ボン教版

グル・リンポチェ伝

 

オーム・アー・フーン・ベンザ・グル・ペマ・シッディ・フーン

Om Ah Hung Vajra Guru Padma Siddhi Hung

 

一瞥で衆生を遍く済度する蓮華として、

あるいは蓮華に生まれたる者として知られるグル・リンポチェよ。

そなたは法外な力を方便として発揮し

現世に倦んだ衆生に安楽をお与えくださる。

そなたは雪の国の生きとし生けるものに

かぎりない慈悲をお与えになった。

なんというすばらしい啓示であろうか。

私はグル・リンポチェを崇拝いたします。

 

グル・リンポチェの伝記は

海のように深く、空のようにはてしなく広い。

人生の深さをはかれるのは覚醒した者のみ。

それは凡愚の理解をはるかに超えている。

とはいえその一端でも触れられないだろうか。

凡愚の仏弟子にも伝記は語られないだろうか。

私はここに

ボン教の伝えるグル・リンポチェの生涯を書き留めたい。

 

シャンシュンという神の国に

「勝利者を喜ばせるためすべての者が結集した地」がある。

その中心にあるのは成就の宮殿、キュンルン・ングルカル、

すなわちガルダ谷の銀の城。

そこで玉座を継ぐ幸福なる者はギュヤル・ムクー。

 

国王は結婚したものの、

子宝に恵まれなかった。

それゆえ国王はシャンシュンとチベットの8人の翻訳官と学者に

象が載せられるだけの金を贈った。

そして彼らから力と勇気をもらおうとした。

 

至上の輝きの慈悲の心は白い文字アとなった。

それは光の中に溶け、純粋に無垢な子供となった。

外見はごく普通の子供だが

吉祥相をもつ完全な身体を持っていた。

子供は王の子として生まれたのである。

 

外見は澄んだ清らかな空のようだった。

三つの目は超越した知識を持っていた。

心臓には金色の八弁の蓮のしるしがあった。

左足の裏には知恵の目があった。

 

子供は百柱の静寂の神々、憤怒の神々を見た。

そして人間、非人間を問わず誓いをかわした。

奇跡的な力で彼はあらゆる聖なる地を旅した。

どこでもダーキニーらが集まり、彼に食事をささげた。

野生の動物さえ彼のまわりに集まってきた。

 

彼ははっきりと五百の過去生を見ることができたので

記憶の天(デンパ・ナムカ Drenpa Namka)と呼ばれた。

前世ではあらゆる知恵の持ち主として知られた。

成就した覚醒の持ち主であり、太陽のごとく輝いた。

 

偉大なる精神の導師である彼は、

じつに至上の悟りの顕現である。

教育や修練という修羅場は彼には必要なかった。

前世の善いカルマの縁起によって覚醒し

弟子たちに適宜な例を示すため

彼は偉大な学者タミ・テゲを含む

シャンシュンとチベットの八人の学者から

教えの精髄を受け取った。

 

彼は九人のインドの学者の前に跪く。

その知性を解き放ち

サンスクリットの文法、論理、典籍、文化を学んだ。

彼はタントラの秘密の行動を会得し

それゆえヴィルワパを成就した者として知られるようになった。

 

彼はタジク(ペルシア)の地へ旅をした。

そこで「天空の色」という名の

偉大なる僧シンギ・セムパ(Shin gyi sem pa)のもと

顕教と密教の無限の教えを授かった。

また偉大なる「ユンドゥン(スワスティカ)の明晰な智慧」から

外部の密教と顕教の伝承を、

そして智慧と修行の教えを授かった。

 

華麗なる息子と呼ばれたンガツァ・キョルポ(Nga tsa kyol po)のもと

降魔マントラの大寺院にて

壮大で神秘的な結合と解放のなか深遠な教えを授かった。

彼は「ユンドゥンの不変の王」と呼ばれる。

 

偉大なる成就者「千のタントラの大魔術師」から

彼は憤怒の魔術と奇跡的な迅速の旅を学び

二十一の言語の翻訳官になるべく修練した。

ウッディヤーナの八つの墓場で

彼は精神的な八つの階級の戦士、すなわちギン(ging)であると表明し

神々や人食い鬼に誓いをたて、金剛供養を催した。

 

シャンシュンの西南で

彼は論理と経典の討論で五百の外道の師と弟子たちを論破した。

彼は相手方の哲学の矛盾点をつき、仏陀の教えの根本を築き上げた。

そして「歌の収集者、獅子の話者」として知られるようになる。

 

