ブータンの妖怪

                        

吸血妖怪ステワ・ルトゥ

川には、牛の胃壁のようにブヨブヨした、無数の触手をもった巨大なステワ・ルトゥという吸血バケモノが棲んでいる。

 バケモノは影からでも血を吸えるという。ひとが橋を渡っているとき影が川面に映ると、その影にとびついて血を吸う。そのひとはもぬけの殻になったようになって、川に落下すると、それにバケモノは無数の触手を伸ばしてからみつき、食い尽くしてしまうのだ。

ブータン中央部を流れるタン川の岸辺で、ツェリンモという女が打ち上げられた乾いた木切れを拾っていると、干し肉のようなものを見つけた。ごちそうにしようと家に持ってかえって水甕に入れ、友人を誘って戻ってくると、干し肉もどきは巨大なはらわたの怪物となって部屋いっぱいに膨らみ、無数の触手をクネクネと伸ばしていた。ツェリンモはかわいそうなことに、怪物の餌食となってしまった。騒ぎを聞きつけた村人たちは家に火を放ち、家ごと焼いてしまったという。

 

湖魔(ツォドゥ)

 湖に棲む鬼魔。ひとを湖に引きずり込んでは喰らい、白骨が湖底にうずたかく積もって、白い島のように見えるほどである。また、嵐を呼び雹を降らせるなど、ひとびとを苦しめていた。

 そんな湖魔を退治しようと、法力にすぐれた僧ドルジが弟子ペンツォをつれてやってきた。しかし湖魔は尊い僧侶がいならび読経する大寺院の幻を現出し、僧ドルジはおびき寄せられてしまう。「ありがたや」と叫びながら駈け出した二十歩め、足元にぽっかりとあいた底無しの暗闇に僧ドルジの身体は吸い込まれてしまった。凡人であれば女の色香でつられるところだろうが、僧侶は大寺院の荘厳さ、はなやかさにつられるのである。鬼魔のほうが一枚上手だったのだ。

 しかし弟子ペンツォは目玉がギョロッとして痩せた男が湖魔であると見破り、鞭で男を打ちまくって殺した。男は死んで一匹の魚になった。湖魔の正体は湖に何千年も棲んで妖怪と化した古魚だったのである。魚は近くにいた野犬にぺろりと食われてしまった。

 

僵屍(キョンシー)寺 
高僧が亡くなったので、寺の百人の僧によって亡魂を送る儀式が開かれていた。坐したまま往生した姿は、まるで生きているかのごとくである。百の浄水と灯明が供えられ、読経する声が途切れることはなかった。

ところが深夜、突然静寂に包まれたので、チュベン(祭祀供品を司る僧)はなにごとかとぐるりと見まわすと、僧全員が読経中に石のように固まっていた。つついても、針を刺しても、ウンともスンともいわない。みなロランになってしまったのだ。

チュベンは経蔵にかくれて様子をうかがった。すると死んだはずの高僧がからだを震わせ、眼をカッとひらいた。それから立ち上がり、僧ひとりひとりの頭を撫でると、みな目をさまし、互いに罵りあったり殴りあいをはじめた。チュベンは小便をちびるほど怯え、ひたすら「菩薩よ、我を救いたまえ」ととなえた。

そのとき鶏鳴が聞え、ロランたちはもとの動かぬ死体に戻った。

チュベンは村人と共同でロランを殺そうとしたがうまくいかず、けっきょく在家修行者の力を借りて、深い穴に落とした。土をかけて埋めたあと、鎮妖石を上にのせて魔を鎮めることができた。

 

戦争帰りの僵屍(キョンシー)

隣国との戦争が一年ほどで終結し、村の男どもはみな帰ってきたのに、ひとりだけ行方の知れぬ男がいた。一月後の夜、男はひょっこり戻ってきた。腰に長刀をさし、弓をもち、長靴をはいたいでたちは出征のときと寸分たがわなかった。

男は囲炉裏辺に坐ったが、一言も発せず、押し黙ったままである。女房が一方的にしゃべるだけで、男はぴくりとも動かない。しかし飯を三度出せば三度平らげ、酒を三度出せば三度飲み干した。

