サイババ、イエスについて語る         宮本神酒男 

 ボック夫妻は南インドへ移動し、アーンドラ・プラデシュ州プッタパルティ村のプラシャーンティ・ニラヤム(アシュラムの名称)でバグワン・サティヤ・サイババ(1926−2011)と会った。最近サイババのサイトを見て知ったのだが、ジャネット・ボックは(おそらく故リチャード・ボックも)60年代からサイババの信者だったという。だからこそサイババにイエスについて質問することができたのである。サイババのイエス観はキリスト教の本流からすれば異端であるが、そもそもサイババはキリスト教徒ではないのだから、異端的であるとして咎めたてられるいわれはないだろう。
 私は信者ではないけれど、サイババが語るイエスが好きだ。サイババはイエスをカラナ・ジャンマと呼ぶ。カラナ・ジャンマは、大乗仏教のボーディサットヴァ(菩薩)に近く、人を救うために生まれた特別な存在である。イエスがインドで学び、修行し、イエス菩薩になったのだとしたら、それは心にしみる話ではなかろうか。

 
(以下、サイババは語る) 
 それぞれの宗教の信者が彼らの神に祈願します。神は全能で、信者がどこにいようと、どんな言葉であろうと、祈りに耳を傾けてくれます。おなじ神が全人類に健康、繁栄、平和、幸福を授けるのです。ある特定の信仰を持つ者たちだけに、神の恩寵が与えられるわけではないのです。

 人が「人間性」から「神性」に旅をするのは、避けられない定めなのです。人はすでに「動物性」から旅をしてきたわけですから。人はこの巡礼の旅において、さまざまな障害や試練と出会いました。これらの道を歩きやすく平坦にし、困難を取り除いたのは、賢者や予見者、悟りを開いた者、聖者、神の代理人などです。彼らは道を明るく照らしました。彼らは悩める者や、道を失い、探している者、砂漠に踏み迷い込んだ者たちのあいだを動き回り、人々を確信ある勇者へと導いていきました。

 彼らはカラナ・ジャンマと呼ばれました。つまり彼らは目的(カラナ)のために生まれた(ジャンマ)人々なのです。そのような導き手、あるいは模範を示す者、リーダーはいかなる土地にも、いかなる人々のあいだにも現れました。彼らの声は神の声そのものであり、信仰する人々を鼓舞し、より理想的な高みへと導いたのです。 

 当然のことながら、遍在する全知全能の神の姿を見ようと切望し、身をささげ、熱心に修練する人もたくさんいました。彼らの多くは至福の喜びを得られれば満足します。一方でその喜びを信じがたいほどのパワーを発揮し、他者と分かち合いたいと望む人々がいます。彼らは人々を導き、それゆえ喜びを得るのです。彼らは多様性というのは幻であり、合一こそがリアリティであることを教えます。3つで1つであることを彼らはあきらかにするのです。すなわち、自分がそうであると彼が考えるものであること、他者が彼であると考えるものであること、そして彼が実際にそうであること、の3つです。

 イエスはカラナ・ジャンマでした。人の心の中の愛、思いやり、慈しみを取り戻すというミッションを持って生まれた師なのです。イエスは自己に執着することはありませんでした。(自身の)悲しみや痛み、喜びや(欲しいものを)手に入れることなどに気を留めませんでした。(だれかが)悲嘆に暮れたり、平和を求めて泣き叫んだり、友情を求めれば、かならず心から心配しました。イエスはいかなるところへも行き、愛の教えを説き、わが身を人類の解放のためにささげたのです。

 ほとんどの探求者と同様、イエスもこの現象世界の中に神を探そうとしました。しかしすぐにこの世界は自身が作り出した万華鏡にすぎないことに気づき、おのれの中に神を探すようになったのです。ヒマラヤの僧院やほかの苦行をしたり哲学的探求をしたりする場所に滞在したことによって、彼は成功することができました。神の使徒であるという自分の役目を自覚し、故郷に戻ってからは自分自身を神の子と呼びました。

師と弟子の関係は昔からありました。人は師の命令なしに動くことはできません。人は信仰する宗教の経典に書かれたことをやりとげなければなりません。これはとても面倒なことで、神のまねをしているだけではだめなのです。

 誌と弟子の関係が深まっていきますと、「私」は遠くの光の中にあるのではなく、光が「私」のなかにあることがわかってきます。「肉体・意識」に支配されていると、あなたは自分が召使いか使者のように感じます。「心・意識」が優勢になると、(神への)近さ、親しさを感じるようになり、「父・息子」のつながりがごく自然のものと思えるようになるのです。のちに「魂・意識」の状態に落ち着くようになると、イエスは「私と父はひとつである」と宣言しました。

