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14章では、ボン教の説法と伝教について述べられている。続く第15章では、師シェンラブの出家が描かれている。師が数多くの人々を教化してきた長い経緯の後で、彼が世俗を離れ出家するという展開は、いささか奇妙に映るかもしれない。しかし仏教の先例に倣ってシェンラブの伝説を創り上げたシャンシュンの僧侶たちにとって、これは「救済者」の物語に不可欠な要素である。中国の王コンツェの娘も新たに加わった妻たちの嘆きや息子、弟子たちからの懇願、さらには最終的な勝利を確信して歓喜する悪魔の王の存在さえも師の決意を変えることはできなかった。シェンラブは出家し、現世におけるあらゆる安楽を捨てた。

 その時、その折、師シェンラブ・ミボは輪廻(サンサーラ)を脱していたとテキストは伝えている。真の救済の境地に至るため、彼は人間界の暦で3100年目、シェンラブの暦では31年目にあたる年にその大いなる務めを自らに課し、出家して精神的な修行の道に入った。彼は「至高の衣」(僧衣)である見事な「六種の形式を備えた衣」を身にまとい、手には浄めの「ホス(Hos)の角」を携えた。[ホスは羚羊]

 悟りを開いたシェンラブは、『セルミク』の写本に描かれた図像において、かつては宝冠を戴き、卍(まんじ)の意匠が施された笏(しゃく)を手にした王子のような菩薩の姿で描かれていた。しかし今や片肩を露わにした僧侶の装束をまとい、手には一種の羚羊の角を持った姿で表現されている。師シェンラブに倣い、その妻や弟子たちもまた、もはや世俗の人々としてではなく、苦行者の姿で描かれるようになった。

ここでシェンラプが様々な形の苦行を行っている様子がうかがえる。彼は時に、わずかな穀粒と少量の乳だけで生活することもあり、その姿は仏陀の伝承と明らかに重なるものだ。彼は猿の王ハヌマダ(インド神話のハヌマットに相当)の住む世界をはじめとする様々な天界を訪れ、ついには邪悪な魔王の王子キャプパ・ラグリンとその眷属を教化することに成功する。彼らはそこで自らの罪を告白するに至る。[ハヌマットはハヌマーンの別名の一つ]