女房は奇怪なことだと思い、をもって男の背後にまわった。土の上には今あげたばかりの飯や酒が落ちていて、それに蛆のかたまりがニョロニョロとわいていた。

男はロラン()だったのだ。女房は気転をきかして床板をはずし、そこに男を突き落とした。杵で男の身体を搗き、穴を掘って埋めた。

翌日の晩、赤い色の裸の男がたずねてきた。地中に眠る宝を守るジャンバラ神だった。金銀財宝の眠る土地にロランの死体が埋められたので、目を覚ましたのだ。ロランを鎮圧できるのは、ジャンバラ神しかいない。ジャンバラ神は巫術を用いてロランを深山に追いやった。

 

僵屍宿(キョンシー)

旅のお坊さんがある村にさしかかったとき、日が暮れたので、一夜の宿をもとめた。その家の夫は死んだばかりで女はひとり暮しだった。

床を整えると、女は隣家に行ったきり戻ってこない。ひとり残されたお坊さんはなにかいやな予感がしたので鈴を鳴らしながら経を唱えつづけた。夜半、鳥肌が立ったかと思うと、屋根の上のほうからどしんどしんという足音が聞えてきた。それはぎしぎしという音をたてて梯子を降り、入り口でひっかっかってばたんばたんと音をたてている。

お坊さんはそれがロラン(僵屍)だと気づき、入り口にむかって突進し、炬火の棒でロランをめった打ちした。

お坊さんは死体の皮を剥いで竈の上に吊るし、頭部を切って鍋のなかに入れた。沸騰する湯のなかで両目は開いたり閉じたりし、皮も火の勢いで伸びたり縮んだりした。

翌朝女が戻ってくると、お坊さんは怒りをあらわにして言い放った。

「もし拙僧が法術を心得ていなかったらロランの餌食になっていたであろう。この鍋のなかで煮ているものを食って思い知るがよい」

 

洞窟婆

 岩に宿る魔女。洞窟のなかに宝物を匿して獲物をおびきよせる。罠にひっかかるのは、人間の欲なのである。宝物の輝きに目がくらんだすきを狙って襲い、血肉をむしゃぶり喰らう。

民話では、牛飼いの少年が夕暮れ時、森の中で老婆が岩にむかって「洞窟や、戸をあけておくれ」と言うと、岩がギーッとあくのを目撃する。

 少年は真似をして岩をあけ、なかに入ると、洞窟のなかは金銀財宝にあふれていた。それらをかきあつめて人里に戻り、村人に話をすると、金持ちの少年は宝物欲しさに森へ入る。うまく岩をあけてなかへ入ったものの、洞窟婆に見つかってしまい、殺されて食べられてしまった。


水瘤婆(みずこぶばあ)

ティンプー近くのキンザーリン村で恐れられている妖怪は水瘤婆だ。一見ごくふつうのお婆さんのようなのでつい気を許してしまい、訪ねてきた水瘤婆を囲炉裏端に坐らせてしまう。

唯一の目印は、喉元に大きな瘤があることだ。

その瘤は囲炉裏の火が燃えていれば小さく、消えかかるとどんどん膨らんでいく。消えて家のなかが真っ暗になったそのとき、水瘤婆はひとを襲って喰ってしまう。

水瘤婆につけいる隙を与えないためには、火が消えないように薪をたっぷり用意しておかなくてはならない。

 

ニャラ谷の魔女(デュム)

 ルンキ・コルロという家臣が急使として、領主の親書をもって別の領主のもとへ派遣された。その途中、魔女の住みかといわれるニャラ谷にさしかかった。そのとき、ふっとつぶやいてしまった。

「ああ疲れた。こんな旅をつづけるくらいなら、魔女につかまったほうがましだよ」

 親書を届けた帰り、ニャラ谷にふたたびさしかかると、赤と青の縞模様のキラ(着物)を着た女が小川で篭にはいった肉のようなものを洗っているのが見えた。それはなにかとたずねると、

「これはルンキ・コルロという方のはらわたでございます」

 おれのはらわた!?

