地球内部から来る空飛ぶ円盤 

 この時期、レイモンド・バーナード博士としてしっかりとしたアイデンティティを得たシーグマイスターは、1955年にブラジルで出版された奇妙な本、『地下世界から空へ』を発見した。作者のOC・ウゲニンはブラジルの作家で、ブラジルの神智学の会長であることがわかった。ウゲニンの本は英訳されていなかったので、1956年、サンパウロの書店で拾い読みしながら写し取ったあと、シーグマイスターは本の大部分を翻訳した。

 『地下世界から空へ』は、空飛ぶ円盤は12000年前、大陸が海に沈む前、アトランティス人によって造られたという彼の仮説に言及していた。一部のアトランティス人は乗り物を用いて破壊から逃れ、両極の穴を通って地球内部の世界に移住した。そこでかれらは進んだ文明を再建したのである。

 ウゲニンはUFOの特徴とされるものが異星人と関係がなく、むしろ地球内部から来たとしたほうがしっくりするのではないかと論じた。UFO飛行士たちは地球上の放射線量を計測しているのであり、地上の政府とコンタクトを取るつもりはまったくないと彼は主張した。

 シーグマイスターが描く考古学者と神秘主義者、すなわち司令官パウロ・ストラウスという名の軍の大佐とエンリケ・デソーサという名の教授はウゲニンの友人であり、多大な情報をもたらしてくれた。

 1956年、司令官ストラウスはブラジル各地を回り、UFOとアガルタと呼ばれる地球内部の秘密基地について講演した。彼はブラジル軍を離れて非公式に講演をおこなっていたと思われる。まさにこの南米で、あるいは世界各地で発生しているUFO現象についてガセ情報を流すのが公式のミッションだったのかもしれない。

 シーグマイスターは、サンロウレンソのどれだけの住人が頻繁に奇妙な宇宙船が協会本部の近くに離着陸しているのを目撃しているかを述べながら、デソーサ教授が実際地球内部のアトランティス人と接触していたことを示唆している。大きな人々が宇宙船から降りてくると、デソーサにあいさつの言葉をかけ、秘密の話し合いのために急いでなかに迎え入れたという。

 カフトン=ミンケルによれば、シーグマイスターはサンロウレンソの神智学協会の本部を訪ね、デソーサ教授と会っている。シーグマイスターはブラジルからバイオソフィカル通信というニュースレターを発行していたが、記事のひとつに教授と会ったことについて書いている。

部屋の後方のソファに18歳くらいに見える若い女性が座っていた。驚いたことに、彼女は教授の妻なのだという。教授は70歳を超えているはずである。じつは彼女は地底人であり、年は50を超えているという。若さを失わないのは、地底人の寿命がわれわれよりも長いからだった。

 教授は話し始めた。「私はちょうど地底世界から戻ってきたところです。そこでは私はよく知られているのです。私はよく地下都市シャンバラを訪ねました。この都市に通じる扉の鍵を持っていました」

 デソーサはさらにシーグマイスターに、ブラジルにはたくさんのトンネルの入り口があると述べている。そのうちのひとつは、マット・グロッソのロンカドール山脈にある入り口だった。1925年に有名な英国人探検家パーシー・フォーセット大佐が行方不明になったのは、この地域である。

 ブラジルの奥地のジャングルで、アトランティス人の遺跡を発見したフォーセット大佐と彼の悲運の探検隊についての話は、1950年代にはまだよく知られていた。フォーセットの息子ブライアンが著した『フォーセット探検隊』(米国では「失われた足跡、失われた都市」というタイトル)やハロルド・ホプキンスの著作(『古き南米の秘密都市』や『古代南米のミステリー』)が出版されたことによって、彼の名声は衰えることがなかった。

 デソーサはシーグマイスターに、フォーセット大佐と仲間たちはロンカドール山脈の地下トンネルのなかのアトランティスの都市でまだ生きていると語っている。またかれらはその動静が知られないよう、地下を去ることが許されていないと付け加えている。トンネルへの入り口は勇猛なるチャバンテ族によって守られているという。

