ルイジアナの奇妙な実話 

ジョージ・ワシントン・ケーブル 宮本神酒男訳 

 

暴かれたぞっとする真実 

 マダム・ラローリー邸に隣接した家の東側に螺旋階段があり、そこから小さな庭を見下ろすことができた。ある日、たまたまその家の婦人が階段を上がっていると、隣の中庭から子供の恐怖におびえた叫び声が聞こえてきた。

 彼女が窓辺に飛んでいって下を見ると、8歳ぐらいの黒人の少女が必死に走って庭を横切り、家の中に入ったところだった。そのあとを手に牛追いの鞭を持って追いかけているのはマダム・ラローリーだった。彼女はすさまじく速く、ほとんど少女に追いつきそうだった。

 彼らの姿は見えなくなった。しかし格子の暗闇の合間にちらちらと見え、またそのドタバタと騒がしい音が聞こえたので、少女が階段から階段へ、回廊から回廊へと駆け上がり、血相を変えた女主人に次第に追い詰められているのがわかった。すぐに彼らが屋根裏部屋に入ったことが物音から知れた。

 つぎの瞬間、彼らは屋根の上に飛び出していた。屋根の谷間に降りたかと思えばその端を走っていることもあった。この小さな逃亡者は滑り降りたつぎの瞬間は、屋根の上を這っていた。少女がいちばん端に追い詰められたときは、見ていた婦人も耐えきれなくなって思わず手で顔を隠したほどである。そして、下の舗装された庭に何かが落ちたドサリという鈍い不快な音。少女はだれかに抱き起されるが、だらりとして、動かなくなった。

 隣人の婦人は窓辺にずっといた。何時間も過ぎて日が傾き、暗闇が降りてきた。しばらくするとたいまつがそこにやってきた。浅い穴が掘られたようだった。それは実際、底の浅い廃棄処分のための穴なのだろう。そのふたを取っただけなのである。そこに何か形が変形したものが埋められた。隣の婦人はこのことを判事に知らせた。

 のちに明るみになったことから、徹底的な調査が必要だと考えられるようになった。ともかく調査は入った。マダム・ラローリーが奴隷たちを残酷に扱ったことにたいし、法的措置が取られた。こうして奴隷たちはマダムから解放されたのだろうか。ああ、まさか! 

 保安官によって売られた彼らをマダムの親戚が買い、それをまたマダムが買い戻したのである。このようなことが起こったと、少なくともそのように装ったと考えてみよう。そう考えれば、2、3年後の新聞記事の意味することが理解できるだろう。つまり年老いたクレオールの紳士とこの事件の目撃者で今も生きている公証人の証言があり、マダム・ラローリーはそのおぞましい悪行によって罰せれたが、その罰は罰金だけだった。弁護士たちによればマダム・ラローリーが子供を殺したことは合法的とはいえない。

 事件を目撃したのは窓辺の婦人だけではなかった。南北戦争のあと何年もこの「幽霊屋敷」に住んでいたという婦人が言うには、死んでずいぶんになる夫が子供の頃、たまたま通りかかって子供が屋根の上を走るのを見たという。子供が屋根の上を這って、なんとか逃げ切ろうとするところははっきり見たらしい。しかしそれにつづく落下シーンは見ていなかった。法律用語でいう「暴行」といえる場面を見た人はいなかった。しかも子供は奴隷だったのである。

 事件から数年後、ニューオーリンズで、あるいは目撃者から聞いたことをミス・マーティノウ(最初の女性社会学者ハリエット・マーティノウ)が書き留めている。それによるとラローリーが黒人奴隷を買い戻した目的は、彼らにあらたに残虐な行為を加えたかったからだとう。しかしそれよりももっとありそうなのは、単純に、あるいはもしかすると思いやりから、彼女の悪行を知ってしまった奴隷たちに外でそのことをしゃべってほしくなかったのだ。彼女は激昂したときに行き過ぎたふるまいをする傾向があり、いわば意図せず泥濘にはまってしまったともいえよう。そこから抜け出す唯一の方法があるとするなら、それはまったく異なる場所へ行くことしかない。

 しかし彼女がこれらの哀れな犠牲者たちを飢えさせ、鞭打ち、拷問を加えたことにたいし、どんな推測が成り立つだろうか。じつは彼女は、自分自身の娘にさえ食べ物を与えず、虐待したのである。もしかすると彼女は正気ではなかったのだろうか。人はそう思いたがるものだが、われわれはあわてて都合の良い結論を出すべきではないだろう。それは情緒面で正常でないということなのである。

