問答 

 

 チベット医学の起源はインドにあるということですが、それはつまりインドのアーユルヴェーダと密接な関係にあるか、あるいは同源だということでしょうか。もしそうなら、この二つの医学の間には、いまどのような関係があるのでしょうか。

 

 

 これらの源はおなじだと考えられます。ブッダが「4つのタントラ」をあきらかにしたとき、リシたちが受け取った、また解釈した教えがアーユルヴェーダの体系になりました。もちろん、ブッダが登場する以前からよく確立された医学の体系がインドにはありました。チベットにも仏教が導入される以前から医学の体系がありました。

両方の文化とも、その起源ははるか古代にさかのぼることができます。しかし両者ともブッダの教えから大きなインスピレーションを得ているのです。しかしながらはじめにイスラム教の、ついで英国のインド支配があり、アーユルヴェーダの知識、文学、生きている伝統は失われてしまいました。対照的に、チベット人たちはトルコの(テュルク人の)インド侵攻より前にインド仏教の医学知識を吸収していました。

中国共産党の侵攻とチベット占領までは、チベット医学はだれにも抑圧されることはありませんでした。現在のアーユルヴェーダとチベット医学は使われる薬の成分で共通点がたくさんあります。しかし両者の間には著しい違いもまたあるのです。

 

 

 私の理解では、チベットの書き言葉はブッダの教え、それには精神的な教えと医学の教えを含むのですが、それらを翻訳するために発達してきたと思うのです。これが正しいなら、サンスクリット文学をチベット語に翻訳するのはきわめて正当で、意義深い事業といえます。そうすると失われた仏典のサンスクリット原本はチベット語訳から再構成することができるのでしょうか。

 

 

 まずあなたの前提はきわめて正確です。7世紀、ソンツェン・ガムポ王の宮廷から多数の人が選ばれ、そのなかには有名なトゥンミ・サンボータも含まれていたのですが、サンスクリットの仏典をチベット語に翻訳するため、チベットの書き言葉を創り、チベット文字を制定するという使命を与えられ、インドに派遣されました。

 長い時間のあいだには、プラクリット語やサンスクリット語の仏典は中国語やチベット語などに翻訳されました。一般的にアカデミックな見地から言えば、中国語訳よりもチベット語訳のほうがインドのオリジナルに近いでしょう。というのも中国語はインドの古典言語と極端に異なり、関連性が少ないからです。

 古典チベット語とサンスクリット語が相似しているので、チベット語訳からサンスクリット語原典の再構成は簡単にできそうに思われます。しかしながら、サンスクリットの文法はチベット語の文法よりはるかに複雑であることを指摘しなければなりません。実際にチベット語訳からサンスクリット語原典を再構成しようとすると、そのことが障害になってくるのです。しかし全体的にいえば、チベット語訳はかなり正確だといえるでしょう。

 興味深いことをひとつ付け加えますと、私が9歳か10歳の少年の頃、年老いたお坊さんが、まあ私の先生だったのですが、トゥンミ・サンボータよりも前から存在していたという文字を見せてくれたことがあります。それは中国語ともサンスクリットとも違っていました。そのボックス型の文字はずっとのちに見ることになる中東の楔形文字とどこか似ていました。*シャンシュン文字のこと。吐蕃(ヤルルン朝)以前の古代シャンシュン国にあったというシャンシュン文字は、おもにボン教徒によって信じられている。

 

 

もしチベット医学と中国医学とのあいだに歴史的関係があるとするなら、それはどういうものですか? 

 

 

 これはもちろんたいへん重要な質問です。手短にいうなら、中国医学とチベット医学は、その起源、理論、実践法においてまったく異なっているのです。アーユルヴェーダとチベット医学のような密接な関係はまったく見られません。

 しかしながら、何世紀ものあいだ、中国皇帝は「プリースト(ラマ)パトロン関係」によって、大ラマや医師をチベットから彼らの宮廷に呼んできました。この関係は何世代にもわたって中国王朝の宮廷とチベットの大師とのあいだで結ばれてきました。このようにしてチベットの知識は中国人に取り入れられていきました。チベット医学がある程度中国医学に影響を与えたのは疑う余地がありません。近年の中国共産党によるチベット侵攻によって、チベット医学は中国人が尊重し、保存しようとしたチベット文化の一側面となりました。いま、中国人はチベット人の処方にしたがってチベットの薬を作り、中国国内で、また国外で、中国の薬として売ろうとしています。

 チベット語を読むことのできる者ならだれでも、何千巻ものチベット医学の経典の大多数が初期のサンスクリット語経典をもとにしていること、そしてチベット語の医学関係の論文がその源としてブッダに敬意を払っていることを確信するでしょう。医学関連の膨大なテキストのなかで、中国語から翻訳されたのは15か16の詩からなる小さな論文しか私は知りません。ほかの膨大なテキストはサンスクリット語からの翻訳なのです。