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漢代の人は剛卯が桃殳から派生したことを知っていた。剛厳卯の銘文に「霊殳四方(れいしゅしほう)」「化兹霊殳(かじれいしゅ)」とあり、剛卯の旧名あるいは雅名が霊殳であることがわかる。これは剛卯が桃殳から変化してきた証拠である。霊殳はまた、桃殳の別称である。大剛卯は「亥殳」「巳攵」と称す。「亥殳」字は、殳から「亥殳」の字を作り出すとき、剛卯に殳を刻むことになる。
漢代の人は剛卯を霊卯と称した。後漢の人は五彩長命縷を朱索と呼んだ。明代、清代の人は春聯を桃符と同様とみている。というのも起源においてはあきらかに関係があるからだ。
剛卯の起源が桃殳であるかどうか、学者が言う。「漢代の儒者は剛卯を霊殳と見立てた。殺すという意味があったからである」「もともと漢代の人は、剛卯を霊殳に見立て、そのような威力を持つものと考えた」
この見立てる(比作)という言葉は難解だ。剛卯の銘文は、明確に剛卯は霊殳だと述べている。剛卯と霊殳は、漢代の人の考えでは同じ意味を含んでいた。それらはあえて見立てる必要がなかった。もし剛卯、あるいは霊殳の「その主な意味が殺すこと」であるなら、漢代の儒者がなぜそれらを霊刀、霊剣と呼ばず、わざわざ霊殳と呼んだのか。
春秋時代の斉国人は桃殳を佩帯し、二桃と呼んだ。桃は辟邪(魔除け)霊物であり、それゆえ桃殳は霊殳と呼ばれた。漢代の人は霊殳の特性と製作時間からそれを剛卯と呼んだ。この変化には脈絡があり、明解である。この桃殳を剛卯の発展史から取り出して巫術史にあてはめようとすると、混乱が生じ、曖昧になるだけである。桃殳が剛卯の起源の一つということを玉剛卯に注意を向ける考古学者が認めなかったとしても、実際漢代のほとんどの剛卯は桃木から作られていた。
白玉、黑犀、象牙などは貴重で得難く、庶民の大半は剛卯に桃木を使っていた。しかし、出土した、あるいは代々伝わる漢代の剛卯には桃木でできたものはない。桃木は玉石と違って保存も、流伝も容易ではないのだ。
『説文解字』「叙」は「秦書八体」中で「殳書(しゅしょ)」を紹介する。古代文字の学者は、殳書を武器関連の文字と認識している。最近になってこの説を唱える人がいるようである。しかしどうして武器を表す特殊な書体が必要なのだろうか。もし殳書が比較的投げやりな篆体(てんたい)あるいは六国文字なら[斉、楚、燕、韓、趙、魏の六か国の文字の総称]、秦朝廷は特殊な書体として並べる理由があるだろうか。もし武器に入れた銘文を殳書と称すなら、銘文の入った矛や戟の代わりに秦人はなぜ殳を用いる必要があるだろうか。
殳書の性質に関して言えば、清の段玉裁の説明が比較的納得がいく。彼は剛卯、または霊殳を根拠に、秦代の殳書が剛卯の銘文のなかにあることを認めた。
現代の唐蘭はさらに一歩踏み出て「漢代の剛卯はあきらかに霊殳を示している。われわれはそれが殳書の名残であると見ている」と指摘している。
司馬彪『続漢書』「與服志下」に言う。「漢は秦の制度を大幅に改めることなく受け継いだ。しかし(権威を示すために)、双印や佩刀で飾るようになった」。
秦代の頃、佩帯する双印、すなわち霊殳(れいしゅ)は等級の規定があった。霊殳によって役人の身分が表されたのである。その銘文の字体には一種独特の風格があった。それゆえ朝廷は霊殳の銘文を殳書と呼んだ。その他、朝廷が使う物に使用される刻符、摹印(もいん)、署書などの字体で身分が識別されるようになった。
殳(しゅ)が特別なのは、殳が截段(せつだん)することである。剛卯の形状と構造はそれに近い。[截も段も切るという意味を含んでいる。段という文字は殳を含む]
『説文』の解釈よると、「殳は竹を積み重ねて作る。八觚(こ)で長さは一丈二尺である」。
竹を積み重ねるとは、竹片を合わせて竹杖となすことを言う。八觚とは、殳が八棱(八角)あるということ。許慎の殳の作りの説明は考古学的発見によって証明されている。
曽侯乙墓から出土した殳(この酒器上に殳という銘が見える)はひとしく竹木を合わせて作ったもので、八棱形である。これにより桃殳が桃木を合わせて作った八棱(八角)の木杖であったことがわかる。睡虎地秦簡『日書』「詰篇」が記す「飄風の気」を撃退する桃杖とは、あるいはこの種の特製の八棱桃殳のことだったかもしれない。
『韓詩外伝』に言う斉国男子は二本の殳を佩帯するという場合の殳は、当然一丈以上の長さの桃殳ではなく、桃殳を象徴するもの、すなわち桃木から作った小型の八棱殳であったはずである。
八棱体と四方体(立方体)には共通する特長があり、それは「正でかつ直であり、觚でかつ方である」[直線的でたわんでいないこと。四角、八角など規則があることなど、建築物に見られる特長。人格に対する形容でもある]ということだ。ミニチュアの八棱(八角)の桃殳は容易に四角四方の桃剛卯に変化するだろう。これがまた剛卯に霊殳の別名が付いた由来である。
玉器を佩帯して不吉なものを御するのは古い習俗である。ただ玉石、黑犀、象牙などから霊殳を作ると、かえって桃殳辟邪術の影響を受けやすいかもしれない。