18

何世紀にもわたり、嫌われた異端者であるボン教徒に対して国家権力が行使されたにもかかわらず、彼らはチベット東部および北部で生き残り、今日に至るまで存続している。信者からの寄進によって、破壊された旧来の拠点に代わる新たな宗教拠点が設立された。ダライラマの統治が強固なチベット中心部において、こうしたボン教の拠点はごくわずかしか存在しない。ボン教が有力な勢力を維持できているのは、チュンビ渓谷やコンポの森林地帯といった、後進の地域に限られている。

一方、頻繁に現地を訪れる旅行者の報告によれば、北部と東部の双方において、ボン教徒の集落が今なお数多く存在している。北部の地域は、タンラユムツォ(Dangra Yumtso)から、広大な湖沼地帯やナクチュカ(Nagchukha)を経て東部のギャデ(rGya-sde)に至るまで、また東部の地域は、アムド(Amdo)から、険しく近づきがたい山岳地帯であるギャロン(Gyarong)を経て、雲南およびビルマ国境に至るまでボン教集落が続く。
[訳注:タンラユムツォはチャンタン高原にあるボン教徒にとっての聖なる湖。シャンシュン王国の最後の中心地だった。海抜4535mにあり、南北70キロ、東西15キロと、琵琶湖の1・5倍の大きさの塩湖。水深は210mもある。静謐な水を湛えた神秘的な湖である。ナクチュカはナチュ(那曲)と同じで、私自身この町にボン教の経典を買いに行ったことがある。ギャデは歴史的にホル39部と呼ばれるエリアのこと。ラサから見ると、北方のナムツォ(湖)から玉樹(ジェクンド)へ至る地域である。ここでは中心地の現在の丁青(Teng chen)を指している]