 家に帰ったルンキ・コルロは酒を飲んで寝たまま、ふたたび起きることはなかった。

 ちょっとした不注意にもらした言葉を魔女は真に受けるのである。

 

ミルゴラ(ものまね魔)

 巨大で恐ろしいミゲー(雪男)と比べ、ミルゴラは小さくておとなしい、森に棲む毛むくじゃらの魔物だ。人間のすることをなんでもかんでもそっくりまねたがるという。

 昼間、男たちが材木を積み上げるのを見て、ミルゴラたちは夜、材木を別の場所に積みかえた。人間がふざけて木刀でちゃんばらするところを見せて、本物の刀にすりかえておいたら、夜、ミルゴラたちはその刀でちゃんばらして、互いに斬りあい、血を流していた。

ミルゴラは森の精霊かもしれないので、おとなしく見えるけど、怒らせないようにしなければならない。

 

ツェン

ブータン人にもっとも恐れられている妖魔といえば、ツェンをおいてないだろう。岩場に棲む赤い姿の憤怒神である。ティンプーにはティンプーのツェン、パロにはパロのツェンというように、土地土地に根を張っている。ツェンの居るところには赤い旗が立っているので、遠くからでもそれとわかる。

じつはツェンは生前僧侶であったという。はじめから破戒僧なのではなく、ニルヴァーナの一歩手前まで行った修行を積んだ高徳であるほど、ひとたびつまづくと、悪の権化ともいうべき恐ろしげなツェンと化すのだ。

ツェンはつねにおなかをすかしたり、喉を乾かしたりしているので、お供え物を欠かさないようにしなければならない。もし怠ってツェンを怒らせたら、病気や事故を引き起こす。

われわれ凡人にはツェンが見えないが、位の高いラマは占いでどのツェンが禍を起したかつきとめ、姿を捉え、プジャ(儀式)を開いて駆逐することができるのである。

 

付喪(つくも)神デー

器物も何十年も使い込んでいると妖怪と化す。これを我が国では付喪神とよぶ。

ブータンの付喪神デはそれとはややちがって、使い込んでいたひとの魂が死後器物に固着して、禍を引き起こすのである。

たとえばおじいさんが生前何十年も使っていた茶碗を何も知らず使うと、おじいさんの魂が化したデの祟りによって病気になることがある。

付喪神デのとりついた器物は勝手に動き出したりするというから、ポルターガイスト、あるいは家鳴りのようなものだともいえるだろう。

 この場合も高僧がプジャを催して付喪神にむかって「あなたはここにいるべきではない」と説得し、退散させるしかないのである。

 

ゲルポ(鬼王)

 ゲルポといえば国王のことだが、精霊界の親玉をもまたゲルポとよぶ。またツェンと同様、誓いを破った高僧が化すこともある。ただしツェンが赤いのにたいし、ゲルポは白い。

 長い時間を経て古びた大樹にゲルポとその家臣が棲みついている場合がある。あやまって樹を傷つけてしまうと、ゲルポの怒りを買い、祟られてしまうだろう。

 ゲルポはそもそもさまよう霊であり、たまたま大樹に棲みついたり、寺のなかに留まったりするのだ。ときどきにはお供え物でもして、ゲルポの機嫌を損ねないようにしなければならない。

 

動物霊デー 

牛やブタ、犬といった見慣れた日常的な動物が突然奇妙な行動をとることがある。

たとえばブタが登れるはずのない木を駆け上って、へんな声を出してほえたりする。ブーブーと鳴くのではなくて、ヒーヒーといった悲しげな、鳴咽のような声を発するのだ。

またブタが人語をしゃべることがある。ほかにひとがいないと、じぶんの頭がいかれちまったと思うかもしれない。

これはブタ自身が妖怪変化になったのではなく、ふつうでない死に方をしたひとの霊魂が浮遊魂となってブタにとりついたものだ。一般にデー(dre)とよばれる悪霊の一種である。

たとえブタを殺したとしても、デーはそのからだを間借りしているにすぎないので、ほかの動物に引っ越すだけの話である。

しかしこのままほうっておくと、デーは人間にとりつき、病気にさせたり、禍いを起こしたりする。

位の高い僧だけがお祓いの儀式をとりおこなってデーに取るべき道を示し、駆逐することができる。

 

