神がかりの天才

六月祭のときショ(ヨーグルト)の入った瓶をもち、トランス状態で踊るリンチェン。

ワハハハハハ。ワハハハハ…………。
 アムドのレコン(青海省同仁県)でテレビのドキュメンタリーを撮影していたときのこと。神がかり、狂乱状態になったハワ(憑依型のシャーマン)を追って狭苦しい祠堂のなかに入ったところ、突如、地響きのような笑い声が聞こえてきたのである。 ハワはあえぎ、もがいている。だから、ハワ自身が笑っているはずはない。ではこの不気味な高笑いはどこから来るのか。腹話術でも使っているのか。
 このハワに憑依する神は、ニェンチェンである。ニェンチェンは甘粛・青海省境の太子山に鎮座する荒ぶる山神だ。祠堂内には黒い憤怒相のニェンチェン像があるが、あとで何度ビデオを見直しても、そのあたりから笑い声が湧き出ているように思えた。 このハワ(名はリンチェン)を登場人物に選んだのは、番組のテーマがチベットのタンカ(宗教巻軸画)に関するものであり、彼が絵師でもあったからだ。絵師としては並みかもしれないが、神がかりという点では、彼は群を抜いた才能をもっていた。
 ハワがどういうシャーマンなのか、どういうふうにして探し出されるのか、といったことは次回に詳しく述べたい。肝要なのは、リンチェンの憑依ぶりがじつに見事で、ある種、美しいということだ。一度激しくトランスがかっているところを連続シャッターで撮影したことがある。その表情を見ると、田に風が吹くと稲穂が波打つように、顔面上をなにかがうねるのである。通常考えられないような、人間の意志では制御不能と思える筋肉の動きが認められるのである。
 彼が憑依中のいささか不気味な(?)写真を本人や家族に見せたところ、思いのほか、喜ばれた。そこに紛れもなく神が写っていたからだろう。