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『教義体系の水晶』(『善说一切教派源流及教義晶镜史』か)のボン教に関する章では、神々や生き物の階層から成る可視的世界の起源に関するボン教の教えについて記述されている。これらは当然ながら「変容する身体」の領域に属するものである。
この点に関連して興味深いのは、ある仏教徒の著者が、ボン教徒(ボンポ)のこうした教義はティールティカ(非仏教徒であるヒンドゥー教徒のインド人)に由来すると述べていることである。このラマ教徒(チベット仏教徒)の著者による概説の信頼性は、私自身が『黒頭の小人状の生き物の起源』(dbu nag mi'u 'dra chags)というボン教の文献においてある発見をしたことで、十分に裏付けられた。この文献には、ボン教の宇宙生成論が詳細に記されており、その内容は『水晶』に見られる簡潔な記述と完全に合致しているからである。
初めに「空虚」、すなわち無(ye-med)があった。それは純粋な法身(ダルマ・カーヤ)の状態であった。そこから「存在」(ye-yod)が次第に発展していった。やがてそこから二つの原理が生まれた。一つは明るく父性的なものであり、もう一つは陰鬱で母性的なものであった。ついで「寒さ」が生じ、続いて鈍い霜ときらめく露が現れた。
霜と露から鏡のような湖が生まれ、それが丸まって卵となった。その卵から二羽の鳥が孵った。一羽は「豊かな輝き」と呼ばれ、もう一羽は「苦悩する闇」と呼ばれた。
これら二羽の鳥の交わりから三つの卵――白い卵、黒い卵、そしてまだらの卵――が生まれた。白い卵からは「世界の神々(シド・パ)」の系譜が、黒い卵からは「傲慢な黒き者」(おそらくアスラの祖先)が、そしてまだらの卵からは「とりなしの祈り」が生まれた。
「サンポ・ブムティ(Sangs-po 'bum-khri)」あるいは「イェモン・ギャルポ(Ye-smon rgyal-po)」と呼ばれる世界の主は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして身体を動かしたり歩いたりする機能そのものを自ら制御してはいなかったが、「思考する心Thinking Spirit)」のおかげで、必要なものはすべて備わっていた。
ついで世界の神は、人が住む世界と住まない世界、そのすべてを創り出した。神は右手に金とターコイズの谷を配し、祈りを捧げた。するとそこから金の山とターコイズの谷が生じ、Phya(ピャ)の一族が生まれた。左手には貝と宝石を配し、祈りを捧げた。するとそこから貝の山と宝石の谷が生じ、ム(dMu)の一族が生まれた。そして御前には水晶と「赤い光」(宝石の一種か)を配し、祈りを捧げた。するとそこから水晶の山と光の海が生じ、ツク(gTsugs)の一族が生まれた。ピャ(Phya)は人間、ム(dMu)は天の精霊、そしてツク(gTsugs)は動物を指す。