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 ある朝早く、太陽がちょうど山の頂から昇り、空に月がまだ漂っているとき、ケサルが窓から外を見ると、ケサルの姉妹である女神マネネ()がオパールの虹に乗って近づいてくるのが見えた。真珠色の肌をしたマネネは白獅子に乗り、水牛をつれていた。片手に弓を、もう一方の手に鏡を持っていた。*訳注 マネネと白梵天について 

「ケサルよ、私は智慧です。永遠にあなたのものです。あなたを導くことにおいて、私は絶対にまちがいを犯しません。太陽、月、惑星、星々、これらがたいへんまれな、しかし吉祥の並び方をしています。リンの戦士たちを集め、マギェル・ポムラへと送る時がやってきたのです。そこであなたひとりのために貯蔵された宝物を取ってきなさい。秘密の洞窟はあなたのために開かれるでしょう。

 しかし宝物を手に入れてリンに戻ってくるときは気をつけてください。なぜなら地上の魔物たちがそれをあなたから奪おうと思い、道の途中であなたに襲いかかってくるかもしれないのです。十分注意すれば、あなたはうまくやってのけるでしょう。武器と宝物はのちの戦いのとき必要になるものですが、それらはあなたのものとなるでしょう」

 そこでケサルはリンの戦士をすべて集合させ、満月の日に送り出した。二日間の騎行ののち、大いなる黒い山、マギェル・ポムラの麓に着くと、絹の旗を立てた白テントをずらりと設営した。そしてテントの前に豹の敷物を引き、彼らはその上に坐った。ケサルを除く全員が、目の前の冷たい暗鬱な岩面に圧迫されるかのように感じた。

 とまどい、落ち着きをなくした戦士たちのなかにあって、一日以上のあいだ、ケサルは微動だにしないで坐っていた。夜も昼も、彼の心臓は風の中のたいまつのように鼓動し、黒い岩山の表面をじっと見つめる彼の目はふくらんでいた。山には燃える溶岩が流れ落ちているように見えた。午後遅く、彼は歌いはじめた。

 

リンの戦士たちよ、戦うな 

光と意識は分けられない 

ただみずから存在する心の鏡を見よ 

物事をただあるがままに見よ 

というのも意識と現象はけっして分けることができないゆえ 

マギェル・ポムラの宝物は私にたいして開かれる 

この黒い岩山は宇宙の本質である 

この黒い岩山は光の住まいである 

この黒い岩山は意識の贈り物である、 

マギェル・ポムラという名で識別されるだけの。 

それを見ることはあわれみの体験である 

意識と心はけっして分けることができないゆえ 

マギェル・ポムラの宝物は私にたいして開かれる 

山腹に大いなる輝く水晶の水瓶がある 

喜べよ、無比なるあなたがた戦士よ 

水瓶のなかにあるのは不死のアムリタの黄金の湖 

飲めよ、アムリタを、喉が渇いたわが友人たちよ 

飛び込もう、この黄金の海の蜜のような水の中に 

戦士たちよ、この場所の生得権を主張しよう 

跳べよ、ここに戦うべきものは何もない 


 ケサルがひとまたぎで山腹に達すると、そこには不動の水晶の水瓶の形をした岩の張り出しがあった。右手に持ったプルバ(金剛蕨)によって、彼は水晶瓶の上に切れ込みを入れた。そして雷鳴のような声で叫んだ。

「ここにパドマサンバヴァが隠した宝物あり。それらは12の大地の女神(テンマ十二尊)によって守られてきた。私、リンの国王ケサルはそれらの真の所有者である。女神マネネの言葉にしたがえば、私はここでそれを主張することができるのである」

 彼は黄金のドルジェ(金剛杵)を持って水晶の壁をノックした。すると堅固な岩壁をすり抜けるかのように彼の姿は消えた。驚いた家臣の者たちは、あわてて急いで彼のあとを追おうとした。彼らはケサルが消えた岩棚になんとかたどりついた。ある者は山の鏡面にかすかな輝く継ぎ目を見つけた。ある者は岩の上に割れ目を発見した。ある者はどんよりと暗い壁を見た。

