18章 イエス、インドへ行く 

インドのイエス伝説をモティーフにしたいくつかの小説 

 

ノトヴィッチに捧げる冒険サスペンス小説

ジェフリー・スモール『神の息』 

 

(1)『ダ・ヴィンチ・コード』の亜流か、新機軸か 

 予備知識なしでもそれなりに楽しめるが、下敷きにした話を知っていればさらに面白い、そんな小説がジェフリー・スモールの処女小説『神の息』だ。スモールは『存在の基底としての神 ティリックと仏教の対話』の著書がある気鋭の宗教学者である。(ティリックはドイツ生まれの米国の宗教哲学者。1965年に没)

 ダン・ブラウン(『ダ・ヴィンチ・コード』など)の二番煎じなどと非難するなかれ。意図的にダン・ブラウンの構成をまねたノンフィクション風のフィクションなのだから、似たところがあるのは当然である。ダン・ブラウンはノンフィクションを装ったが、『風の息』はあえて「A NOVEL OF SUSPENSE」(サスペンス小説)と銘打ち、作り物であることを隠し立てしない。

 「イエスはマグダラのマリアと結婚していた」「マリアはフランスに逃れたが、シオン修道会はイエスの血統を聖杯として守ってきた」

そういった虚構まじりの伝説を、ダン・ブラウンはたくみに用いたが、ジェフリー・スモールもまたインドのイエス伝説を生かして『風の息』を書き上げた。彼は小説の冒頭につぎのような注意書きを添えている。

 実在の人物であるロシア人ジャーナリスト、ニコライ・ノトヴィッチの1887年におけるヒマラヤでの「発見」がこの小説のストーリーの下敷きとなっている。その「発見」は論議を巻き起こすことになった。1894年に著書が刊行されるや、彼は世間から激しい非難を浴び、異端者として沈黙させられることになった。

 この「発見」とは、いままで述べたように、イエスが13歳から30歳までの17年間にインドで学んだということを記した古文書、いわゆる「イッサ文書」をラダックの僧院で見せてもらったと主張したことである。

 この注意書きの文章からは、「イッサ文書」が偽書くさいこと、ノトヴィッチにはいつも胡散臭さがつきまとい、ロシアのスパイ疑惑さえあったことなどが、まったく感じられない。あたかもノトヴィッチが世界を揺るがす重大な古文書を発見したのに、その真実性のために抹殺されたかのような書きぶりである。もちろん、この注意書きも小説の一部であることを忘れてはいけないのだが……。



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