2 スルマンの伝統と法統史 


ニンマ派とカギュ派の法統の合一 

 チベット仏教はいくつかの宗派に分かれている。もっとも古いニンマ派は8世紀にまでさかのぼることができる。その実践者(ニンマパ)たちは隔絶された隠棲所に住んでいたので、9世紀の多くの寺院を破滅させた迫害の時代を生き延びることができた。11世紀になると、インドの伝統的な寺院共同体に起源をもつカダム派やサキャ派が発展してきた。カギュ派もその頃純粋にタントラ運動のひとつとして現れ、師から弟子へと教えが受け継がれた。はじめはほかの宗派と比べると、組織化は進んでいなかった。14世紀、偉大なる学者ツォンカパがカダム運動の改革バージョンとしてゲルク派を創立した。ゲルク派は学習、論理学の演習、学問、僧院主義などを強調した。彼らのもっとも知られた代表者はダライラマである。このように、チベット仏教の4つの宗派はニンマ派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派である。

 トゥルンパの法統の継承者であるチョギャム・トゥルンパは、カギュ派の転生ラマと認定された。しかし彼の根本グルである師セチェン・コントゥルはニンマ派のラマだった。トゥルンパはこのようにそもそものはじめから、2つの宗派の継承者だったのである。このように複数の宗派に所属するのは、珍しいことではなかった。というのもカギュ派とニンマ派の教義は、近い関係にあったからである。両派とも瞑想の実践を強調した。経典では理論を示唆するのがせいぜいで、何にも邪魔されず、ダイレクトに真実を体験できるのは、瞑想だけであると両派とも考えていた。

 カギュ派の教えの中心はマハームドラーとして知られている教義だった。一方のニンマ派の中心はアティ、すなわちゾクチェンの教えだった。チョギャム・トゥルンパは両派を比べてみた。マハームドラーは、あなたのあるがままの基本的な土台の上で実践することを求めていた。一方、覚醒の体験に鼓舞されて実践的にアプローチするのがアティ、すなわちゾクチェンだった。このような構図を展望して、トゥルンパはのべている。

「アティのヴィジョンはさまざまな状況の至高の面を見ている。一方のマハームドラーのヴィジョンは、あなたの行動の現象のカラフルな面を探している」

 チョギャム・トゥルンパはつぎのように説明した。

「アメリカで私が提示した仏教は、2つの宗派を合わせたものだった。2つの宗派の智慧を守り、それをねじ曲げることがなければ、教えは人々の心に正しく届くだろう。これらの教えは、概念のレベルを超越している。それはれわれという人間に直接問いかけてくるのだ」