2章 21 剛卯と印章鎮圧術 

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 剛卯(ごうぼう)とは、桃木、玉石その他を使って制作した立体的な佩帯呪飾である。小型の立方体の剛卯は後世の博徒が用いた骰子(サイコロ)のようだ。やや大きな長方形の剛卯の上面には呪文が刻まれている。この種の剛卯は印章とよく似ているのでこの「桃卯」を「桃印」と呼ぶ人もいた。印章の一種とみなされたのである。

 湖北省随県擂鼓墩の戦国時代初期の墓(曽侯乙墓)から六つの完全な状態の白藍色玉剛卯が出土している。それぞれの剛卯の中央に対になった穴がある。これは佩帯するときに使う縄を通すためのものだろう。六つの剛卯は三対(三つのペア)である。そのうちの一対は、縦1・1センチ、横0・95センチ、幅1・5センチという大きさで、穴の直径は0・35センチとなっている。ほかの二対も大きさはほぼ同じだ。曽侯乙が埋葬された前433年頃は、孔子が世を去ってから四十年のことだった。墓中の剛卯が、曽侯乙が生前に身につけていたものだとすると、実際春秋時代の末期ということになる。

 剛卯辟邪法は漢代になって隆盛をきわめた。「剛卯」という名称自体は漢代にはじめて見えるのである。「剛卯」の「卯」は製作されるのが正月の卯日だからだという。「剛」もまた堅固なものであることから名づけられたもので、「剛強不屈」であることを示している。先秦(秦代以前)、秦漢(秦代と漢代)の時期、子、卯日は忌日とし、これらの日は楽(音楽)や生臭いものを食べるのを禁忌とした。毎年最初の卯日から剛卯を製作し、佩帯した。これによって卯日にもたらされる処刑、疾病などの災禍を厭勝する(避ける)ことができた。