ディメ・クンデン王子

 昔むかし、ベータ(Bhe ta)という国があり、力強いサキョン・ダクパ(Sa skyong grags pa)王が治めていた。千の大臣と60の王妃を有し、数知れない稀な美しい宝を持っていた。そのなかでも如意宝がもっとも貴重で、これを持てば幸運に恵まれるといわれていた。

 王に子供が生まれた。赤ん坊は生まれるとき、「オン・マニ・ペメ・フーム」と唱えたという。赤ん坊はディメ・クンデン、すなわち「すべての純粋を持つもの」と名づけられた。

 王子はとても賢かった。あらゆる生きとし生けるものの本性を理解することができた。王子は、しかし嘆き悲しんでいた。というのはこの世の苦しみがなくならないので、持てる富を施して衆生を救いたいと考えたからだ。王はそんな息子を愛し、その考え方がいいと思った。

 しかし大臣らは激怒して言った。王子は金持ちの王女と結婚して、もっと富を得るべきだと。王妃というのは、ペマジェン国の王女マンデ・サンモである。王女は美しく、純粋、質朴で、信仰深かった。ふたりは会った瞬間恋に落ちた。すぐに結婚し、二男一女の三人の子供をもうけた。

 ある日王と王子は宮殿の庭を散歩した。王子が悲しそうな顔をしているので、王は理由を尋ねた。「生、老、病、死の終わりのない円環のことを考えると、悲しくなってしまうのです」と王子はこたえた。

 王は言った。「カルマによって苦しんでいるものたちのことを考えるな。富を持つという幸運をかみしめるのだ」。

 「すべての富を貧しい人々に施すなら、この惨めさから解放されると思うのです」。

 王は息子を愛する気持ちから賛同し、施しを人々に与えた。

 その頃隣国は悪の王によって統治されていた。悪の王はサキョン・ダクパ王の如意宝がどうしても欲しかったので、この宝を得たものには国土の半分を与えようと、お触れを出した。

 ひとりの老人が名乗り出た。老人は山を越え、ベータ国に向かった。老人はベータ国の宮殿の門で泣き始めた。王子はこの弱々しい老人を哀れに思い、どんな要望にも答えようと言った。老人は家族の困窮を訴え、宝物、とりわけ如意宝を欲したのだった。

 この如意宝は、もちろん王子のものではなく、王のものだった。老人は老体に鞭打ってやってきたのに、いただくことはできないのか、と抗議し、帰ろうとした。王子は呼びとめ、望みのものはすべて与えよう、と言った。

 一ヶ月のち、王は如意宝がないことにはじめて気がついた。その宝がほかでもない自身の息子によって持ち出されたことを大臣から聞かされ、王は烈火のごとく憤ったのである。王は王子に向かい、富と国土の損失を嘆いた。しかし王子は、「富にたいする執着は少なければ少ないほどいいのです」と言い、「乞食が求めればあらゆるもの、子供や妻、いや自分の命をも惜しみません」と付け加えた。

 裁判官は王子に死刑を宣告したが、王は刑を変更し、王子と家族をハシャン山の魔国に追放することに決めた。魔国に向けて出発するとき、王子は妻に乞食に出会えば、妻や子供を施すことになるだろうと言い聞かせた。妻は召使として言われる通りにしますと言った。

 道中、持てるものは次第に減っていった。二人のバラモンに会ったとき、三人の子供以外に施すものがなかった。妻のサンモは泣いて抗ったが、結局子供たちを渡し、旅を続けた。

 インドラ神とブラフマー神は王子の喜捨の誓いを試そうと考え、二人のバラモンに扮した。王子は施せるのは妻だけだと告げた。誓いを守るためにはサンモを渡すしかないが、サンモの心情を考えるといたたまれない気持ちになった。

 しばらくたってインドラ神とブラフマー神は素性を明かし、サンモを返した。二人は幻の楽園に案内され、七日間、楽しむことができた。しかしいつまでも留まるわけにもいかないので、旅を再開した。

 暗い森のはずれで彼らは黄色いひげの隠者に会った。隠者は二人の向かう場所が危険であることを教えたが、彼らは進んだ。森の中にはたくさんの凶暴な野獣がいた。王子はしずかにやさしく動物たちに語りかけると、動物たちはみなおとなしくなった。

 二人は隔絶した森の中に十年間留まった。そして時が来たと考え、動物たちに別れを告げた。彼らは三人の子供たちと再会した。故郷の王宮に近づいたとき、盲目の乞食が施しを請うた。なにも与えるものがないと言うと、乞食は「それならばあなたの目をいただきたい」と言った。

 王子は刀を取り出し、目を抉り取った。

 のち、王子が祈りを神に捧げると、新しい目を賜った。そして旅を続けた。

 12年ぶりに王子が戻ると、王は許しを請い、すべての宝を施しものとして息子に与えた。王は、ディメ・クンデン王子は摂政であると宣言した。その摂政のもと、ベータ国は強く、たくましく、繁栄した。王子と王女はこうして悟りを開いたという。