 デソーサはシーグマイスターにパスワードを教えた。それによってチャバンテ族の検問所を通り、トンネルに入ることができた。デソーサによると、トンネルは7つの層の地下都市や農場を抜けて降りていき、最終的に地球中心部の巨大な空洞に通じていた。

 シーグマイスターは1960年に『核時代に生き残るために』というタイトルの本を自費出版する。そのなかで彼はじぶんを「アガルタの隠された入り口を探す者」と表現している。くしくもチャールズ・マーク―が「私はテロ人と暮らしている」と主張するのと軌を一にしている。シーグマイスターはマット・グロッソおよびロンカドール山脈へ行ってみるのだが、地下への入り口を見つけることはできなかった。

 その年、友人が彼に地球空洞説とバード大佐の極地を超えた飛行について書いたレイ・パーマーの「空飛ぶ円盤」と題された記事と、地球空洞説とフリーエネルギーの空飛ぶ円盤について書いたセオドア・フィッチのパンフレットを送った。

 1959年から1960年にかけての時期、シーグマイスターは『アガルタ、地底世界』を、すぐあとに『地球内部からの空飛ぶ円盤 アガルタ、地底世界』を書いたが、これはじぶんでタイプした58ページの小冊子にすぎなかった。そして『地球内部からの地球からの空飛ぶ円盤』も89ページにすぎなかった。これらの本にはシーグマイスターの信じる地底世界や古代大陸、UFOなどについて書かれていた。

 シーグマイスターはまたUFO・ワールド・リサーチという名のセントルイスにある機構の所長、ジョージ・マルロー博士の秘書というオットマー・カウブという人から手紙を受け取っていた。シーグマイスターは自身のバイオソフィカル・ブルティンに手紙を掲載した。手紙によれば、ベジタリアンのマルロー博士はシーグマイスターのサンタ・カタリナ寺院に住むことに興味を持っていたという。彼は「空飛ぶ円盤に何度も乗って北極の穴から地球内部へ連れていかれたことがありました。彼は円盤の人々とつねにコンタクトをとっていて、かれらと話し合いをしたこともありました」。

 シーグマイスターへの手紙のなかでオットマー・カウブはつづけて書いている。「彼の地位と下された命令のため、彼はいかなる出版を求めることも欲することもできません。この手紙も公開されるものではなく、グループ以外のだれにも見せられるものではありません。どの政府も空軍もそうでしょうが、機密情報を外部に漏らしたくはないのです」

 シーグマイスターとマルロー博士は手紙のやりとりをした。マルロー博士は過去の何年間かにわたってふたりの存在とコンタクトをとってきた。かれらの名はソルマーとゾラだった。これらの名はジョージ・ハント・ウィリアムソンの『空飛ぶ円盤、語りき』にも出てくるが、それについては次章でくわしく述べたい。

 ソルマーとゾラは南米の地下のマサーズⅡという都市に住んでいた。マルロー博士の主張によれば、ソルマーとゾラとともに彼も空飛ぶ円盤に乗り、60回以上行き来したという。彼はときには北極の地域を通って「カーブ」を抜けて地球内部の世界にわたり、ときには南米の地下の洞窟内にあるマルサ―Ⅱへと行った。

 マルロー博士はシーグマイスターに、内部世界の人々は自分たちのことを「テランス」と呼んでいた。そしてわれわれとおなじく、緑が多く、みずみずしい世界のなかに生きていた。ここでは太陽が沈むことはなかった。都市はたくさんあった。マルサ―Ⅱのほかにも、エデン、デルフィ、ジェフ、ニギ、へクテアなどが含まれた。

 内部世界には理想的な気候があったと、マルローはシーグマイスターに語った。そこの人間は12から14フィートあり(4メートルほど)、鳥は羽を広げると30フィート(9メートルほど)にもなり、リンゴやオレンジは人の頭の大きさがあった。かれらはまた空飛ぶ円盤を持っていた。

 内部世界の人々は外の世界をクルージングするのが好きだとマルローはシーグマイスターに語っている。そしてかれらはコンタクティーを利用してUFOの起源に関して混乱を生じさせる。かれらは集団自殺を遂げたヘブンズ・ゲイトのボーとピープのさきがけだった。マルローが言うには、ソルマーとゾラは価値のある人間をUFOで連れ去り、やがて来る大災害から彼を守るという。

