西チベットで見つけた巨大な石の卵。動かせそうだがびくともしなかった。右上の輪状の割れ方が卵っぽい。宇宙卵(コスミックエッグ)と名づけた


キュンゴ(伝説の鳥ガルダの頭という意味)の聖なる岩の砦を守護する。あるいはガルダのタマゴ? 


ヒンドゥー教最大の聖なる祭りマハー・クンブメーラの会場で買ったシャリグラムもいわば宇宙卵 



宇宙卵について     宮本神酒男 

 ガンジス川とヤムナー川が交わる砂洲(サンガム)で十三年に一度おこなわれる聖なる祭典マハー・クンブメーラに参加していたときのことである。砂地の上に敷いた布の上に坐る行商人の男から、私はタマゴ型の黒い石、シャリグラム(Salagrama)を買った。(写真左下) それは高さ12センチほどの手軽な大きさの、やや重い聖物だった。インドでさんざんだまされてきた私は男の言葉にたいしても疑いの念を持たなかったわけではなかった。

「これは何百万年もガンジスの流れのなかにあり形成された化石であり、シヴァ・リンガでもある」と男は誇らしげに説明した。いぶかしげな顔をしている私に向ってここぞとばかりに男は付け加えた。

「振ってみろ。音がするだろう。何百万年も水が閉じ込められているのだ」

 耳元で振ってみると、たしかに水が入っているようで、かすかにチャプチャプと音が聞こえた。

「そんなのニセモノに決まっているだろう」と言われるかもしれないし、実際私もそれがゴムのかたまりではないかと思った。しかしゴムのかたまりを作る工場のようなものが存在するものだろうか。いや、ここはインドだ。インド人ならゴム工場で廃棄されたゴミをかためる人がいたっておかしくない。そんな堂々巡りの思案をしているうちに、そもそもこれは宇宙の根源の象徴なのであり、いわば仮想現実的な真実なのであるから、作られた経緯などどうでもいいではないかという結論にいたった。

 これを買って以降、私はメディテーションをするとき、ヘソの前にこのシャリグラムをかかえて持つようになった。ネパール・ヒマラヤのタマン族の村を訪れたとき、ボンボと呼ばれるシャーマンの指導のもとに儀礼をおこなったことがあった。そのときともに参加した日本人の友人がプルバ(祭祀の道具で男性性を象徴)をもち、私は生タマゴ(女性性を象徴)をもって坐った。タマゴはすべての物事の母なのである。そのときのように私は宇宙のタマゴをもち、坐って、宇宙の始源を観想するのだ。宇宙の本質について、また存在の意味について考えるとき、それは至上の補助材となった。

               ヒラニヤガルバ(黄金の胚) 

 それから数年後、私は友人と西チベットを旅しているとき、キュンゴ(ガルダの頭)と呼ばれるパワーを放つ神秘的な場所にさしかかった。不思議な褶曲の模様がはいった巨岩を利用した砦が見える位置にくると、何かしら胸元がゾクゾクした。このあたりの岩場には鉄分が多いのか、山肌が赤かったり、緑色だったり、紫がかったりしていた。実際、ここでは磁石の針がくるくると回り始めた。ピラミッド型の岩があり、あきらかに崇拝の対象だった。謎めいた洞窟群も近くにあった。

 この砦の岩の後方にこの私が「宇宙卵」と命名した高さ50センチほどの石があった。簡単に動かせるように見えたが、実際に動かそうとすると、1ミリたりともずれなかった。それに表面をよく見ると、普通の石とはかなり違っていた。表面の割れ方がタマゴっぽいのである。以前私は故・水木しげる氏に頼まれて香港で「恐竜の卵の化石」を買ったことがあった。ダチョウのタマゴの化石かもしれなかったが、恐竜のタマゴであってもおかしくなかった。水木氏に手渡すまでのあいだ、しばらく手元において私はあきるまでタマゴの化石を眺めいった。それがただの石と違うのは、鶏卵とおなじようにひびが入り(この宇宙卵にひびは入っていない)、表面が独特の仕方で割れることだった。「宇宙卵」の表面の割れ方は恐竜のタマゴと似ていた。

 3つの連なる点や模様(文字? 星座?)が刻まれているように見えるのも興味深かった。もちろんこうしたものは自然現象で説明できるかもしれないし、人が手を加えた可能性も否定できないだろう。長年の風の作用によってできたものであるなら、これは「風の卵」と呼んでもいいだろう。おそらく古代人はこれを一種のシャリグラムとみなしたのではなかろうか。


                 シャリグラム 

 ではこの古代人とはだれなのか。キュンゴの自然の巨岩を用いて最後に砦として使っていたのは10世紀頃から17世紀にかけて西チベットを支配したグゲ王朝である。グゲ王朝のチベット人がこの「宇宙卵」を祭壇としたか、あるいはこれそのものを崇拝したのかもしれない。

 グゲ王朝よりはるか以前からこの地域にあったのは古代シャンシュン国(吐蕃以前にチベット高原にあった国)だ。チベット人やボン教徒の伝承によれば、シャンシュン国の領土は相当に広かったという。この宇宙卵を崇めたのはシャンシュン人だろうか。シャンシュン人が信仰したボン教のペルシア的な宇宙開闢神話においても、タマゴは重要な役割を持っている。ボン教の宇宙開闢神話については別項で詳しく述べたいが、世界はタマゴからはじまっている。

 もちろん最有力候補のひとつは、サラグラマやヒラニヤガルバ(黄金の胚)という概念をもつインド人である。ここはカイラース山巡礼の主要ルートではないものの、南の方向、山の向こう側はヒンドゥー教の聖地バドリナートであり、幹線ルートのひとつではある。インド人のカイラース信仰は相当に古く、ヒマラヤの北側には巡礼ルートに沿っていくつかの聖地が形成されていたのかもしれない。

 最後に、インドの古典である『チャンドーギャ・ウパニシャド』の宇宙卵神話を紹介してこの項を終えたい。

まずはじめにこの世界は非ー存在にすぎなかった 

それは存在した。そして発展した。それは卵(アンダ)になった 

それは一年のあいだ置かれた。そしてそれは二つに分かれた 

二つの卵の殻のうちひとつは銀で、もうひとつは金だった 

銀の殻は大地になった 

金の殻は空になった 

外側の膜は山々になった 

内側の膜は雲と霧になった 

血管は川になった 

体液は海になった 

………………  


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