アガルタ 

23 妻の両親のもとを訪ねる 

 

「今日はあなたといっしょに行くわ!」シシーラは高らかに言った。彼女はベッドの足元に立っていた。朝の光に包まれた彼女からは、きらめき輝くオーラが発せられているかのようだった。「わたしたちは霧の橋に行くのよ。ここはテロスと周辺地域、そして五次元の巨大な国との境目。あなたはシャンバラには行ったことがあるでしょう」

「まあ、ほんとに短期間だけどね」ぼくはこたえた。「もっと見たかったんだけどね」

「もっと見ることができるわ。両親が住んでいるんですもの。両親宅を訪ねるの」

 やっとだ、とぼくは考えた。ぼくのことを気に入ってくれるといいのだが。

「ぼくのこと、気に入らなかったらどうなるんだろう」

「まあわたしたちの愛の結びつきを解消させるでしょうね。でもそんなことは起こらない。わたしたちが愛し合っていること、それがすべて。愛は五次元以上の世界でも至高のものなの。アガルタは愛なの。さ、急いで準備して。ホバークラフトの予約を入れといたから。ティッチもいっしょよ」

 ティッチはオオカミのように駆け下りてきて、犬のベジタリアン食を食べ始めた。犬はそれを楽しむようになっていた。食べ慣れている肉食を忘れたわけではないだろうが、ティッチは唯一の野菜好きのベジタリアン・グレートデン犬だった。ここではティッチのような大型の動物を見ることはなかった。動物すらめったに見かけなかったのだ。ぼくは白シャツを着て、白いズボンをはいた。ティッチの首にはダイヤモンドがちりばめられた白い首輪を巻いた。

 シシーラはピンクの独創的な服を着て、幅広の帽子を合わせた。驚くほど美しかった。ぼくたちが乗り込むと、ホバークラフトはすぐ飛び立ち、あっという間にかなりの上空に達した。

 おばあちゃんはいつもスウェーデンのマーチ曲を歌っている。

 

夏の陽の輝き 

森や野原を抜けぼくらは行くよ 

心配なんてぼくらは知らない 

いつも歌っているよ、フレー、フレー 

 

 地上が見えなくなるまでぼくはこの曲を口笛で吹いた。そしてホバークラフトはかなりの高さまで上昇した。ぼくは口笛が得意だった。

 妻は目で楽しそうな気持を伝えてきた。「ほんとうにいい曲だわ」と彼女はほほえみながら言った。

「昔のスウェーデンの曲をピアノで弾くことができるよ」ぼくは言った。「ピアノがあるならね」

「どの楽器のことなのかわかるわ」とシシーラはこたえた。「あなたが望むなら、一台作れるでしょう」 

 こんな答えが返ってくるとは思いもよらなかったが、そう、ここは機会の地なのだ。できるだけ早く家でグランドピアノを作ろうとぼくは考えた。創造の力は、ここアガルタでは肯定的にとらえられているかぎり、抑制できなかった。このことは、最初にここに来たときに学んだことだ。でなければここにねぐらを持つことはなかっただろう。シシーラはぼくたちのためにすばらしい家庭を作ってくれた。とても居心地のいい、実際的な家庭を。

 ホバークラフトは下降し、霧深い地に着陸した。あまりにも霧が深くて自分の手も見えないほどだった。ティッチはぼくの体にぴったりと寄ってきた。視界からはずれるのが好きではなかったのだ。シシーラが両手を振ると、霧が少し晴れたので、橋の上に立っているのがわかった。その手すりは高く、曲線を描いて上空に伸び、上のほうでアーチを描いていた。橋の下には清冽な流れがあり、下流のほうの小さな滝に向かっていた。両側に森の輪郭があるのがかろうじてわかった。

「三次元と五次元を分ける橋の上にわたしたちはいます」と彼女は言った。

「三次元と四次元ってこと?」とぼくはきいた。

「いえ、三次元と五次元。ここには四次元はないの」と彼女はこたえた。とても奇妙に思えたけれど、これ以上のことは追及しなかった。意外にもすぐに意味を理解することができるのだった。

 霧の橋にいたためにぼくたちの足は濡れ、霧の中で身震いした。しかしそれにもかかわらずとても楽しかった。ここが驚くべきところへの入り口であることをぼくは感じ取っていた。

 空気は橋の名前のイメージほどには湿っぽくも、陰鬱でもなかった。霧はもはやぼくたちの一部であるかのようだった。それはぼくたちが橋を渡るときに作られた呪文であり、幻影だった。橋はとても長く、湿った厚板の上をすべるように進んでいくと、まわりの空気は明るくなった。ぼくたちは手を握り合っていたので、滑って転ぶことはなかった。ティッチはぼくのかたわらで小走りに進んだ。