 シーグマイスターは自費出版の『核の時代の生き残り』や『地球内部から来た空飛ぶ円盤』のなかで、マルロー、ソルマー、ゾラのことを、情熱をこめて書いている。また彼はマルローの資料を利用し、ブラジルにある彼自身のコミューンに来る移民を探し求めていた。そしてUFOのシャトル便がブラジルと米国のあいだを行き来するようになるだろうと彼は述べている。

 何年もの間マルローは、オットマー・カウブの手紙を通じて、彼とソルマー、ゾラがいずれUFOに乗ってやってくるだろうと約束しつづけた。しかしながら介入してきた米当局から飛行禁止が言い渡され、彼はワシントンDCにそのUFOでやってくるよう命令されたのである。

 ウォルター・カフトン=ミンケルによれば、シーグマイスターはようやくのことで(おそらく意図的に)「マルロー」と「オットマー・カウブ」にかつがれていたことに気づいた。バイオソフィカル・ブルティン誌上でシーグマイスターは読者に警告を与えている。

「レイモンド・バーナード博士が本当にアトランティス人を連れてくると期待してはいけない。彼は意欲満々の人間であり、まずみずから彼らと会うだろう。面会がかなったあと、かれらの許可を得て、一部の価値ある難民をかれらのもとへ送ることになる。第一歩はサンタ・カタリーナのニュー・ホーリー・ランドに行くことであり、つぎに、トンネルへ行くことになるだろう」

 1950年代後半までにはシーグマイスターのバイオソフィカル共同体の活動は沈滞してしまう。サンフランシスコの彼の島に、数人の貧しいブラジル人と近くのジョインヴィレから来たわずかのドイツ系移民が生活するだけになっていた。カフトン=ミンケルはつぎのように述べている。

「アメリカ在住の彼の特派員が、アリゾナ、ニューメキシコ、メキシコ北部の洞窟や山脈における地球内部への入り口の調査について彼に報告すると、バーナードはいっそう混乱した。彼は北米のデロに占有された洞窟は探索しないでくれと嘆願した。デロは数千年前の「母なる地」レムリアから追放されたアウトカーストであり、退廃者だと彼は感じていたのである。アメリカの真下におけるデロの存在は、アメリカ都市部の青少年の犯罪がなぜ増加しているかの理由となった。アメリカの読者をブラジルの彼のコミューンに連れていくことはできないと確信した彼は、最後の著作『空洞地球』の執筆にとりかかった。

 シーグマイスターは本を編集するとき、リードの本とガードナーの本から素材をとっている。彼はまたジャンニニの本とパーマーの60年代の記事『空飛ぶ円盤』からかなり引用している。両方ともバード大佐の南極探検隊について書いているのだが、ふたりとも南極を北極と勘違いしている。シーグマイスターはのちに、間違いを認めるかわりに、バード大佐は1947年にひそかに北極探検をしたのだと強弁している。

 『空洞地球』はシーグマイスターの初期のガリ版刷りの本とは違っていた。彼はこれによって(いまは故人の)フィールドクレストという名のニューヨークの出版人と出会ったのである。本はガリ版刷り、あるいはコピーの『地球内部からの空飛ぶ円盤』を書き直したものだった。『空洞地球』はフィールドクレストによって大々的に宣伝され、実際によく売れた。この本は新しい世代全体に地球空洞説をもたらしたのである。彼は本の版権をユニバーシティ・ブックス・オブ・ニューヨークに売っている。この出版社は1969年に版権を取り直している。

 その間、1965年にシーグマイスターはブラジルの彼自身の島で肺炎のため死去している。カフトン=ミンケルの報告によれば、1965年夏以降に彼に送られた手紙には(おそらくポルトガル語で)故人のスタンプが押され、送り主に返されている。

 『空洞地球』における地球空洞説の唯一の新しい素材は、ブラジルにあったいくつかのトンネル入り口だった。シーグマイスターはコミューンを作るため(次章で論じるジョージ・ハント・ウィリアムソンのように)この地域に移住している。シーグマイスターはすべてのイラストを用いて(そのひとつは表紙に使われている)リードやガードナーの本を大胆に焼き直している。彼はまた、UFOや地球空洞説にそれまで論じてこられなかった陰謀論的な見方を持ち込んだ。

