心風景 inner landscape 11    宮本神酒男

 人はなぜ橋に郷愁を感じるのだろうか(中国・雲南) 

 橋というのは不思議なものである。それはある程度の技術が必要とされるので、作られた時は最先端の成果であるのだが、年月がたつと前時代の遺物として風情があふれるようになる。ミャンマーのウー・ベイン橋もそのひとつだ。1851年に建てられた当時は、旧王宮の廃材を再利用して作ったアジア一の木橋だったが、いまでは情緒のある観光地として名をはせている。

 上の写真の怒江に架かる橋だって、ロープ橋にかわる橋として作られたはずである。おそらく10人くらいは同時に載っても大丈夫だろう。牛も数頭だったら問題ないだろう。ロープ橋や竹の吊り橋では牛が渡れないので、放牧に出ることのできる生活をもたらした大型の吊り橋は画期的だったにちがいない。

 この規模の吊り橋は、怒江・独竜江地区(雲南)からミャンマー・カチン州ののカカボラジ山(5881m)やプータオにかけては、ごく一般的である。下の写真はミャンマー側の独竜江(下ってエーヤワディー川となる)に架かる吊り橋だが、川幅の広い川に橋が架けられたときは、地元民の生活に劇的な変化をもたらしたことだろう。


ミャンマー最北端の地域の吊り橋。人間数人は大丈夫だが、牛の重みには耐えられそうにない 

 ミャンマー・中国国境近辺にもっともよく見られるのが、以下の写真のような簡素な吊り橋である。1996年にこの吊り橋を渡ったとき、まれにみる暴風雨のなか、飛ばされないように気をつけながら歩を進めたのを覚えている。
 両手で左右の手すりのロープをつかむのだが、川の中央に向かうにしたがいだんだん低くなって、膝の高さになったときは、生きた心地がしなかった。川面を見てはいけない、と思えば思うほど見たくなって、ついに見てしまった。濁った茶色の水がものすごい勢いで流れていた。それを見ていると、身体が上流方向に流れていくような錯覚を覚えた。これは危険な錯覚だった。流されまいとして、身体を川下方向に寄せてしまうのだ。寄せすぎると、川に転落してしまうだろう。


足場は3本の竹のみ。手すりのロープは川の中央で膝の高さにまで低くなる 

 上の吊り橋は1996年当時の様子であり、その後道路が建設されたため使われなくなり、いまでは残骸が残っているだけである。この手の吊り橋は姿を消しつつあるが、国境付近にはいくつか残っていた。深い森のなかであり、道路が建設される計画もないので、しばらくは小規模な国境貿易に従事している人々によって使われるだろう。

 
国境付近の吊り橋。たくさんのミャンマー人(ラワン族)が橋を渡ってやってくる 

 吊り橋の残骸。十数年前この橋を渡ったかもしれない  


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