ドワ・サンモ
昔、マンダル・ガン(Mandal sgang)という国があった。この国の人々は仏教を信じなかったため、争いが絶えず、荒廃していた。そのありさまを見た知恵のダーキニー(イェシェ・カンド Ye shes mkha’ ’gro)は人々に仏法を教えることにした。ダーキニーは年を取った女のもとに生まれ、ドワ・サンモ(’Gro ba bzang mo)と名づけられた。
マンダル・ガン国の権力者は王妃ハザン(Ha cang)と宮女(bran gyog 奴隷の意)のセマ・ランゴ(Ze ma ra
mgo)だった。国王のカラ・ワンポ(Kwa la dbang po)は妻のご機嫌伺いをしているありさまだった。
国王はある日狩をしに森へ入ったとき、愛犬が行方不明になった。あまりにショックで、翌日犬を探しに森に戻った。
民家に探しに入ったとき、ドワ・サンモを見てしまった。ドワ・サンモは信じられないほど美しく、王はその美に衝撃を受けたのだった。すぐに王はドワ・サンモを妻にしたいと考えた。
ドワ・サンモは、しかし、この罪深い王の妻になるのがいやだった。天界の五人のダーキニーのもとに飛んでいきたいと思ったが、両親は王のもとに嫁ぐよう請願した。親に請われたので、しぶしぶ結婚することにした。
結婚後しばらくすると、ドワ・サンモは思いのほか幸せになった。人々に仏法を説くことができたからである。そしてふたりの間に娘が生まれた。その三年後、今度は男の子が生まれた。
しかしその様子を観察した宮女セマ・ランゴは王妃ハザンにそのことを報告した。王妃ははじめて夫に別の妻がいることを知り、激怒した。ドワ・サンモを追い出すためにあらゆる手立てを尽くした。ドワ・サンモが耐え切れず天界に避難すると、残されたふたりの子どもや夫は悲嘆に暮れるのだった。
王妃は夫も子どもたちも排除しなければならないと考えた。まず大臣たちに命じて国王に毒を飲ませた。毒の影響で国王は気が触れたようになり、牢獄に閉じ込められた。
つぎのターゲットは子どもたちだった。王妃は寝込んで、重病に陥ったふりをした。そして病気を治すには子どもたちの心臓を食べるしかないと宣言したのである。雇われた屠殺人たちは、しかし子どもたちを殺すことができず、かわりに子犬の心臓を王妃に渡した。王妃はまたたくまに回復した。
しばらくして王妃は子どもたちが何事もなく遊んでいるのを見て、だまされたことに気がついた。今度は漁師を雇って子どもたちを殺すよう命じたが、またも漁師たちは子どもを見ると殺すことができなかった。そこで王妃は子どもたちを遠い荒野に追放することにした。
子どもたちの彷徨は厳しいものだったが、天界からドワ・サンモがつねに見張り、ときには動物に姿を変えて彼らを守った。
しかしまたも王妃ハザンは子どもたちが無事でいるのを発見し、彼らを捕えて宮廷に連れてこさせた。今度は死刑執行人に子どもたちを大きな穴に落とすよう命じた。執行人のひとりは王女を落とすことができず、かくまったが、もうひとりは王子を突き落とした。しかしドワ・サンモが雄雌二羽の鷲に姿を変え、王子を抱きかかえ、海に落とした。海では、ドワ・サンモは雌雄二匹の魚に姿を変え、ペマチェン国(Padma can)国まで運んだのである。ペマチェンの人々は王子を歓迎し、新たな王とした。
穴の縁では、王女が弟のあとを追って飛び込もうとしていたが、執行人が押しとどめた。そしてかわりにペマチェン国に行くよう促した。
簡単な旅ではなかったが、なんとか王女はペマチェン国にたどり着くことができた。そこで弟と涙の再会となる。
王妃ハザンは、しかしまだあきらめていなかった。多数の軍隊でもってペマチェン国を攻撃したのである。ところが新しい王の軍隊は思いのほか強く、返り討ちにあってしまう。王妃ハザンは王の放った矢にあたってついに死んだ。
彼らはマンダル・ガン国に戻り、幽閉されていた父親、つまり国王を解放する。家臣たちも王子(ペマチェンの新王)と王女に許しを請い、受け入れられた。彼らはペマチェン国に戻り、末永く幸せに暮らしたという。