石もて追われる スンダル・シンの壮絶な前半生 

 スンダル・シンは1889年、インド・パンジャブ地方のランプルという小さな町の裕福なシク教徒の家に生まれた。ランプルはルディヤーナーという比較的大きな町の郊外に位置していた。(ちなみにルディヤーナーは有名な往年のプロレスラー、タイガー・ジェット・シンの出身地)

 スンダルは長老派教会のミッション・スクールに通い始めた。シク教徒の家庭は一般的にキリスト教の学校を嫌ったが、スンダルの家庭は寛容だった。スンダルが14歳のとき、最大の理解者である母親が急死した。それをきっかけにスンダルはキリスト教に対して敵意をいだくようになった。神が存在するというのなら、なぜ神は母親を連れ去ってしまったのか、と考えたのだ。宣教師たちの慰めは反感を助長するだけだった。挙句の果てスンダルは新約聖書を火にくべるという暴挙に出た。

 その三日後、彼は本気でレールに頭を置いて自害することを考え始めていた。そして祈った。

「神よ、もしあなたが本当に存在するなら、御姿を現してください。もし現さないなら、私は自殺します」

 すると真っ暗な部屋のなかにほのかな光が現れた。光は次第に明るくなり、人の姿をとるようになった。それはクリシュナかブッダにちがいないと思ったが、そうではなく、イエス・キリストのようだった。イエスらしき幻影は言った。

「いつまで私を迫害するのか。私がここに来たのはあなたを救うためである。正しい道を知りたいと願って祈っているのなら、そうすればよい。私が道である」

 スンダルはイエスに許しを請い、自分が変わることを誓った。彼は父親の寝室へ行き、「お父さん、たいへんだ、イエス・キリストがやってきて、ヒンディー語でしゃべったんだ!」と告げた。しかし父親はまったく信じてくれなかった。さらにこれからはずっとクリスチャンとして生きていくと言うと、父はあきれて言った。

「おまえはシク教徒ではないか。おまえはシク教徒の息子だし、兄弟もシク教徒だ。おまえはシク教徒と結婚し、子供をシク教徒として育てるだろう」

 キリスト教にめざめたスンダルは、一か月以内に3人のシク教徒の少年をクリスチャンに転向させた。この4人が洗礼を受けようとしたことは、村に騒ぎを巻き起こした。結局ふたりの少年は圧力に負けてシク教にもどった。しかしもうひとりの少年は家に連れ戻され、殺されてしまった。家名を汚したとして家族によって毒殺されたのだ。いわゆる名誉殺人である。このような家庭内殺人が罪に問われることはなかった。

 身の危険を感じたスンダルはニュートン校長にお願いし、ルディヤーナーの寄宿学校に入った。そんなスンダルのもとに父からの手紙が届く。そこにはシク教徒と結婚しろ、そうすれば父の遺産をただちに相続することができる、ということが書かれていた。

 スンダルは家にもどるが、決心を変えることはなかった。いとこが働いているマハラジャの宮殿に就職することもできたが、マハラジャ自身の勧告があっても断った。そしてついに父は息子に勘当を言い渡した。

「全家族の名において私は宣言する。おまえはもはや息子と呼ぶに値しない。おまえとは今後一切関係を持つことはないだろう。まるで生まれなかったかのようにお前のことを忘れるだろう。衣服以外は何も持たず出ていき、二度と帰ってきてはならない」

 弱冠15歳でスンダルは天涯孤独の身となった。彼はともかくもニュートン校長からルディヤーナー行きの汽車のチケットをもらっていたので、列車に飛び乗った。しかしほどなく胃に激しい痛みを感じ、ルパルで途中下車し、教師のウッパル師夫妻の家になんとかたどりついたところで意識を失った。じつは家族の出した食べ物に毒が仕込まれていたのだった。クリスチャンに転向した同級生とおなじように、もうすこしで家族に毒殺されるところだったのだ。

 スンダルが死んでいないことを知った家族はルディヤーナーの寄宿学校にまで押しかけてきた。スンダルはシムラの手前30キロのサバトゥにある米国長老派教会ミッションによるハンセン病の病院に逃げ、そこで昼間は患者の世話をし、夜は聖書を読むという生活をはじめた。

 彼は多くのインド人クリスチャンと接するようになり、しだいに彼らがアメリカ人やイギリス人のまねをしているのが気になりはじめた。彼らが西洋の服を着て、西洋調の賛美歌を歌い、西洋の食べ物を食べ、英語を話すことに疑問を持つようになったのだ。

 16歳の誕生日は、法的にも父親から独立することができた。この日、スンダルはシムラの教会で洗礼を受けた。そのあと彼は病院の背後の松林のなかに隠棲し、一か月そこに滞在した。子供の頃母親に連れられて何度か会った森の中のサドゥーと自分はまったくおなじだと思った。そう、スンダルはサドゥー、聖者になったのである。インドの人々はサドゥーを尊敬し、立ち止ってそのしゃべることを聞こうとした。

 サドゥーになるというアイデアを聞くと、英国の宣教師たちはみな反対した。とても奇妙なことだと彼らは考えたのだ。しかしスンダルはそれが神から与えられた使命だと信じた。



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