ケルトのスピリチュアリティ  Celtic Spirituality

編訳:宮本神酒男 

 

(4)英雄クー・フーリン 

 アイルランド神話中の偉大なる英雄戦士、クー・フーリンはいわゆる「妖精病」を患った。それは異界へ導かれる過程で起きたことだった。

ある日、湖の近くで鳥撃ちをしていたとき、クー・フーリンは巨石(メンヒル)の傍らでうとうととした。この立石は大いなるパワー・スポットであり、しばしば精霊世界とつながる場所だった。英雄は知らなかったが、彼が追いかけていた2羽の鳥はファンドとライバンという名の妖精姉妹で、彼女たちのほうがじつは彼を追っていたのだ。それから寝ているときも、起きているときも、ふたりの女、すなわち赤い衣を着た女と緑の衣を着た女に出会った。笑いながら彼を鞭打ち、彼がほとんど死にかけるまで痛めつづけた。

戦士は奇妙な病気にかかって床に臥せたが、ドルイド僧も医者も治すことができなかった。彼は一年間寝たきりになり、サムハイン・イブ(ハロウィン前夜)に精霊が現れて治癒の歌をうたい、彼を異界に導くまで、人と話すこともできなかった。

 クー・フーリンは最初に妖精から鞭打たれたメンヒルに戻った。そこへ妖精のライバンが現れ、妖精世界に来て敵と戦い、彼らを救ってほしいと頼んだ。助けてくれたら、妹のファンドが彼の妻となるというのだった。クー・フーリンは申し出を受け入れ、精霊の戦争で勝利をおさめ、ファンドと結婚し、彼女と一か月いっしょに過ごした。それから彼らは現実世界にもどったが、そこには人間の妻エメルがいた。

ドルイド僧たちは不幸な夫婦のために一計を案じた。ファンドのことを忘れさせるためにクー・フーリンに、一連のできごとを忘れさせるために妻エメルに、魔法の忘却の薬を飲ませたのである。海の神マナナンは魔法をかけたマントを彼らに着せ、クー・フーリンとファンドを永遠に決別させた。これによってクー・フーリンとエメルの家庭に幸福が戻ってきた。彼は死ぬまで異界に戻ることはなかった。

 シャーマンの神秘的な世界に入門した者は、病気にかかって衰弱し、その間に出会った精霊によって眩惑され、昏睡し、シャーマン的意識状態に導かれるのが普通である。

たとえば、シベリアのシャーマン、キズラソフは7年間も病気だった。彼の妻は証言する。「夫は23歳のとき、病気の発作にみまわれました。そして30歳のときにシャーマンになりました」

 潜在的にシャーマンの能力を持っている者は、病が癒えたとき、意識上は、旅をした記憶を持っていなかった。それだけでなく日常の生活の記憶も失うことが多かった。この危険な旅の間、シャーマンの世界からの召喚を断る者も少なくなかった。彼らは普通の男女として生活をつづけた。彼らはシャーマンになるという選択をしなかっただけなのだ。固辞した者のなかには「壊れたシャーマン」になる者もあった。彼らは度合いはともあれ、力を身につけていて、しぶしぶ彼らのパワーを示すことがあった。

 「壊れたシャーマン」は以前のように生きることに熱狂することはなかった。彼らは真逆の意味で印がつけられたようなもので、やる気のない生きざまは非難を浴びることがあった。日常の生活に戻ってすぐに死ぬ人も多かった。(当然、ケルト人はそれを妖精のせいにした)

 これは他の社会でシャーマンの召喚を拒否し、その結果病気になり、無気力になり、死ぬこともあるのとおなじようなものだった。ドイツの民族心理学者ホルガー・カルヴァイトはこのパワーの受け取り拒否を、感覚の扉が開かれたあと閉じようとする試みとしてとらえ、われわれがより多様性に満ちた世界を生きていると述べている。彼はさらに言う。「それを二度と閉じることはできない。そうでなければ、この旅らから流れ出た感覚が鬱血し、すべてのものを湿らせ、統御できない神秘的なヴィジョンのなかで溺れることになるだろう」

 原型的なシャーマンでいえば、シャーマンの持つエネルギーを抑圧すれば、大きな心理的なダメージを負うことになるだろう。こういったエネルギーをうまく取り扱うことができてこそ真のシャーマンなのだ。

                                    (トム・カウワン)