 突然劇場のブラインドか幕が上がったかのように、霧が晴れ、美しい景色が現れた。ぼくたちはもはや橋の上にいるのではなかった。太陽光のもと、光り輝く黄金の砂利の上をぼくたちは浮揚していたのである。太陽光が照らし出していたのは、偉大なる町シャンバラだった。ぼくは光に向かってそびえる塔や尖塔を認識した。光は町中の建物に使われた宝石によって反射していた。とても美しく、感動の涙を流したほどだ。ぼくは都市が好きではなかったのに。

 妻は両手でぼくの目を覆い、それから始終何かをつぶやきながら、頭のてっぺんから耳まで軽くたたいた。するとまたも奇妙な変容が起こった。大気が音に満ちたのだ。魅力的な、ちらちら光る人々がぼくたちといっしょにおなじ黄金の道を動いていた。彼らがもうひとつの言語で話し合っているのが聞こえた。彼らの多くはペットを持っていて、ティッチを見るとにっこりと笑った。ティッチは吠えたてることはなかったが、すこし疑わしそうな顔で見た。ほかの都市と同様ここも多忙を極めるところではあったが、どこか憎めないところがあり、静かだった。

「わたしはあなたの考えや理解を五次元のほうへ向けさせるわ」とシシーラは言った。「全体の一部にならずに、あなたはここにわたしといることはできないの。さあ、あなたは唇を動かさずにだれとでも話せるようになるわ。言語が理解できないからって心配することはないのよ。ほかの言葉と同様、あなたの頭脳はデータ処理をしているのだから」

 彼女が話し終わる前に若いカップルがぼくたちを止めた。「ぼくたちはちょうどあなたの犬を称賛していたんだ」と男が(ぼくの頭の中で)言った。「この血統の犬は見たことないな。きみはどこから来たんだい?」。ただちに返答を考えなければならなかった。そして瞬時に男は理解した。女はティッチの前で身をかがめた。するとティッチは彼女の手を念入りに舐めた。

「大いなるデーン族ね」と彼女はほほえみをふりまいた。「わたしたちは地上のほとんどの国の名前を学んでいます。デンマークも例外ではありません。そこの人々は並はずれて大きいのですか」*訳注;デーン族はデンマーク人のこと。グレートデーン(大いなるデーン族)は犬の種類。

 ぼくはいままでに会った背の低い善良なるデンマーク人たちのことを思い出して笑わずにいられなかった。ぼくたちは四人とも笑い転げてしまった。そのときティッチが見てくれとばかりすっくと立ちあがったものだから、笑いはとどまることがなかった。しかしながら妻はすぐさま二人に別れを告げ、ぼくたちは先を急いだ。

 いくつもの通りを越え、すばらしい庭に囲まれた大きな屋敷に着くまでそれほど時間はかからなかった。枝葉を織り込んだ屋敷の門は輝いていた。妻が呼び鈴を鳴らすと門が開いた。宝石が敷き詰められた玄関道をぼくたちは大またで歩いた。庭には何列もの植物があったが、どこかまとまりがないことにぼくは気づいた。すべての花が好きなように咲いているのだが、整然と並んでいるわけではなかった。好き放題の美しさといった感じだが、自然に任せていればこその美しさだろう。

 大きな扉をノックすると、中から掛け金がはずされる音が聞こえた。ぼくたちは巨大な屋根のないホールに入った。壁という壁には葉の茂った枝が織り込まれていた。

「両親の家にようこそ」妻は両手を広げながら高らかに言った。

 恐れていた瞬間がやってきた。彼らはそこにいた。その二人は義理の両親にちがいない。彼らがどうやってそこにいるのかわからなかった。ほんのわずか前、ホールのなかにはだれもいなかったのに。

「ひざまずいて!」シシーラは歯の間からささやいた。彼女は頭をかなり低く下げたので、ピンクのつば広の帽子が下に落ちた。それを見て彼らから笑いがこぼれた。

 父親は両手でぼくを起き上がらせた。そしてぼくの目をのぞきこんだ。それからぼくを抱き寄せ、背中を軽く叩いた。「あんたがいい人間であることはわかるよ」と彼は言った。ぼくは恥じらいながら彼のほうを見た。

 いつもは恥ずかしがり屋ではなかった。しかし彼が信じられないほどに存在感があったのだ。彼にはマスターと呼びたくなるような雰囲気があった。実際マスターがどういう風に見えるか知らなかったのだけれど。彼は姿勢のきちんとした人で、とても魅力的だった。彼の波打つ白い髪は肩まで伸び、口ひげはまっすぐで、あごひげは短かった。両目は大西洋のように深いブルーだった。