 私は光の中にいた、ゆえに光は私の中にいた、と言うべきでしょう。そして私は光そのものなのです。

 イエスは、彼の生命そのものが人々のためのメッセージだと主張しました。だれもが彼の精神的な巡礼をみならうべきなのです。というのも彼は神の僕(しもべ)であり、神の使徒であり、より高みに昇りつめるまで、あるいは(人の罪を贖う)責任をまっとうするために生きようとしたのです。これは二元的な段階です。そして進歩しておのれの内側に神を発見し、神が貴重な宝であることを理解するのです。彼はそのことを主張し、活用しました。この段階に至って、彼は自分が神の子であることを認識します。神と自己が本質的におなじであることを理解するのです。最後に彼は「神・意識」の状態に入ります。これはあらゆる宗教の修行と教えの本質でしょう。

 イエスの名はよく知られています。キリストとして大衆から尊敬され、愛されていますが、それは彼の考えや行動、言葉の中にエゴの形跡が見当たらないからです。彼は嫉妬も憎悪も知りません。彼は愛と思いやりと謙遜と慈しみにあふれているのです。イエスという名は彼にはじまるものではありません。彼の名はイサ(Isa)です。文字をさかさにすればサイ(Sai)なのです。両方とも意味はイスワラ(Isvara)、すなわち神、永遠の絶対、サット・チッタナンダ(Sath-Chith-Ananda)、すなわち存在、知識、至福なのです。イサが何年かすごした僧院にあったチベット語の経典にはイッサと書かれています。そのイッサは、すべての生きるものの神という意味なのです。

 イエスが自分は神の使徒であると宣言したとき、だれもが神の使徒であり、神のように話し、行動し、考えなければならないという点を強調しました。これこそがヴェーダのカルマ・カンダの神髄なのです。行為の、神の名を連呼する、瞑想の、奉仕の、精神的修行なのです。さらに進歩すれば、だれもがみな神の息子であり、兄弟姉妹でもあることがわかるとイエスは主張しているのです。最終的に知識は熟して知恵となり、「私と父はひとつである」という境地が理解できたとき、ゴールに達しているのです。 

 偉大なる師は世界中の人々に属するので、イエスの誕生はみなに祝されるべきです。特定の国や共同体のものではありません。イエスは、学者や儀礼を過度に重んじる人々は、宗教の本質をゆがませてしまっていると考えました。彼は精神とモラルの両方を教えました。というのも教育は生命の光だからです。イエスはまた、人々がきれいなビーズの売り場に向かって殺到していることに気づきました。ビーズはとても高価なダイヤモンドに見えてしまいます。彼は神殿の裏に回り、そこに市場ができていて、ビーズが売られている光景を目にしました。イエスはこのような商売を奨励している祭司たちを非難しました。彼はあえて神殿の祭司たちを怒らせたのです。彼らはイエスの弟子のひとりに30個の銀を握らせ、イエスを裏切るよう仕向けました。

 ローマ帝国の支配者たちは、イエスが自分は王であると主張しているので、反逆罪で罰するべきだという報告を受けました。彼らが激しく主張したため、総督はイエスを磔(はりつけ)にするよう命じざるをえませんでした。十字架上に釘で打ちつけられるとき、イエスは父なる神の声を聞きました。

「息子よ、すべての生命はひとつである」

 イエスはまた、彼を刑に処しようとしている人々は、自分たちのやっていることを理解していないとして、神に許しを乞いました。イエスは全人類のために、自分を犠牲としてささげました。

 祝歌やロウソク、聖書の読誦、誕生にまつわるエピソードの芝居だけでは、イエスの誕生を祝うには十分ではありません。イエスは、最後の晩餐で食されるパンは彼の肉体であり、飲まれるワインは彼の血であると述べました。すべての肉と血をもつものは彼自身とみなされるべきであり、友人と敵、われわれと彼らを分けて扱うべきではないと言いました。すべての身体は彼の身体であり、パンで代替され、生きるものの血管を流れる血はワインとして分け与えられるというのです。つまりすべての男も女も神聖なのだから、神聖なるものとみなされるべきなのです。

 使徒として、そして僕(しもべ)として尽力しなさい。そして息子が父にするように、神を敬いなさい。最後に「あなたと父はひとつである」という知恵に到達しなさい。それは精神的な旅であり、イエスはその道をはっきりとした言葉で示しました。精神的な道を明るく照らしたのです。彼は内側に光を持っていました。

 人を高めるために、あるいは意識のレベルを上げるために、神は人に受肉されました。彼は彼らのスタイルで、彼らの言葉で話しかけなければなりませんでした。彼らがやりやすい方法で、教えなければなりませんでした。鳥や獣に神聖な受肉は必要ありません。なぜなら鳥や獣は道をはずれて迷うことがないからです。それを軽んじているのは、人間だけなのです。

 


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