 ケサルがもう一度叫ぶと、岩が開いた。そしてすべてのリンの戦士が山の中に進んでいくことができた。彼らは秋の月の色をした、太陽のように強烈な光にあふれた水晶の洞窟の中に入ていった。そこは甘くて濃厚なお香に満ちていた。彼らは圧倒され、抑圧され、飲み込まれるように感じた。

 しかし次第に彼らはくつろぎ、平常の感覚を取り戻した。水晶大部屋の中央には黄金の玉座があった。そして玉座には宝石で作られた世界マンダラがあった。マンダラの中央には輝くダイヤモンドの水瓶があり、そこから不死のアムリタがあふれでていた。そのまわりには長寿丸薬と糸が置いてあった。壁のまわりには、金銀の甲冑、弓、隕石の鉄が埋められた矢、銀や金、水晶の刃の剣などがあった。戦士たちは、彼ら自身がこのおびただしい宝物の所有者であることを認識すると、畏敬にも似た不思議な感覚を覚えた。

 ケサルは説明する。玉座のマンダラが意味するところは、原初の意識は不死であり、その活動は智慧と、人間の命に浸透する生命力である。

 ケサルはそれから奇跡の洞窟のなかのどんな宝物を持っていけばいいか、指導した。宝物のなかでももっとも重要なのは、水晶の兜(かぶと)、隕石の鉄のドルジェ、天上の剣、トルコ石の羽根がついた98本の矢、羚羊の角でできた大きな弓、宝石をちりばめた鞭、三世界の征服者と呼ばれるトルコ石の槍などだった。

 ところが彼らがリンの人々の長寿の矢を持ち運ぼうとしたとき、突然黒雲の風が吹いてきて、矢の束を地面に吹き飛ばした。戦士たちはこれは悪い予兆なのではないかと恐れおののいたが、ケサルが鉄のドルジェを雲の心臓部に突き刺すと、それは雲散霧消した。

 あとで宿営地に戻ったとき、彼らは奇妙な気まぐれな足取りの麝香鹿や、死体を食べて生きている猪、発狂した猿らに襲われた。最初の化け物は戦士のひとりの弓矢によって殺され、残る化け物は驚異の駿馬、キャンゴ・カルカルが蹴りを入れて退治した。これら一連の奇妙なできごとがあったにもかかわらず、ケサルと戦士たちは楽しみながらリンに戻ることができた。

 リンに到達したとき、ケサルには戦士たちがなおも、攻撃を受けたことによって不安を覚えていること、そして彼らの心が不吉な恐怖心によってくもっている様子が見て取れた。そこで宝物を得たことを祝福する宴を開いたとき、ケサルは妻セチャン・ドゥクモに何が起こったかを話し、彼女の解釈をたずねた。ケサルの質問を受けて、ドゥクモはリンの人々のために解釈の歌をうたった。

 

すべての勝者の獅子王よ 

果断で勇敢なリンの偉大なる戦士たちよ 

あなたたちはこの地をかつてないほどに力強く、富み栄えたものにしました 

あなたたちは悪魔の暴君を脅かしました 

悪魔たちは守勢一方で、落ち着くことができません 

悪魔たちをそうは簡単に根絶することはできません 

今日起きたことは、敗北の予兆ではありません 

むしろ勝利への道を示しているのです 

アムリタと長寿丸薬と結び目は 

この王国における死への勝利と長寿を意味します 

黒い風が長寿の矢を吹き飛ばしたのは 

王国の見かけが損なわれたことを意味します 

偉大なる神が邪悪な風を追い払ったとき 

どんな妨げも一時的な幻惑にすぎないことを意味するのです 

あなたがたが鹿や猪、猿に襲われたのは 

いまだにあなたがたが恐怖や無知、貪欲に悩まされていることを意味しています 

鹿が矢に射(い)殺されるとき 

それはあなたの戦士精神が恐怖に打ち勝つことを意味します 

キャンゴ・カルカルが猪と猿を殺すとき 

それは風馬(ルンタ)の真の力が 

無知と貪欲を破壊することを意味します 

おお、力強い王よ 

喜びの心で祝福してください 

喜びがあなたとともにあることを願います 

 

 ケサルはセチャン・ドゥクモの賢明なる言葉を聞いて喜び、称賛した。リンの人々も喜び、幸せを感じた。黄金の雨が降り、リンの牧場という牧場にターコイズ・ブルーの花が咲いた。