知られざる17年、チベットへ 

第36章

1 チベットのラサには大師の寺院があり、古代の伝説を含む経典をたくさん所蔵している。

2 インドの賢人はこれらの経典を読み、イエスに経典の秘密の教えを明かした。しかしイエスは自分自身でそれらを読みたいと考えた。

3 チベットのこの寺院には、東方の教父というべき偉大なる賢人メンステがいた。

4 エモドゥスの山を超える道は険しかった。イエスはすでに出発していたが、インドの賢人ヴィディヤパティは信頼のおけるガイドを送った。

5 ヴィディヤパティはメンステに書簡を送った。それにはイエスがヘブライの賢人であること、寺院の祭司たちによってもてなすよう書き記した。

6 山越えに何日もかかり、危険度は増すばかりだったが、ガイドとイエスはラサに着くことができた。

7 メンステは寺院の大門を大きく開け、すべての大師と祭司によってヘブライの賢人を迎え入れた。

8 イエスはすべての聖典にアクセスすることができ、メンステの補助によってそれらを読むことができた。

9 メンステはしばしばイエスと来たるべき時代について、またその時代の受け入れる聖なる宗教について話をした。

10 ラサではイエスは宣教活動をしなかった。寺院の学校で研究を終えると、イエスは西へ向かって旅をした。多くの村に彼は滞在し、教えを広めた。

11 ついに峠に達し、ラダックに入り、レーに到着した。彼は多数の僧侶、商人、低カーストから熱く迎えられた。

12 彼は僧院に滞在し、教えを説いた。一般の人をもとめて交易市場へ行き、そこで大衆に向かって説いた。

13 それほど遠くないところにひとりの婦人がいた。彼女の幼い息子は病気で死に瀕していた。医者はさじを投げ、死を待つばかりだと言った。

14 夫人はイエスが神から遣わされた医者であると聞き、彼なら息子を治せるのではないかという期待をもった。

15 彼女は死に行く息子を抱きしめ、急いでイエスのもとへ向かった。

16 イエスは彼女の信仰深さを見たとき、目を天にあげ、言った。

17 父なる神よ、われに力を与えたまえ。聖なる息吹でかの息子を満たし、生かしめよ。

18 イエスは幼児のうえに手を置き、言った。

19 よき婦人よ、あなたは祝福されている。あなたの信仰心によって息子は救われた。子供はよくなるであろう。

20 取り巻いていた群衆は驚き、言葉をもらした。このお方は聖なる存在に違いない。人が子供を死の淵から救うことなどできないはずだから。

21 人々はみな病人を連れてきた。イエスが言葉を発すると、病人は癒された。

22 ラダックにイエスは長く滞在した。どうしたら人を癒すことができるか、罪を拭い去るにはどうすればいいか、地上に天国の喜びを作るにはどうしたらいいか、そういったことを教えた。

23 人々はイエスの言葉や行いを愛した。彼が出発するとき、母親あと別れなければならない子供のように人々は悲しんだ。

24 出発の朝、群衆がやってきてイエスの手を握りしめた。

25 彼はたとえ話をした。ある国王がいた。彼は国民を愛し、その一人息子を彼らに贈った。

26 息子はどこにでも行った。そして贈り物をふんだんに配った。

27 しかし異国の神を祀る祠に祭司があり、彼らは好ましいと思わなかった。というのも彼らのことを無視して贈り物が配られたからだった。

28 それゆえ祭司らは人々が息子を憎むように仕向けた。彼らは言った、これらの贈り物はなんら価値がない、と。これらは偽物にすぎないと。

29 人々は真に受けて金や銀といった宝石を通りに捨てた。彼らは息子を捕え、鞭で打ち、つばを吐きかけた。そして彼を追放した。

30 彼は祭司らの侮辱や残虐さに不平はこぼさず、ただ神に祈った。父なる神よ、あなたの手で作りたまうた者たちを許したまえ。彼らは奴隷にすぎません。彼らは自分たちが何をしているかわからないのです。

31 祭司らが彼を殴っているときも、彼は彼らに食べ物を与えた。そして尽きない愛によって彼らを祝福した。

32 町々では彼は喜びでもって迎えられた。そして多くの家を祝福した。しかし長く滞在することはできなかった。王国の領内のすべてに贈り物を届けなければならなかったからである。

33 イエスは言った、父なる神は人類すべての王である。彼は無比の愛と限りない富をもって送られてきたのだと。

34 すべての土地のすべての人々に私は贈り物を届けなければならない。この生の水とパンを。

35 私は私の道を行く。またわれわれは会うだろう。父なる国はすべての人のものなのだから。あなたのための場所を用意しよう。

36 イエスは黙って手を挙げ、祝福を示した。彼は彼の道を進みはじめた。

 

*ラサの賢人メンステ(Meng-ste)とは、ペル・ベスコウが指摘するようにメンツェ(Meng-tse)、すなわち墨子のことだろう。ただし10回も登場するのに誤植が許されるかという問題があるし、時代も違えば、場所(チベット人の間では孔子や老子は有名だが墨子はそうでもない)も異なる。むしろチベット語の多聞(博識者)を意味するマントゥ(Mang thos)のほうがアカシック・レコードから読み取った賢者の名前にふさわしい。しかしあとで中国の賢人として登場することから、メンステは墨子であり、作者は中国とチベットを混同していることがわかる。

 ヴィディヤパティはインド中世のミティラー地方の詩人(1352?−1448?)の名。シヴァ神にささげる愛の詩はいまでも愛誦されるほどの人気をもつ。リーヴァイがインドの賢者にこの名を用いた理由は不明。

 イエスはラサには長く滞在せず、すぐにラダックへ移動する。レーの僧院が出てくるあたりは、ノトヴィッチの影響かもしれない。ここの物語の内容はさほど地域性があるわけではなく、信仰心を強く持てば不治の病をも治すことができるというものである。しかしイエスがヒマラヤ(エモドゥスはネパール・ヒマラヤのあまり知られていない山脈名)を超えて宣教活動をしたと想像するのはなんと楽しいことだろう。




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