マモ

ふたりの女性が隣り合って寝ていた。片方の女が寝付けないでいると、もう片方の女の口から青白い火が出てくるのが見えた。本人が知らないあいだに、魂がマモ、すなわちマートリカ(魔女)となって夜をさまようのである。

朝、女にたずねると、なにも記憶がなく、ただ疲れたと口にするだけである。

しかし口元にほんのり血糊がついていることがある。気立てのやさしい女だが、マモとなると血に飢えた妖魔としてひとに危害をくわえる。

もし明け方、青白い火がもどってくるまえに女の口をふさいだら、魂は入ることができないので、女は死んでしまうという。

 

シンドゥ

ある男が夜、ブムタンの村を歩いていると、なにか後ろのほうから肩を爪でひっかっかれたように感じた。朝、肩のあたりがひりひりする。

こんなときには野原でツューという薬草を摘んでくるといい。ツューを煮込むと溶液が血のように赤くなる。それを肩に塗ると、格子縞状のひっかき傷が肌のうえにくっきりと浮かび上がる。

シンドゥ(あるいはシンモ)という女の妖怪に襲われたのだ。

もし放置しておくと病気になるので、さっそくラマを呼んで、祓いの儀式をおこなって事無きをえた。

 

ロラン(起屍鬼)

ブータンではひとが死ぬと、火葬の前に死者の腰骨を折る風習がある。それは遺体がロラン(起屍鬼、発音はロロン)にならないようにするためだという。

ロランになった遺体は夜になると動き出し、ひとを喰らう。明け方、鶏が鳴くと、動くのをやめる。

とくに菜の花が咲く季節によく発生する。彼らは足をあげることができないので、野で足指のあいだに花をはさみながら人家にむかって歩いていく。しかし敷居が高いと越えられず、入り口が低いと頭がつかえてなかに入れない。

腰骨を折るまえに浮遊鬼が遺体に入り込むことがあるので、ロランになりやすい家系の遺体はすぐに足指や関節に針をさす。また本名を呼ぶと浮遊鬼にとりつかれるので、宗教名で呼ぶという。

それでも浮遊鬼が入った場合、四九日間供え物を欠かさず、なだめなければならない。霊は生前とまったくおなじようにしゃべるが、それは悪鬼なのでだまされてはいけない。またロランに触るとじぶんもロランになるので、用心する。

近年ロランは減少しているが、九八年、山のむこうのシッキムでチベットの商人がロランになったという。

 

デロク

ブータン東部には、デロク(死からの生還者、発音はデルー)が頻繁に見られる。

タシヤンツェの村のある女は、病気になって息絶えた。夫が針をさしても反応しないので死んだものとあきらめていたところ、三日後に息を吹き返した。そして地獄で見たことを語りはじめたのである。

女はそれから何度も死んでは生き返るようになった。だいたいにおいて朝死に、夕暮れに生き返るのである。そのうち生者のメッセージを死者に伝えたり、その逆をしたり、死者が地獄で何に生まれ変わったかを報告することもあった。

生まれたばかりの子牛がおじいさんの転生だったりすることもあるのだ。

 

ル(竜神)

ルはインドのナーガと似て蛇型の水神で、泉や池、川などに棲む。きちんと供養しているかぎり害をもたらすことはなく、それどころか宝石(エメラルド)をプレゼントすることもあるという。

ルを祀る場所には石が積み上げてあってそれとわかる。聖なる日には牛乳を供える。

ルにはよい順に白、黄、黒の三種がある。黒いルとなると横暴、邪悪で、妖魔とよんでもいいだろう。

 ドゥクパ・クンレーはティンプー地区オンゴンサルカの妖魔の親玉ルを鎮圧した。

伝説によれば、クンレーは魔物の地域に入ると、弓と矢と剣を枕とし、ツァンパを傍らに置き、腹をひっこめ、ツァンパを尻の下にまいて腹の虫のようにみせ、男根を屹立させてルなどの魔物が来るのを待った。

案の定、魔物たちはクンレーが何者かわからず、食うのをやめてしまった。

そのあと、家で待ち伏せしたクンレーは、その巨大で金剛のごとく頑丈な男根をルの口に突っ込んで、調伏したのである。