アガルタ 

14 サンジェルマンと会う 

             

 ぼくたちはホバークラフトに戻った。マヌル、おばあちゃん、ぼくとティッチ、レックス、ウェンディ、エドムンド、ピーターといった面々である。レックスだけがどこへ行こうとしているか知っていた。実際のところ、おばあちゃんもぼくも、国としてのアガルタ、町としてのテロスについてほとんど知らなかった。ツーリストとしてはほとんど時間がなかったからである。マヌルはぼくを見てニコニコ笑っていた。子どもたちといえばホバークラフトが高い所――木々の真上――を飛んでいるので怖そうにしていた。ホバークラフトは地上数インチのところを飛ぶことがあった。しかしどこか遠くへ行こうとしているらしい。それで飛行機のようにある程度の高さを保っているのだった。ぼくたちの体は座席にしっかり固定されていた。これから始まる旅は魅惑の旅だった。子どもたちもおなじ思いであり、この考え方が好きだった。

 ホバークラフトから離れたところを、編隊を成した大きな鳥の群れが飛行していた。小さめの鳥たちはぼくたちの機体のまわりをチュッチュと鳴きながら飛んでいた。ようやくホバークラフトは下降をはじめた。恐怖は興奮にかわった。さて、ここはどこだろう? 

 ホバークラフトは青々と茂った丈の高い草むらのなかに着陸した。この草はアガルタのどこにでも生えていた。マヌルはすばやく飛び降りると、ほかの人が出てくる前に紳士然とおばあちゃんのために手を差し伸ばした。ぼくはまわりを見回した。ここは南海島? 棕櫚の木にぼくたちは取り巻かれていた。その間から地中海のように青い海がきらきら光って見えた。

「ここである人物と会う予定にしています」とマヌルは言った。「彼とわたしはあなたたちを二手に分け、周囲を案内します。彼はアガルタを訪問中で、しばらくはここにいます。彼は異なる次元から来ました。マリアナのために請われてやってきたのです。マリアナは霊媒(ミディアム)で、ティムはのちにコンタクトを取ることになるでしょう。さあ、こちらが彼です」

 背の高いエレガントな男が棕櫚の林からあらわれた。彼はとてもしあわせそうで、心を開いた顔をしていた。しかしなぜそうなのかはわからなかった。彼はぼくのところにやってきて、輝く歯を見せてにっこり笑い、ぼくを抱擁した。それからほかの人たちをハグした。おばあちゃんの手にキスしたときのぼくの驚きがいかほどであったか、想像してほしい。おばあちゃんはとても喜んでいた。彼はかがんで子どもたちと冗談を言い合っていた。ティッチもまた撫でられて喜んでいた。犬はなつかしい友人に会ったかのように彼をペロペロなめた。

「あたしはあんたのこと知ってるよ」おばあちゃんは眉をあげて、彼をながめながら言った。「あんたは作家かい? 俳優かい? 英国人かい? スウェーデン人かい?」

「どれでもありませんよ」彼はニコニコしながら答えた。「私はサンジェルマンです。たまたまアガルタに来ていたのです。私は大師(マスター)と呼ばれています。私は星の世界からやってきました。地上には霊的教師として生まれたのです。イエス・キリストよりずっと前の時代です。私はルイ14世の御世に、フランスに姿をあらわしました。私はいま生きている多くの人々にとっての霊的指導者です。そしてここに尊い弟子のひとりがいるのです。それはまさに私がだれかとたずねている小さなご婦人なのです」

「おばあちゃん!」ぼくは叫んだ。

 マヌルは新しく来た者をわきに出した。そして命令を受けたようだった。それから手を振り、軽くお辞儀をするとマヌルは姿を消した。偉大なるマスターはぼくたちのところに持ってきた。

「わたしたちがどこへ行こうとしているかわかっている」と彼は語った。「もう少しホバークラフトに乗って行きましょう」

 地球内部でもあきらかに長距離の部類に入る長旅となった。道はたくさんあり、ショートカットの方法もあった。ホバークラフトは何段階ものスピードがあった。いま地面から数インチのところを前方に疾駆していた。

 ホバークラフトが止まったころには、景色は一変していた。ぼくたちは火が噴き出す火山の麓にいた。火は下に向かって流れ落ちるのではなく、上方の暗い雲へ向かって消えていった。火山の麓には村があった。アガルタの典型的な建物が立っていた。豪勢な植生に囲まれた丸い、屋根のない建物である。

 おばあちゃんは手をたたいて――これは癖なのだが――叫んだ。「なんてすばらしいの! 感動しちゃうわ! どうやって村人は火山の近くに家を建てたの? ベスビオス山のような火山が噴火したらって想像してみて!」

 レックスは高笑いした。「エミール! これはベスビオス山なんですよ! 地上ではそう呼ばれているってことですが。いまわれわれはイタリアの真下にいるんです。火山はここでは上へ向かって噴火するのです。下に向かってではありません」

 おばあちゃんは彼をじっと見た。「レックス、あなたはどうやってそういうことを学んだの?」彼女はおどろいていた。残りのぼくらはどっと笑った。ぼくたちはまわりをぐるりと見回して、驚くべき光景を目に焼き付けた。

「あなたは魔術師と考えられていますね。棺桶の中に遺体が入っていなかったのですから。でもあなたはぴんぴんしている」とぼくはサンジェルマンにたいして言った。彼は思う存分笑った。