「わたしの名はファイオ。だからファイオと呼んでほしい。父と母以外になんの名称もないからね。紅茶でも飲もう。それから少しだけ話をしよう。だがまず妻に会ってほしいのだ。妻のキーオラに」

 ぼくはついにシシーラの母の前でひざまずくことができた。彼女はとてもかわいらしく、ぼくの妻と似ていた。彼女は夫ほどには背が高くなかった。輝く灰白色の髪は頭上にまとめあげられ、真珠が編みこまれていた。彼女は白い衣を着ていて、その上に夜空のように青くきらめく上着を羽織っていた。彼女はこちらに敬意を示しはしたが、娘のように物腰が柔らかく、親切ではなかった。この厳格なる婦人はぼくをまっすぐ見据えて言った。「わたしたちが望むとおり、あなたがすてきなかたで、心を尽くす義理の息子であってほしいわ。見た感じではとても好ましいわね。歓迎します。わたしの手にキスしてちょうだい」

 彼女はそれぞれの手の指に指輪をはめた形のいい、ほっそりとした手を差しだした。ぼくはふるえないように気をつけながら手にキスをした。ぼくの妻があたたかみを示すのとおなじようなやりかたで彼女は冷たさを示した。

 ぼくが立ち上がると彼女とシシーラは後ろに下がり、義理の父親が後についてくるようにとしぐさで示した。ぼくたちは階段を上がり、ローマ時代の中庭のような場所に入った。ファイオはぼくにソファに腰かけるようにとうながした。

 物づくりについてぼくはある程度知ってはいたけど、彼がどうやったかはわからなかった。テーブルの上に突如としておいしそうな紅茶とサンドウィッチやケーキがのった皿が現れた。

「わたしの妻をこわがらないように!」彼は笑いながらぼくのひざをポンとたたいた。「みんなそうなんだがな。あいつははじめて会う人にはよそよそしいんだ。ああ見えて内には黄金の心を持っているんだが」

 ぼくにはぼくなりの考えがあったが、口にはしなかった。ぼくはほんとうにファシオが好きだった。「四次元を通らずに五次元にいるのは奇妙なことです」とぼくは思い切って聞いてみた。ファシオは高笑いした。

「ティム、シシーラは説明しなかったのかい?」と彼は言った。「説明すべきだったな。だが適切な言葉が見つからなかったんだろう。あんたはもうここの宗教について知っておるであろう。われわれは例外なくおなじ信仰を有しておるのだよ。

 答えのなかに地上のことを含めなければならん。そこには途方もない変容がある。

 三次元というのは高さ、広さ、深さがあるということだ。この三次元に時間を加えれば四次元になる。そこでは外部から四次元について考えることになる。

 無意識に――そしてこれは重要なことだが――地上の人々は四次元から完全な意識によって統治される五次元へと進んでいく。人々の目下の混乱――ストレス、奇妙な決定、飛ぶように過ぎる時間、すぐさま釣り合いがとれるカルマなど――を説明するのに時間がかかるものだ。

 もっとも奇妙なことは、地上に住む者には三次元から五次元へ直接進む機会があるということだ。しかし彼らは1万3千年もの間、アヌンナキによって巧みに三次元に押し込められてきた。いまこそ自由の鐘が鳴らされるところだ。再生の時はもう過ぎ去った。生命は全体の一部となるだろう。

 伝説によると、アヌンナキは惑星ニビルから来たスメリア人とバビロニア人の神々だという。彼らのリーダーはアヌと呼ばれる。彼は権力を渇望し、地上を支配した。彼は現存する人間を支配する計画を立て、期待以上の成功を収めた。奴隷制は何千年もつづいた。彼は人間をコントロール下に置き、が彼らの神であると信じ込ませた。

 彼の指令によって暗黒の力は奴隷として活動し、異なる神によって太初に創られた愛すべき、花開いた地上は、彼の暴君のようなふるまいによって弱体化させられた。彼は二コラ・テスラやトマス・ヘンリー・モーリーのようなすぐれた発明家が発明を完成しないように邪魔をし、彼らを亡き者にした。彼は自分の力をおびやかすような好ましくない発展を阻止しようとしていた。最近まで人々は彼の存在と影響の大きさに気づかなかった。いまにいたってようやく暗闇は打ち破られ、そこに光がさしこんできたのである。