シャンシュン中央部のンガリ三部で

彼は大寺院「純粋なる修行」寺を建立した。

このとき彼は仏陀の教えの勝利の旗を立てた。

彼は「奇跡的な智慧」を持つ者として知られるようになった。

 

シャンシュン外部、チベットの4地域を支配する者にとって

彼は国家に擁護された精神的な導師であった。

彼はインドへ七度行き

ペルシア内部も五度訪れた。

 

彼は永遠の生活において瞑想法を会得した、

すべての神々や魔物に誓いを立てさせた。

将来の百の悟りを開いた者たちを祝福し

彼の教えにカルマでつながる将来の者たちを予言した。

 

ブッダの教えを広めるため

西南の餓鬼を制圧するため

(記憶の天は)前世の深遠なるつながりを思い出し

インドのビシャへ旅をした。

市が立つ雑踏のなかで

「喜びにあふれた者」という名のバラモンの

「太陽の中心から輝く光」という名の娘と会った。

娘は積極的な性格の持ち主だったので

彼女をカルマのパートナーとした。

執着のない方法による行為から

悟りの顕現であるふたりの王子が生まれた。

 

長男は水晶のように明晰だった。

その眉間にはユンドゥン(スワスティカ)があった。

現在、過去、未来を苦もなく知ることができ

何にも妨げられることなく静かに暮らした。

「ユンドゥンの明晰な意味」と呼ばれた。

 

次男は暗褐色に輝く顔を持っていた。

そのまなざしは強く、鼻には怒りの皺がよっていた。

三角の口は開き、腕は力強く動いた。

その足は踊っているかのようだった。

父は「一瞥で解き放つ蓮」と名づけた。

 

「ユンドゥンの明晰な意味」は「輝く獅子の森」へ行った。

そこで「密教集修法」と「持明修法」を実践し

無量寿の境地に達した。

そして覚醒のボーディ・サットヴァになった。

 

「一瞥で解き放つ蓮」は

「十三の奇跡と怒りの魔術」の力を受け取った。

それから西方の「怒りの災いを運ぶ者」の墓場へ行った。

そこで熱と印が最高点に達するまで瞑想した。

彼らの母は「秘密の崖」の洞窟へ行った。

そこで彼女はゲクー(Ge-kho)の秘密の実践をした。

秘密の神とおなじ幸運を得た。

それから母は父にたずねた。

悟りの百の家族を統括する最高司令官、

戦わない勝利者は

輪廻と超越の現象を把握する

私は世界の活動のダーキニーである。

私はゲクーの秘密の実践を成し遂げた。

しかし真の智慧の段階にはいたらなかった。

もしこの段階に生きているあいだに達することができたら

ユンドゥンの北東の領域に生まれ変わるだろう。

高貴な「神秘の世界の女」として

一万のダーキニーを導くだろう。

これを成し遂げるため、

南西の「不変の森」へ行こう。

そこには宝石という名の七度生まれ変わったバラモンが生きている。

バラモンは他者の利益のために生き、

だれからも賞賛され、尊敬されるだろう。

私もまた賞賛するためそこへ行くだろう。

存在する神々や悪魔をしのぐあなた、

その慈悲深い心を弱めてはならない!

 

彼女がそう言って去ると

父は(その力でもって彼女を助けるのを)忘れた。

母は南西の「不変の森」へ行った。

彼女はそこでバラモンの肉体の成就を要求した。

南西のダーキニー「広がりのあきらかな成就者」はそれを受け入れた。

彼女はそれをつかもうとしたが、

つかんだのは髪の束だけだった。

彼女はそれを飲み込んだ。

 

家に戻ると、彼女は夫に尋ねた。

「過去の負のカルマによって私は女に生まれました。

そしてカルマの縁によって私はあなたに会いました。

ついに、おそらく習慣的な愚昧さによって

私は目標に達することができませんでした。

これまで私はあなたのタントラの明妃であり、息子ふたりをもうけました。

しかしもうそういうふうに私を見ないでください。

そのような考えは捨ててください。

ふたりの息子は母親のもとに置いてください」

 

この要求にたいし父は答えた。

「聞いてくれ、輝く光よ。

もしおまえがカルマを克服できないとしても

他者を非難するのは無意味である。

子供が生まれ、育つには、母も父も必要なのだ。

ふたりの子とも私のもとに置かれよう。

母であるおまえはどんな瞑想だってできるはずだ」

このように彼は(離縁も子の養育も)認めなかった。

 

ふたりの息子もまた両親のあいだで論議した。

兄である「ユンドゥンの明晰な意味」は父のもとに残った。

弟である「一瞥で解放する蓮」は母のもとに残った。

母と子は父に最後の挨拶をして

大きく嘆息をして祈り、インドを去った。

 