 『空洞地球』は外の宇宙でなく、地球内部からUFOがやってくると示すことによって、このジャンルのほかのたくさんの本のはるか先を行っている。実際その第一章は地球内部のことではなく、UFOや政府の機密について書いているのだ。シーグマイスターは論理的に考えていた。もし極地に穴があるなら――UFOが地球内部からやってくるとするなら――米政府はこの信じがたい発見を、すなわちUFOの出自を隠そうとするにちがいない。

 UFOが地球内部からやってくるということは、われわれの時代のもっとも大きな秘密であるとシーグマイスターは主張する。秘密は米国政府と(実際政府内に軍情報組織があり、秘密のプロジェクトを統括している)世界のスーパーパワーによって守られているのだ。ここに、米政府とロシア人が共同で進めているという陰謀論の萌芽が認められる。また本の最終章は、フリーエネルギー装置と反重力装置についてである。

 ウォルター・シーグマイスターは初期の本の頃から本気で地球空洞説を信じていた。そしてあきらかにシェイヴァー・ミステリーの特集が組まれたアメージング・ストーリーズ誌を読んでいた。シーグマイスターの主張は空想的にすぎ、しばしば幻覚的だったが、南米のUFO発射基地と同様、ブラジルのトンネルが存在する証明も60年代には現れてくることになったのである。

 インターネットの最近の報告(1998年9月)によると、ブラジルのSOCEX(宇宙人研究協会)サンタ・カタリーナ州やパラナ州の山脈の奇妙なトンネルについて調査を進めているという。トンネルが集中的に見られるのは、サンパウロの南西304キロ、サンタ・カタリーナ州の都市ジョインヴィレあたりである。

 SOCEXのエウスタキオ・アンドレア・パトウナスはこう述べている。

「最近ふたりの探検家がポンタ・グロッサ(サンパウロ南西400キロのパラナ州の都市)近くのトンネルに入りました。かれらは50人ばかりの住民がいる地底都市に5日間滞在しました」

 「ツアー」の間、この名前の知られていないブラジル人たちは、都市の首長によって水耕法で育てられたフルーツをいただいた。このフルーツを育てるのに二年を要したという。

 ふたりの男はパラナ州のセラ・ダ・パラナビアカバ山脈にあるリンカノのトンネルにも入り、4層の地下世界へ通じた階段を発見したという。また、ジョインヴィレのモンターニャ・ミステリオソのガイド、JDは、たくさんの輝くUFOがトンネル入り口付近を飛び回っているのを見ている。その近くで 彼は地下から男女のコーラスの歌声が流れてくるのを聞いている。彼によれば、円盤があまりにも明るかったため、真っ暗な夜が真昼のように明るく輝いたという。彼はまたトンネル近くで奇妙な地底人のグループと出くわしている。かれらは赤いひげを生やし、長い髪を持った筋肉質の白人だった。彼が近づくと、かれらは逃げていった。

 あるときは、彼はこの地域で「おそらくUFOと関係のある」奇妙な光を見ている。ジョインヴィレのある年老いた男は、ドラマ「ジーナ、戦士姫」に出てくる野蛮人のようないでたちの地底人たちを目撃している。彼はサンパウロ州コンセイソン近くの奇妙なトンネルを訪ね、遠くに驚くべき地下都市を見たと主張している。

 NCという探検家はリオ・カストールのトンネルを訪ね、20歳以下のように見える美しい少女と出会っている。しかしポルトガル語で話しかけてきた彼女は、自分は2500歳だと言った。彼はまたたくさんの「野蛮な地底人」と会ったと語っている。

 ほかにも、DOという探検家はセラ・ド・マル山脈のガスパルというところの似たトンネルを訪ね、果樹園から神秘的なフルーツを持ち帰っている。彼はまた高いピッチの声で知らない言語を使って互いに話し合う地底人と出会っている。

 このように話は尽きない。

 ジョインヴィレはシーグマイスターの古い住所であることは特筆すべきだろう。偶然か、悪ふざけなのか、あるいは、「レイモンド・バーナード」の使い古されたトリックなのだろうか。