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 古代術師は倉庚そうこう)鳥、ウグイスも一種の止嫉妬(嫉妬を止める)霊薬とみなしている。倉庚、すなわち黄鶯、黄鸝、あるいは黄鳥。『山海経』「北山経」に言う、軒轅の山に「鳥あり、その状梟のごときにて、白首、名を黃鳥という。鳴いて自ら(おら)ぶ。これを食せば嫉妬せず」。この種の黃鳥は神化した倉庚(ウグイス)だろう。言い伝えによると梁武帝の皇后郗(ち)氏が嫉妬深く、武帝が捕虜として捕獲した斉朝宮女らに接触することさえ許さなかった。『山海経』を読んだ人がいて、倉庚(ウグイス)を膳食してはどうか、嫉妬を治療することができると提言した。武帝がその法を試してみると、郗皇后の嫉妬は半減したという。明人楊慎は、嫉妬深い性格はなかなか治らないものと誇張し、郗皇后の伝説を根拠にいい加減な物語を編んだ。

 梁武帝は術士の話を聞き、郗皇后とともに倉庚(ウグイス)を食べた。このとき倉庚の効力を試そうと梁武帝は意図的に、食べ残した倉庚をほかの夫人たちに味見させてみてはどうかと提案した。その結果、食事をしていた郗皇后の箸が止まり、食べるのをやめ、顔には怒りの表情が浮かんでいた。武帝は感嘆することしきりだった。もちろん楊慎の真意が何であろうと、この物語が倉庚の止嫉妬法に対する皮肉になっていると考えざるを得ない。


 婦女の汚物は愛をもたらすものとして用いられてきたが、嫉妬を止ませるものとしても用いられた。『博物誌』にはこれについて述べられているほか、その方法にも言及がある。「婦女に嫉妬させないためには、婦人の月水(月経)を取り、それを含んだ布でカエルを包む。厠の前一尺のところで五寸ほど掘ってこれを埋める」。『如意方』に言う、嫉妬深い婦人本人の月経の布でカエルを包む。「甕の中にそれをたくさん入れて、蓋をし、厠の東側に埋める。すなわち夫を用いず」。「夫を用いず」とは、婦女が夫の心を独占することはないということである。古代の医術には「狂言鬼語」を治療するためにカエルの灰を用いるというのがあった。カエルは百邪鬼魅を取り除く神力を有すると認識されていた。厠神とカエルのパワーを借りて、嫉妬深い婦人に対しては月経の布を入れ、嫉妬深い婦人の霊魂に対しては厭鎮を実施した。


 嫉妬深い女性の行動を変えるのに頭髪や霊土を用いられる。『霊奇方』に言う、ある人の頭髪をかまどの前三尺の地面深くに埋めると、その人は怒れなくなるという。この嫉妬深い婦女(妻)が「河東獅吼」(わめくこと)するのを防ぐのに広く用いられる。ゆえに『医心方』では止嫉妬術として列挙される。

 『延齢経』には「女奴隷が嫉妬するのを治療する処方」について記載する。男の足元の土汚れを焼いて灰を作り、それを酒に入れて嫉妬深い女奴隷に飲ませる。これにより「(男は)百女を取り、(奴隷は)何も言わない」。

 仏教には嫉妬深い女、あばずれ女を治療する化妬神呪(嫉妬をなくす呪文)があるという。ある小説には書かれている、扈統(ことう)の妻荀氏の嫉妬深さ、悪辣さが尋常ではなかった。

ある日扈統の夢の中に神が現れて告げた。「天上に『化妬神経』の書がある。孔丘、孔鯉、孔伋と孔家三代にわたって離婚しているが、その後人間世界で失伝している。今、我はそなたに伝授いたそう。そなたはまことにそれを聞くことができるのだ」。

そう語ると経典を開け、朗誦しはじめた。扈統は耳を澄ましてしっかり聞き、心にとどめた。それから毎朝経文がよまれ、三日後に荀氏は温和になった。

よまれはじめて四十九日後、荀子は大病にかかり、口から何かを吐いた。この物体は黒い漆の色をしていて、二つの頭は蛇に似て、二つの尾はサソリに似ていた。

夜になって扈統はまた夢を見た。神人は指さしながら言った。「これはそなたの妻の妬根であるぞ。今、仏力でそれを抜き取ったのじゃ。嫉妬心は永遠になくなったぞ」(『堅瓠十集』)。

小説では妬根がいかに怖いかに力点を置いて描いているが、『化妬神経』では出まかせを並べ立てている。しかし術士はなんだって呪文にできると認識していた。嫉妬を止める呪文もそうやって自ら編み出したものだった。

 淫乱を止める法術と嫉妬を止める処方は浅はかで下品でさえある。常人には耐えられない経験であり、直感的検証である。ゆえにそれが流伝する範囲は小さいものだった。世間に混じって長年を過ごした老道士王一貼は嫉妬の治療について聞き、思わず笑いだしてしまった。そして従来この種の奇術は聞いたこともなかったとあきらかにし、この種の法術はつねに蔑まれたので、盛んにおこなわれることはないと述べた。