アガルタ        

33 もう一度、サンジェルマンと会う 

 

 ぼくはいつも9時から5時まで働くことにうんざりしていたし、父親が海に惹かれていたことは理解できていた。海は予測不能で、興奮させるものであり、いわばチャレンジそのものだった。デスクの前に坐って会計の仕事をしたり、他人のために職を斡旋したりすることを否定したわけではなかった。それらが時間の浪費であるにしても。ぼくは飛躍的に前進したかった。行動プランを変えたかった。困った人を助けたかった。水や風と過ごしたかった。ひとりよがりではなく、自分自身そのものでいたかった。

 新しい仕事によって、成長する機会を、また異なる光を当て物事を別の角度から見る機会を、また偏見に満ちた、制限された人間による人生に法のかわりに宇宙法によって生きることを学ぶ機会を得ることができたのである。ぼくはいつも人生に興味を持ってきた。そして今その人生が興味深い人を知っている。

 サンジェルマンをもう一度訪ねる準備をマヌルが進めていた。この賢者からもっと学ぶべきなのはあきらかだった。マヌルを待つあいだ、また妻がこちらへやってこようとしているとき、ある理由から、自分の人生が心の中で走馬灯のようにめぐっていた。

 父が海に出るとき、ぼくも参加した。これは運命的な旅だった。ぼくの将来のプランはすべて決まっていた。父親の足跡をたどることに決定していたのだ。公海は危難に満ちていたが、ぼくは船長になりたかった。ぼくのプランは曖昧で、世間知らずだった。母は家族からもう一人船乗りが出ることを望んでいなかった。ぼくは母や妹を説得できるものと考えていた。しかしそうはならなかった。マヌルがぼくの命を救ってくれたとき、プランもまた変化した。新しい期待があり、新しい発見があり、新しい目標があり、チャレンジがあった。

 ぼくの思考と感情は地球内部の新しい生活にいかにフィットするかということに集中していた。まさに最初からぼくは地球内部が好きで、深い精神的な問題に悩むことはなかった。ぼくはいつも、神はポジティブなパワーだと信じていたので、宗教は必要なかった。自分の中ではそれはうまくいっていた。シシーラと出会ってからは、愛はもっとも重要なものとなった。アガルタに宗教はなかった。少なくとも他人に強いるようなものはなかった。小さな神殿にいるとき、ぼくはいつも幸せに感じ、人生に関してポジティブだった。

 ぼくはたくさんの親戚や友人を置いてきた。地上の友人についてそれほどしょっちゅう考えたわけではない。なぜなら敬愛するおばあちゃんがこっちにいるからだ。おばあちゃんが友人や親戚の代表みたいなものだった。ぼくはカオスに会いたいと思っていた。しかしそのカオスが今ここにいるのは驚くべきことだった。

 ここ下の世界の新しい友人たちについて考えた。

 マヌルはぼくが会った最初の人物だった。彼がぼくを助けて、ボートに乗せられた瞬間からぼくたちは絆の強い友人になった。それは今もそうである。

 アーニエルもまたいい友人だ。彼にはユーモアのセンスがあり、とても気さくなやつだ。

 インディアンの先祖を持つレックスとエドムンドもまたすばらしい友人たちだ。彼らのことはもっと知りたいと考えている。

 ヴァレンチノは華麗なる冒険家だ。彼は息子のような存在で、多芸の持ち主だ。

 アガルタに来てからそんなに時間がたっていないような気がするが、実際はもう何年もたっていた。アガルタはいろいろなものを授けてくれる。感謝してもしきれないほどだ。なんといってもアガルタは世界一の妻をもたらしてくれたではないか。

「あなたはひとりで坐り、ひとりで考えているの?」シシーラはほほえみながら、ぼくをハグした。ぼくはきらめく白い光のなかでかすむ彼女を見つめた。見るだけで保養になるのだ。彼女の胸元には宝石のかわりに新鮮なバラの花がつけられていた。

 ぼくの表情を見て彼女はまた笑った。「このかわいそうな花のことは心配しないで! 藪から借りてきただけよ。帰り際に返却するから。ささやかなマジックのことは気にしないで」

 サンジェルマンと会うのはたいへん名誉なことだった。彼がわれわれと会ってくれるのも、理由あってのことにちがいなかった。ただそれが何か推し量ることができなかった。すぐにつきとめることができたが。

 マスター・サンジェルマンはきわめて印象的だった。この奇妙な大陸でどこでも見かける小さな、宝石で飾られた寺院のひとつに案内された。数々の紋章と勲章をつけた白いマントを羽織った彼はわれわれを歓迎し、寺院の中央の円いエメラルド・グリーンのカウチに坐らせた。ティッチはもしもに備えておばあちゃんのそばにいた。しかしつぎの瞬間、ティッチの喜びは荒々しく、節操なく、爆発した。

