第3章 イッサ伝説の土壌
世界を遍歴し、インドにまで行ったアポロニオス
(1)イエスと同世代のアポロニオス
13歳から30歳までのいわゆる空白の17年の間にイエス・キリストはインドへ行き、東洋哲学を肌で学びとった、といった伝説が生まれるには、モデルがあった。テュアナのアポロニオスという神話的な、しかしおそらく実在した人物である。予言や魔術を行い、病人を癒し、哲学者で、行者でもあったアポロニオス。各地を遍歴し、インドまで行ったという。
アポロニオスがミステリアスで魅力的な人物であったことは間違いない。没後百年余りたった西暦210年頃、ローマ皇帝セルウェス(146−211)の后ユリア・ドムナ(170−217)の命によってピロストラトスがアポロニオス伝を編纂するのも、この伝説色の濃い才人の記録を後世に残したかったからだろう。
ちなみにこのユリア・ドムナは文化の大パトロンであり、すべての才能ある者を庇護した。彼女のもとには各分野から厖大な文書が集められたという。ユリアは、シリアの都市エメサの王で太陽神エル・ガバルの神官だったバッシアヌスの娘として生まれた。その美貌は四方に轟いていたという。のちに皇帝となるガリア・ルクドゥネンシス属州(現在のフランスのリヨンあたり)の総督、セルウェスは魔術や占いに病みつきになっていた。最初の妻を失っていたセルウェスは、占星術にしたがってユリアを娶った。
*エメサは現在のシリア北部の町ホムス。2012年3月、シリア政府軍は反体制派の拠点とされるホムスを総攻撃し、多数の死傷者が出る惨事となった。今は見る影もないが、古代においては文化の中心地だった。
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