 では彼女が正常でないとして、夫はどうなのだろうか。ミス・マーティノウが聞いたところでは、彼が犯罪に関与した事実はないという。積極的に拒まなかったということでは共犯者であり、おなじ泥濘にはまっていたともいえるだろう。彼女が狂人だとしても、その狂気が、でっぷり太った御者にたいしては発揮されず、正気でいられたのはどういうことだろうか。彼はスパイとして雇われたのだろうか。それにあんなにたくさんの客を家に呼んでいたのに、狂人ではないかと疑われることはなかったのだろうか。

 地元ではだれもが家の中の彼女のしつけが厳しすぎることを知っていた。厳格さは結局裏目に出てしまったのだ。どこかで歯止めをかけようと思ったことはなかったし、実際歯止めはかからなかった。今日のプライバシーに敏感な上流社会においては、紳士であれ淑女であれ、だれかが召使いをどう扱いっているかについてあれこれ言われることはない。だれがそんなことを問題にするだろうか。ジョン・フィッツ・ミラーくらいのものではないか?(論議を起こした混血種の解放奴隷であるサリー・ミラーの元の主人)

 そして時間は過ぎていく。われわれがドクター・ラローリー以外の医者のところへ行く間に、美しく、甘美で、魅惑的なマダム・ラローリーは、狂人であるかはともかく、馬車を走らせ、バイウー路を通って、日々、毎年、仕事をこなしていたのだ。上流階級のだれも彼女を疑うことなく、まわりに集まってきた。しかしじつは、彼女は24フィート(7m20)の鎖で女奴隷の料理人をキッチンの床か壁につないでいたのだ。

 この地域の名誉に関わることなので言っておくが、疑ったり怒ったりする人々もいないではなかった。それでも真実はなかなか暴露されなかったが、1834年4月、70歳の年老いた女料理人の取った行動によってついにそれが明らかになる。彼女は意図的に火を放ったのである。言い伝えによれば、彼女は前の晩、客間の窓のカーテンが燃える夢を見たという。彼女はこれを吉兆ととらえ、本当に火事になるよう火を放ったのである。しかし記録をみるかぎり、市長に告白したのは罪を犯したことだけである。

 捨て身の作戦は成功した。火災発生を知らせる警報は瞬時に通りのほうまで伝わり、何百人もの人々が駆けつけてきた。通りは群衆でごったがえした。彼らは隣人や友人でなければただの見物人だった。そのなかのひとりはモントレイユという名の紳士だった。彼は長い間、この邸宅や女主人に違法性を発見する機会をうかがっていたのである。若きD某や公証人も群衆の中に混じっていた。そしてコノンジ判事も。ほかにも名のよく知られた人や善良な人もいた。

 火は勢いよく燃え広がった。キッチンはすぐに炎に包まれた。上の階には煙が充満した。見知らぬ人々が火勢の強いところへ駆けつけて日と戦った。友人たちはみな協力してラローリー夫妻を助けた。このかわいらしい妻が取り乱すことはなかった。夫のほうはすべてを受け入れようとしていた。

「こっちよ!」と彼女は叫んだ。「こっちへ来て! これを持って。さ、急いで戻って。気をつけてここから行って」

 彼らはさまざまなものを運び出すのに忙しかった。皿や宝石、衣類、その他高価な家具などを運び出していたのだ。

「みなさん、こちらへ。あ、そちらは使用人の区域なので……」

 使用人の区域。しかし使用人はどこにいるのだ? 

 マダムの答えは機知に富んでいたが、論点をずらしていた。

「彼らのことはいま、気にしないでください。先に高価なものを運び出してください」

 だれかが判事カノンジに触れて話しかけた。

「使用人たちは鎖につながれて動けないそうです。そのまま火の中に放置するつもりのようですよ」

「どこにいるんだ?」

「屋根裏部屋とのことです」

 彼は急いで屋根裏部屋に上がっていこうとした。しかしどうしても進めなかったので、一度引き返し、それからふたたび挑戦しようとしたが、煙にはばまれた。彼はまわりを見回した。これは物語の世界の話ではなく、現実に起こっていることだった。翌日、彼が市長の前で宣言した宣誓証書をわれわれは入手することができるが、それによると彼はラローリー家の友人らを見かけて話しかけている。

「われわれはいろんなことを聞かされています。そんなこと(奴隷たちが幽閉されていること)がありえるでしょうか。だれかムッシューかマダムに聞いてもらえないでしょうかねえ」