楽しい、愛すべき花の島に着くと、

息子は咲いた蓮花のなかに隠れた。

 

母親はウッディヤーナでダーキニーが

七代生まれたバラモンの肉をヴァジュラの供物として捧げているのを見た。

彼女はそこへ行き、残物をかき集め、食べた。

たちまち彼女は、西の蓮のダーキニーのための

ヴァジュラの饗宴の首領となり

究極の知恵のステージに達した。

 

そのとき南インドで

如意宝珠の宝の都で

運命づけられた幸福な王族の夫婦、

すなわち美徳の夫と光り輝く妻は

子宝に恵まれないことに心を痛めていた。

 

三宝と功徳に祈っているとき

「願いをかなえるすばらしい者」という名のバラモンが話しかけた。

「聞いてください、

徳を積み、国家を安定せしめる偉大なる王よ。

王妃とともに明日、

楽しい、愛すべき花々の島へ行ってください。

あなたの奥方は、まことの珠玉は

子を身ごもることになるでしょう」

 

忠告のとおり、翌日

すなわち虎年の八月の崇高なる機会に

将軍と呼ばれる惑星と大きな馬と呼ばれる星が昇るとき

王と王妃と宮廷の家臣たちは

楽しい、愛すべき花々の島へ行った。

できるだけ多くの供え物をもって

喜びあふれるブッダに捧げた。

 

そのとき王と王妃は

花の芯が動くのを見た。

驚いて彼らは顔を近づけ

徴だらけの赤子がいることに気づいた。

 

子供の肌は白く、赤みがさしていた。

その眼は思慮深げで、鼻には皺がより

三角の口は開き、手は激しく動き

片足は伸び、もう片足は曲がっていた。

だれもが驚き、喜び

自在の宝の都に戻った。

 

父母ともにおおいに喜び、宣言した。

「王妃は子を生んだ。

驚くべき徴に満ちた子を生んだ。

すべての家臣は集合しなければならない」

 

すべての者が集まり、捧げものをした。

金、トルコ石、絹、

家畜、象、馬。

そして数々の宝石。

 

聖者の徴に詳しいバラモンが宮廷に呼ばれた。

バラモンは言った。

「この王子はまことに宝石のようであらせます。

すべてにおいてブッダの徴をもっておられます。

とりわけその白と赤の身体は

神々や悪魔どもを指揮する力強さを示しています。

鼻の上の怒りの皺は

難敵の餓鬼どもを制圧することを表しています。

三角形の口のかたちは

マモ(mamo)・ダーキニーを導くことを表しています」

 

この予言のとおり子供は都の支配者となった。

 

オーム・アー・フーン・ベンザ・グル・ペマ・シッディ・フーン

 

あるとき、奇跡を見せるため

王子は岩を投げた。

その岩は官僚の息子の頭に当たり、息子は死んだ。

官僚は王子の処罰を要求した。

王は相応の宝石を賠償として払ったが

官僚の心は癒されなかった。

だれもが王子を追い立て、毒の湖に追いやった。

王子は沈むどころか、いっそう光り輝いた。

人々は毒の山の頂上から王子を突き落とした。

しかし彼は傷ひとつ負わなかった。

毒蛇もまた王子を殺すことができなかった。

毒蛇は王子に食らいついたが、皮膚を破ることができなかった。

王子の身体のいかなる部分も牙によって貫かれることはなかった。

人々は白檀と胡麻油によって王子を焼き殺そうとした。

しかし炎は湖になったのである。

湖の中央には蓮の花があり、そこに王子は坐っていた。

王子は冷静沈着で、輝いていた。

 

集まった人々はみな驚き、感嘆の声をあげた。

「この威厳あるお方は、どんな危険な目に遭っても

微塵も恐怖をお示しにならない。

そして実際傷ひとつ負っていない!

以前王子は蓮の花のなかに発見された。

それゆえ至高なるブッダの生まれ変わりであることは

だれにも異論がないだろう」。

 

だれもが王子を褒めたたえ、敬礼し、

自身のまちがいを認め、祈り、供え物を捧げた。

王子は王位に就き、蓮華生として知られるようになった。

 

それから蓮華王子は

母の催すヴァジュラの饗宴に参加した。

彼が宴の輪に入ると、

威厳ある母、偉大なるダーキニーは命じた。

「王子さま、ここを出て南へ行きなさい。

燃える宝石と呼ばれる崖があります。

そこであなたは数え切れないほどの宝の教えを見つけるでしょう。

それらを持ち帰って実践をいたしなさい。

そしてそれを完全に会得したなら、他者に伝えなさい」

 

