あなたね」ほほえみながら彼女は言った。「部屋の隅に自分の場所を確保したいの」

「いえ、だめです」とぼくはこたえた。「ぼくの家のとなりの家はおばあちゃんの家なんだから。さあ、行きましょう。ナンシーには、おろさなければならない荷物が山ほどあるんだから」

 ぼくたちは家々のあいまのアレンジされた草の上を歩いて、ぼくが居住する場所に着いた。となりはおばあちゃんが住むことになる家である。彼女は有頂天だった。銀色の破風が入った暗いピンクの家である。もちろん屋根はなく、どこもかしこもバラと繁茂する植物だらけだった。

「なんてすばらしいの!」まわりを見回すたびにおばあちゃんは感嘆した。「どんどんここが好きになっていくわ」

 そのとおりであってくれとぼくは願った。テロスは友好的であるけれど、冒険に満ちていた。町の外は野生のままで、野生動物はすぐ近くにいた。でも人類は違っていた。さまざまな種族がここにやってきて、それぞれの生活を送っていた。それぞれが伝統を持っていて、ぼくらには理解するのがむつかしかった。テロスのほかの者は関与しなかった――関与する必要があるだろうか。ここには法律があり、それによって人類には自由の権利が与えられていた。自由は何にもまして重要だった。このことについてぼくはおばあちゃんに話した。

「魂の自由はとても重要なことだわ」おばあちゃんは同意した。「でもコミュニティには仲間がいるでしょ。そんななかで完全な自由を満喫するのは容易ではないわ。自由にはいくつものタイプがあるの、ティム。ここにだって法律はあるわけでしょ。それは何だっていうの?」

「おばあちゃん、あとでわかることもあると思うよ」ぼくはほほえんだ。「いまは議論するときじゃない。でもひとつだけは知っていてほしい。ここには想像しうるもっとも特別な図書館があるんだ。それらの本は、あなたのために実行する<プレイ>なんだ。説明するのがむつかしいから、見てほしいな。ここでは飽きることがないって保証するよ。図書館へ行く<タクシー>は無料だし、はやいからね」

「すごいわね!」おばあちゃんは言った。「あす、完全なツアーをはじめられるかしら? 地球の内側をできるだけ知っておきたいの。今日は新しい家でくつろいで、庭をよく見たいわ。そしてあなたやティッチのことを近くに感じていたいの」

「理解するためのツアーを計画しているみたいだね」ぼくは笑った。「でもまずぼくの家を見てほしい。そこでおばあちゃんのやりかたを見つけてもらいたいんだ。というのも家は地上の家とはえらくちがうんでね。地上ではぎゅっといっしょになって暮らしているでしょう? でもここではスペースがたっぷりあるんだ。庭のための空間があり、野菜畑の空間もあるんだ。もし自分で食べ物を育てることができないなら、だれかが助けてくれるんだ。ぼくの家へ行って、ランチを食べよう。ナンシーには調理された食事をどう注文するかすでに説明してあるんだ。夕食もそこで食べよう」

 ぼくとおばあちゃんはすわって、さらにここと地上との違いについてあれこれと論議した。



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