(5)
<禁瘡腫>
『五十二病方』には禁治癰疽(ようそ)、身疕(しんび)の法術が記されている。癰疽とは化膿した悪瘡(毛嚢炎や皮下膿瘍)のことである。疕(ひ)はもともと頭瘡のことを言うが、身疕で身体上の瘡疖(そうせつ)を指す[瘡疖とは皮膚毛嚢あるいは皮脂腺が化膿したもの]。この書に言う、癰疽患者は病鬼を威嚇するために高山に面と向かい、呪文を唱える。そして唾法でまた法術をおこなう。
身疕患者は呪文「浸畜浸畜虫、黃神在竈中、浸畜遠、黃神興」[ここの畜はすべて火偏。犠牲に用いられる家畜、とくに羊、馬のこと](悪虫を水に沈めろ。黃神は竈の中におられる。遠くに沈めろ。黃神が興る)を唱える。竈(かまど)の中の黃神の威力を利用して身疕の悪虫を駆逐する。[この浸畜の意味はわかりづらいが、古代の刑罰である浸豬籠と関係があるだろうか。犯罪者を籠に入れ、縄を結んで、河に突き落とす]
後世になると禁治癰疽疔瘡(ようそていそう)の呪法はとても多かった[疔瘡とは、根が皮膚の奥深くに入った毒瘡のこと]。『千金翼方』巻二十九にはつぎの三つの法が記されている。
(a)刀で癰疽を切る一方で、唾を吐き、呪文を唱える。
吾朝晨行、女媧相逢、教我唾癰。(我は朝早くに行く。女媧と出会い、癰(よう)につば吐くことを教わる)
従甲至乙、癰疽速去。従乙至丁、癰疽不生。従丁至癸、癰疽皆死。(甲から乙へ、癰疽はすみやかに去れ。乙から丁へ、癰疽は生まれるな。丁から癸へ。癰疽はみな死ぬべし)
青癰、赤癰、白癰、黒癰、黃癰、血癰、肉癰兄弟八人、吾皆知汝姓名、徒忍割汝、汝須急去。(青い癰、赤い癰、白い癰、黒い癰、黃の癰、血の癰、肉の癰ら兄弟八人、吾は汝の姓名をみな知っている。ひたすら汝を切り刻む。汝急いで去るべし)
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
(b)東の壁の上から土を取り、こねて三つの土丸を作る。井戸の東側に土丸を一つ置き、呪文を三遍唱える[呪文は省略]。嘘気(ゆっくりと息を吐く)を二十一遍おこない、二つの土丸を井戸に投げ込む。
(c)棗(なつめ)の木の南側に近づいて、樹幹に碗の水をかける。刃が木に向かうように、碗の上に刀を置く。三本の指で撮鬼を表し、それを刀の刃の上に置き、「胡跪」(右膝を地面につけ、左膝を立てる)の姿勢を取って呪文を唱える。
上啓伏奴将軍、伏奴将軍能治疔瘡。(伏奴将軍に上奏する。伏奴将軍なら疔瘡を治療することができる)
今是某年月日、姓字某甲、年若干、患某処生疔瘡、或是浮漚(おう)疔、或是麻子疔、或是雄疔、或雌疔、或是羊角疔、或是蛇眼疔、或是爛疔、或是三十六疔、或是駆失瘡、或是水洗瘡、或是刀鎌瘡、三頭著体于人、不量清浄七寸棗樹下之水、洗之伏蔵。(今日は某年某月某日、姓は某、字は某、若年で、〇〇を患い、疔瘡ができている。浮漚の疔、あるいは麻子の疔、あるいは雄疔、あるいは雌疔、あるいは羊角疔、あるいは蛇眼疔、あるいは膿瘍の疔、あるいは三十六疔、あるいは駆失瘡、あるいは水洗瘡、あるいは刀鎌瘡、人の体にできた三つの疔瘡をナツメの樹の下の清浄な七寸[20数センチ]の深さの水で洗い、隠匿する)
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)