「私が来た場所、そこへあなたはさまざまな身なりであらわれることができる、必要に応じてね」と彼はこたえた。「ここではそれが可能なんだ。でもテロスではできない。アガルタでも場所によって異なるんだ。人間には見えないが、そこではいま五次元が優勢になりつつある。この地域には古代の智慧があり、歴史がある。私はそのことにとても興味があるのだ。古代歴史についてあれこれ研究するのが大好きでね。奇妙なことにほっとするんだよ。まあともかくこのツアーをつづけよう」

 ちょうどそのとき、叫び声が聞こえた。つづいてほかの叫び声。ウェンディが走ってぼくたちのほうへやってきた。「ピエールが火山で溺れたの!」彼女はわめきたてた。「全身すすけちゃったの!」

 こんどはぼくたちが走る番だった。真っ先に到着したのは足の長いマスターだった。目の前にあったのは、煤けて真っ黒になった形のはっきりしないかたまりだったが、それは唾を吐き、怒れる猫みたいにフーッとうなっていた。笑うべきものではなかったが、なにかとてもコミカルだった。

「ピエールはあの端っこでバランスを取ろうとしていたの」ウェンディは説明した。「そしたらすべっちゃった。あたし、手を取って引っ張りあげようとがんばったよ。ティッチも助けてくれた。ピエールの上衣をくわえて引っ張ったの」

 ぼくのかっこいいはずの犬はやはり煤だらけだった。サンジェルマンがついで話をした。「無窮の時間のあいだ学んできたのはこのことだ」と、真っ黒に煤けた少年と黒焦げでパチパチ音をたてている犬を前にして彼は言った。ティッチの毛並みは真っ黒に煤けていたので、どこまでが煤で、どこからが鼻か判別できなかった。

 古代のマスターは彼らを前にして、手をあげ、何かつぶやいた。すると子供と犬から黒い雲のようなものがモクモクと出てきた。それが天空に消えていくと、少年と犬はだれからもハグされるほどきれいになった。ウェンディはぼくのそばにいて、ぼくの手をにぎっていた。

「あたしも煤だらけになっちゃったみたい」彼女は考えながら言った。「だからそのぶんハグしてもらえるかな」ぼくはお返しに強くハグした。

 ぼくたちはホバークラフトに乗って旅をつづけた。「つまりあなたは天国から来たということですか」ぼくはこの興味深い新参者に向かって言った。彼はほほえみを返した。

「あなたが私のことを本当に知っているとは思わない。私のミッションは、五次元のエリアから、アガルタの三次元のエリアを訪れることなんだ。ティム、あなたを含む新しい居住者がもともといた居住者とうまくやっていけるように尽力するのが私の役目なのだ。このホバークラフトに乗っているのはみな新参者だ。子どもたちはそのことを学校で学ぶだろう。だがあなたはこの国をあるがままに体験しなければならない。

 私がいまあるところに落ち着く前、ほかの次元に住んだり、訪問したりした。テロスは私が責任を持っている地域の一部である。テロス以外にもたくさんの地域を受け持っているが。ここには多くの賢者のマスターがいる。私が担当しているのは、イノベーションのためのムーブメントと組織である。テロスでは、私は物理的な肉体を持っている。しかしアガルタのほかの地域ではそうではない。さあて、テロスの外縁部についてもっと学ぼうではないか」

 ホバークラフトは下降しはじめた。

 ぼくたちの注意を惹いたのは、どでかい、丸い建築物だった。空中に千匹のマルハナバチがいるみたいなやわらかなハミングが聞こえた。まわりを見回して、後ろに似た建築物があるのがわかった。さらに残りの二方向にも。どでかい、丸い建築物群がぼくらのまわりで鳴り響いていたのだ。

「ここではたくさんのものが製造されているのです」とレックスは大きな声で言った。「ある建物では食べ物と飲み物を作っています。ほかの建物では家具や内装に関するものを作っています。これらは地上でさまざまな形で売られています。子どもたちはスイートが好きでしょう? ウェンディ、ピエール! そこの緑の扉の向こうに走っていってごらん! おまえたちのことはだれかが見ていてくれるから」

 子どもたちには一度言えば十分だった。彼らはすぐに緑の扉から向こうへ消えていった。ティッチを含む残りの者たちは長い間許されなかった「発見の航海」に出発した。すべてのものはハンドメイドか、シンプルな工具で作られていた。機械が使われることはなかった。すべての種類の神聖なる原料や道具の山があった。建物からぼくたちが出てくると、子どもたちはチューイングガムをかみ、飴をなめながら、ホバークラフトでぼくたちを待っていた。機械なしで作られる物の種類が非常に多いことを知ってぼくたちは信じがたいほど感銘を受け、驚かされた。

「わたしは一生というもの、現実逃避に生きてきたわ。探索自体を探索していた、ということなのだけどね」ユニークな乗り物の座席に坐りながらかわいらしいおばあちゃんは言った。「探索が終わったのはうれしいわ。年をとりたいってことかしら」

「ここで年をとることはない。むしろ若くなるのだ」サンジェルマンは説明した。「老化というのは地上におけるプロセス。実際のところ、それは完全に不必要なことなのだ。ティムを見よ。地上の年数でいえば何年もここにいる。だがここに来たときと同じように見えるではないか。それはあなたにもいえることなのだ。私が若者に見えるということは、様々な人が書き記している。年をとっているようには見えないと誰もが言う。私はずっとここに住んでいる。若さや健康について知っている。第一に子どもたちは成長しなければならない。しかしエミリーや他の人々が若くなることを助けるのも重要なわれわれの仕事である。あなたが見たような家がここにたくさんある。それらはここに滞在することを決めた訪問者にさまざまなトリートメントを提供しているのだ」

 ぼくたちはこの奇妙な旅をつづけた。


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