心風景 inner landscape 1    宮本神酒男 


 90年代、私はマウンテンバイクに乗って(長距離はバスや列車で異動し)中国西南の各地を訪ね回った。
 このときは、広西チワン族自治区の南丹県を走っていた。天秤棒の大きな荷物を運んでいるお母さんのスカートが白袴(パイクー)・ヤオ族であることを示していた。
 女性はみな貫頭衣という魏志倭人伝の倭人とおなじシンプルな上衣を着ていた。
 市場で十代の美しい少女たちに囲まれたとき、彼女たちがブラジャーをつけていないことに気づいた。形のよいツンとした乳房とピンク色の乳首がちらちら見えてしまい、私はどぎまぎし、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
 その夜、村には招待所も旅社もなく、見知らぬ人の家に泊めてもらった。戸惑うことばかりだった。

 ところでこのお母さんが運んでいるのは何だろうか。採ってきた薪なのか、布団なのか、まったく予想外のものなのか。
 彼ら(ヤオ族だが言語的、文化的にミャオ族に近い)の天秤棒文化はそのままダイレクトに日本にやってきたような気がする。



 マウンテンバイクに乗って峠の上に出ると、見晴らしがよく、すり鉢状になった谷間が見えた。おそらくここから下って下に見える村に出たはずだ。日本なら風光明美で奇観の景色として人気スポットになりそうだが、少なくとも当時はだれからも注目されることはなかった。こういう尖った峰がニョキニョキと並ぶ風景は、このあたりでは珍しくないからだ。

 「奇岩峰ベルト地帯」と私が勝手に命名した景色は、東の桂林から広西チワン族自治区を縦断して、ベトナムのハロン湾やラオスのタムチャン洞窟へと、数百キロにわたってつづいている。観光化されていない洞窟も無数にある。私は広西チワン族自治区の山の中のどこかをいい加減に歩いていて、巨大洞窟に出くわしたことがあった。だれも奥まで入ったことのない巨大洞窟は何百とあるのだろうと思った。

 
人里から離れた水田の傍らに、白袴(パイクー)・ヤオ族のプリーツ・スカートが日干ししてあった。

⇒ つぎ