母の予言のとおり、

蓮華生は南へ向かい、燃える炎という崖に着いた。

そこで彼は「飛び上がる獅子の墓」から

深奥なる宝の入った五つの容器をもらった。

 

鉄の容器から

彼はヴァジュラの剣のタントラと真髄を発見した。

土の容器から

講話、幻影、心のタントラを発見した。

水晶の容器から

ヨンダク(yongdak)のタントラと伝承を発見した。

銅の容器から

マモと死の王の一群を発見した。

骨の容器から

傲慢なる者の教えを発見した。

このようにして秘密のマントラはすべて現れたのである。

導師、神々、ダーキニーの祝福によって

これらの経典のすべての言葉、意味を理解することができた。

 

ダーキニーである厳しい母の予言にしたがい

蓮華王子は南へ、毒山の怒りの洞窟へ向かった。

そこで彼はヴァジュラの剣(プルバ)を一心に瞑想した。

その剣によって岩を貫いたのは完遂の徴である。

 

南に餓鬼の洞窟があった。

彼は大究竟について瞑想した。

完遂の徴は頂点に達した。

北の激しい混乱の洞窟で

彼はマモと死の神について瞑想した。

彼は傲慢な精霊に命令を下した。

東の底知れない神秘の洞窟で

ヨンダクについて瞑想し、祝福の知恵を獲得した。

中央の宝石が集まる偉大な場所で

教え、幻影、心について瞑想し

勝者の系譜を守り

こうして彼は光の身体を獲得することができた。

 

彼は学問においても瞑想においても

勝利の旗を掲げることができた。

そして彼を見て、彼の声を聞き、彼の思考を知り、

数えきれないほどの人間、非人間の弟子ができた。

 

10

蓮華生はとくに恐ろしい九つの山に滞在し

傲慢な男女の精霊を誓約のもとに閉じ込め

百の異様なルドラ魔の群れを調伏した。

彼は百の瞑想のための大聖地を聖化した。

また千と八の小聖地を聖化した。

 

蓮華生は数々の瑞兆をこの地にもたらした。

また人々やその周辺に力強さを与えた。

彼は数え切れないほどの宝を

山や岩、湖に隠した。

そして奇跡的に石の上にはっきりと痕跡を残した。

 

蓮華生は八人の修行者に予言を与えた。

さらに効験と祝福と指示と許可を授けた。

ひそかに百のダーキニーと交わり、

精神的な英雄として活躍した。

 

その交わりは完璧だった。

その覚醒した意図は不変だった。

その解放は完璧だった。

不二ならぬ傲慢な精霊を調伏した。

そのタントラの行は完璧だった。

すべての弟子たちに

至高の、あるいは通常の到達を与えた。

 

11

南西の憤怒のラクシャの国は

千万十億の人食いの悪鬼が満ち溢れていた。

陸の果ての膨張する海のように

その力が増しているなら

赤面の人食い悪鬼がその国を支配しつつあるだろう。

 

空を飛び、海の底から飛び上がり

岩にも山にも邪魔されず

風のように疾駆し

それらは世界のいかなる地域にも満てるだろう。

すべての人を殺し

その血と肉を食い尽くすだろう。

すべての女を犯し、

人食い悪鬼の子孫にあふれるだろう。

ついにはこの世界は悪魔の国となり

悪徳だけの国となるだろう。

 

蓮華生はだれも悪鬼を抑えられないと知り

それは蓮華生しかありえないことを悟り

ガルダのごとく翼をひろげ

人食い悪鬼の国へ飛んでいった。

 

蓮華生はラクシャの王の意識を除き

からっぽになったその身体に入った。

輪廻の終わりまでそこに居続けるのだ。

 

巧みなわざで、尽きない悟りの心で、すばらしい行動で

彼は人食い悪鬼を調伏し、世界に幸福をもたらした。

その慈しみの心は無量である。

 

注記

オーム・アー・フーン・ベンザ・ペマ・シッディ・フーン

 

この著作において、私は髪飾りを取り、グル・リンポチェ、すなわち蓮華生という生の大海から水滴を引いた。

 

私が書いたのは、弟子たちの束の間の知覚に現れた本質の正確な解説である。

この物語はボン教の伝承のなかに語られたものである。

その視覚、聴覚、記憶、触覚によってこれを知った者すべてが

ただちに視覚において解放された蓮華の状態を会得できますように!

 

ボン教経典に語られた前世にしたがい、ミシク・ユンドゥン・チュンネがこれを書いた。

高潔であれ!

 

タシュン・ムツォク・マルロ