1183年にナラパティシードゥ王(在位11741211)によって建てられたバガン朝後期を代表する寺院。年代記には、「よき道をたどり、ニッバナ(涅槃)という果を得るため、二層建ての寺院を建てるという事業を起こし、功徳を積んだ。そしてそれをスーラーマニと呼んだ」と記されている。バガン朝も安定期に入り、国庫の大半を寺院建設に当てることができたのである。

 名前のもととなったパーリ語のCulamaniは、至高の宝玉という意味である。これはとくに三十三天(とう利天)上の聖遺物、ブッダの聖髪のことを指すという。しかしこれとシュエサンドー寺院の聖髪との関係は不明瞭だ。

 また年代記によると、王はトゥイウイ山に登ったあと、戻る途中、穴の中に光るものを見つけた。それはルビーだった。王はそれを功徳を積む徴(しるし)だと思い、その場所にスーラーマニ寺院を建てた。

 スーラーマニ寺院をたんなる遺跡以上のものにしているのは、コンバウン朝(17521885)に描かれたフレスコ画である。この時期の美術の特長は、繊細な筆使いで、ユーモラスなほどの発想豊かな構成だろう。

 



























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バガン壁画礼賛 バガンで途方に暮れる 
<スーラーマニ寺院> Sulamani Paya