 この三次元には善と悪、愛と憎しみ、楽しみと悲しみ、そして究極的には生と死のような対立事項がある。より高い次元にはこれらは存在しない。コントロール下にあるあなたのエゴは、もはやあなたの世界を支配することはない。かわりに高みの自己が力を握り、すべての人の内部においても、創造や統一が支配的になるのだ。手短に言うなら、四次元はアストラル界であり、そこには幽霊や幻影があつまっているのだ」

 ぼくは圧倒されていた。「ありがとう」と言うのがやっとだった。義理の父はいいんだよ、とでも言いたげな笑みをうかべた。

「地上に生きる人のほとんどにとっては、子どもの時からずっと暮らしてきていて、気づいているはずなのに、奇妙なことに聞こえるだろうな。地上人がここに来たとき、ここがどこであるか説明できなくちゃならんな。彼らはすぐに四次元のことを忘れるだろう。ある種のタイプの人々はそうだな。ある種の人々はここに移り住みたいと思うのだ。それはもちろん自由だ。地上にも自由意志というものはあるだろう。そう願う人々をわれわれは助けるだけだ。個人の選択の自由だからな」

「たいへんな仕事だ!」ぼくはうなった。

「われわれの仲間もたくさんいるからな」義父はほほえみながら言った。「ほんとうにたくさんだ。目標を達成することになるだろう。もう気づいているだろうが、アガルタは毒されていない、邪悪からも離れた、生きるのに居心地のいい場所になっておる」

「だから四次元はアストラル界なのか」とぼくはつぶやいた。

「そう、そのとおりだ。そこに住む必要はない。論じたいのは、ほかのことだ。ここでのすぐにしなければいけないことだ。きみは何の仕事をしたいと思っているのかね」

「アガルタと地上の連絡係みたいなことをするのではないですか」ぼくは自信なげに言った。

「たまたまだが、わたしはシャンバラにおけるここのグレート・サークルのチェアマンをやっておる。きみはわが義理の息子としてここにポジションを得ることになるだろう。もちろんそれは本人次第だ。しかし地上とシシーラとの間を取り持ってもらおうとは思わぬ。娘は自分ひとりでできるからな。きみはここにいたほうがいいだろう。シャンバラかこの近くのどこかにいて、家庭づくりをするのがいいだろう」

「それにはどんな仕事があるのです?」とぼくは身震いしながら小声で聞いた。ぼくはおばあちゃんや友人のいるテロスを離れなければならないのだろうか。ぼくはすでにここでマヌルとともに働いていたことになるのだろうか。

「きみは地球の表面のことも、住人のことも、歴史や国々のこともよく知っている。だからきみのミッションは地上のアンバサダー、つまり大使になることだ。地上に関することすべてにかかわることになる。どうだね?」

「マヌルが最近言っていたこととだいたいおなじです。たえまなく動き回ることはなさそうですが」ぼくは喜びの声をあげた。「喜んでお引き受けします」

「すべてはセットされている」義父は満足げにぼくの肩をポンとたたいた。「地上に行く必要はもうないんだよ。ときには必要があるかもしれんが。どこに住んだってかまわんのだ。だがオフィスはテロスにもうけられるだろう。地上の住人はまずそこを訪れることになる。解決すべき問題も出てくるだろう。きみは地上人と面会し、移民の向き不向きを査定することになる。アシスタントも必要とあらば、持つことも可能だ」

「マヌルにアシストしてもらうことはできるでしょうか」ぼくは必死にお願いした。その願いはすぐにかなえられた。

「ほんのわずかな間ですが、ぼくたちは研修の旅に出ています」とぼくは言った。「何をすればいいんでしょうか」

「つづけるといい! できるだけたくさんのことを学ぶのだ」とファイオは言った。それから五次元へ行くためのイニシエーションをおこなうことになる。この仕事をはじめるにあたっての条件のようなものだ。あ、レディー諸君!」

 義母と妻がどこからともなく突然現れた。ふたりとも元気いおおあいで、義母の笑い声が妻とおなじようにしあわせそうに鳴り響いた。義母はぼくのほうに近づいて、大きく手を広げてハグしてきた。

「家に帰る時間よ」とシシーラは宣告した。「というのも地上からたいへんなVIPを迎えることになっているの。じつはバチカンからライムフォート枢機卿を迎えるの」

 ホバークラフトは扉のすぐ外で待っていた。ぼくたちは急いで別れの言葉をかわした。ティッチは家に帰れそうなのでほっとした様子だ。犬の魅力はどうやらここでは十分理解されていないようだった。だから機内に入ってぼくの横にぺたんと坐ると、ぼくのあらゆるところを舐めて、安堵のため息をついたように見えた。