「なんて恥さらしなんだ、ティッチじゃないか」威厳あるマスターはあたたかく笑いながら言った。

「きみは小言のひとつでも期待していたのかもしれないが、そういうことはない。きみはその反対を手に入れたのだから。シシーラは生きている美しい証拠だ。もっともすばらしい乙女を征服したことに祝意を表したい。彼女の美しさは肌の厚みの美しさじゃない、五次元の美しさなのだ。きみはまだ五次元には至っていないようだが。いや、だからこそきみはここにいるんだ。シシーラは次元の間を行き来しながら変移しないといけないので、もううんざりかもしれない。しかしこのことできみと別れるということにはならない」

「時間があれば五次元になれると考えました」ぼくは疑わしそうに言った。

「そんなにうまくはいかないものだ」サンジェルマンはほほえみながら言った。「物理的に、知的に五次元であることは、学ばなければならない。きみの場合、これは必要不可欠なことなのだ。きみたちの愛の結合を是認したとき、義理の両親はこのことを知っていた。いまきみは選択しなければならない。変移して五次元の世界へ行くか、それともここシャンバラで妻と将来の子供たちとともに残るか、友人がたくさんいるテロスに滞在して、ときおり妻と会うのではどうだ」

 ショックを受けたが、迷うことはなかった。

「ぼくは次元変移したいんです。シャンバラでシシーラと過ごしたいんです」とぼくはこたえた。妻はぼくの手を見つけ、強く握りしめた。サンジェルマンとマヌルは二人とも顔を輝かせた。

「それはつまりしばらくの間、離れ離れになるということだ」サンジェルマンはつづけた。「ティモシーが必要とする教育と待遇はここにはない。山岳地帯の変移の館に行かなくてはならない。しかも、すぐにだ」

「おばあちゃんに話してから行きたいんですけど」ぼくは異議を唱えるかのように言った。「理由を説明することなしに、神は実際どのようなものか、彼女に語らずに行くことはできません」

「マヌルが彼女にきみがどこにいるかを、内なる神が唯一の真の神かを教えるだろう」マスターはきっぱりと言った。「彼女がきみにかわってティッチの面倒を見るだろう。ヴァレンチノが彼女の手伝いをするだろう。君がいない間、シシーラは両親の家で過ごすだろう。きみが戻ってきたとき、彼女はきみと子供のために都に家を見つけるだろう」

 ぼくはあやうく脱皮して飛び出さんばかりだった。

「子供だって?」ぼくは叫んでしなやかな体の妻を見つめた。

 シシーラはぼくの膝に手を這わせた。「ごめんなさい。先にジェルマン卿が来てしまったものだから」と彼女はささやいた。「だれにも言ってなかったの。彼にだって。でも彼はすべてを知っているのよ」

「きみの息子が生まれるまでには戻っているから大丈夫だ」サンジェルマンはほほえみ、ぼくはすねた子供のような気持だった。彼はほんとうにすべてを知っているのだ。「ティモシー、シシーラとマヌルにさよならを言いなさい。そしてわたしといっしょに来てください」

「あなたがくださった仕事はどうなんですか」ぼくは憤慨して叫んだ。「ほんとうにそれは好きなんです」

「その仕事は五次元になる決心をする前に与えられたものだ」とマヌルは慰めながら言った。「このあともっといい仕事が与えられるよ。それに今までの二倍遠くを見ることができるようになるだろう。きみの友人たちはどっちの次元で暮らしたいか決めなければならないだろう。でも彼らが五次元を選ぶとき、きみ以上に長い時間を要するんだ。普通のコースは素晴らしい図書館、ポルトロゴスの図書館で進行するだろう。きみたちはまたすぐに再結合することになるだろうけど、ティムはまず今、奥さんを置いていかねばならない」

 ほんとうにつらいことだった。しかしどうしようもないことだった。ぼくは妻の家族にハグをした。シシーラは頬をとめどなく流れていた涙を乾かしていた。そして突然神殿を去ったのである。マヌルさえすでに去り、ぼくは尊敬すべきマスター、サンジェルマンとふたりきりだった。彼はぼくの手を取り、あたたかくほほえみ、言った。「さあ、行こうじゃないか」

 渦巻く霧のような一瞬のなかで、ぼくは自分が雪の世界に聳え立つ変移の館にいることがわかった。そこはスウェーデンのもっとも北にある、もっともけがれのない、もっとも豊かな森と比較されうる、太陽光線が届かない、鬱蒼とした松林に囲まれていた。サンジェルマンとぼくは建物の前で並んで立った。その建物は断崖絶壁を彫って作ったかのようだった。建物の表面はもっとも強い灰色で、もっとも密に縞が入っていて、もっともよく光る大理石だった。


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