 しかし友人たちは答えようとしなかった。

 彼はほかの人たちにも聞いて回った。近くに二人の顔見知りの紳士がいた。ひとりはモントレイユだった。

「モントレイユ、それからあなた、フェルナンデス、あなたがたは屋根裏部屋へ行かれましたか? 私は目が煙にやられてよく見えないし、どうも息苦しくて」

 もうひとり紳士がいたが、それはフェリックス・ルファブルだった。彼は屋根裏と舎房の間の二重扉のほうへ向かっているように見えた。戻ってきたばかりのモントレイユとフェルナンデスは、徹底的に調べてみたが何もなかったと言った。

そこへマダム・ラローリーがやってきた。彼女は甘い声で言った。

「こちらへいらっしゃってください。いまは避難することを優先してください」

しかしルファブルが戻ってくると、叫んだ。

「私は扉を見つけましたよ! そのかんぬきは壊したのだけれど、さらに扉があって鍵がかかっていました!」

 カノンジ判事は煙の中を突進して、その二重扉まで行った。

「さあこの扉を壊そう!」

 扉を破ると、そこには「巣」があった。彼らはすぐにふたりの黒人女を救出した。ひとりは大きな重い鉄の首枷(かせ)が首にはめられ、足は重い鉄球につながれていた。

「火勢が弱まってきたのでもっと探しましょう」と男たちは言った。

 そこにギロット氏がやってきた。彼はほかの部屋で幽閉されていた使用人を見つけたようだった。彼らがその部屋に入り、蚊帳を押し分けて入ると、そこには年老いた無力な黒人女がいた。彼女は頭部に深い傷を負っていた。

 数人の若い男がやってきて、彼女をかかえて外に連れ出す手助けをした。

 カノンジ判事はドクター・ラローリーの前に立ちはだかった。

「ムッシュー、屋根裏部屋にはもっと奴隷が閉じ込められているのですか」

 ドクター・ラローリーはムッとしてこたえた。

「勝手に人のうちに入って指図するとは差し出がましい。そんな友人にはお引き取り願いたいですな!」 

 それでも探索はつづけられた。つぎからつぎへと幽閉されていた奴隷たちが見つかって救出された。群衆はこの光景を見て震え上がり、憤って叫び始めた。

「われわれは目撃した」と翌日のアドヴァタイザー紙の編集者は書いている。「考えられる限りもっともみじめな者を。あまりにおぞましく、われわれは直視することができなかった。どんな野蛮な人間でも、この光景を見て動揺しない者はないだろう。ある男の頭には巨大な穴が開いていた。頭のてっぺんから足の先まで傷だらけで、それらすべてに虫がわいていた! あまりにも恐ろしい光景だったので、記事を書いている今も震えが止まらないほどである。ほかの囚われていた人もおおかたこんな悲惨な状態だった」

 7人の黒い人間のかたちをしたものが救出された。飢餓のあまり、そして鉄を背負わされていたため、彼らはやせこけ、その目は飛び出していた。彼らは鎖につながれ、おなじ姿勢でいたため、解放後もずっと足を引きずって暮さねばならなかった。

 内部に閉じ込めていた秘密を一挙に太陽のもとにさらし、群衆に見せることになってしまったマダム・ラローリーは、家のすべての扉を閉め、娘たちと、おそらく御者とともに閉じこもった。鍵をかけ、かんぬきを挿し、群衆の怒りの矛先から身を守ろうとしたのである。

窓の下のロイヤル通り、向こうのホスピタル通り、そして中庭には人だかりができはじめていた。誰からともなく、埋められた遺体を探し始めた。御者をのぞけば9人の奴隷がいたはずだが、そのうちふたりの姿が見えなかった。誰かがすこし土を掘っただけで、おとなの骨が出てきた。そしてゴミ捨て井戸から子供の骨が見つかった。彼らはそこに捨て置かれていたのだ。7人は虐待を受けながらもどうにか生きていた。人々は競うように食べ物や飲み物を運んできたが、あまりにも量が多すぎたのか、日が暮れる前にふたりが死んでしまった。ほかの者たちは注意深く運ばれた。とはいっても運ばれた先は留置所だったのだが。

 「少なくとも2千人の群衆」が、これら残酷な仕打ちを受けた者たちを一目見ようと押し寄せてきた。

 朝の火が炊かれる頃には、現場は静寂に支配されていた。家の住人や友人らは相変わらず忙しく宝石や皿、家具などを運び出していた。見物人たちはそれには無関心で、ただ逮捕者が出ることを期待しながら眺めていた。しかし被災後の作業が終わっても家は閉じられたままで、逮捕者が出る気配はなかった。ドクター・ラローリーに関していえば、しばらく前から姿を現していなかった。午後になると一度は引いていた群衆が、ふたたび集まり始めた。彼らはののしったり、ブーイングしたり、憂さが晴れるまで叫んだりした。