心風景 inner landscape 31    宮本神酒男



 およそ芸術性もクソもない写真だけれど、そこに「日常生活」があるような気がするので、最初の画像に選んだ。じつはミャンマー・ラカイン州ムラウーの私が通っていた家庭料理を売りにしたレストランの奥兼居間である。よく見ると厨房でコック(おそらく主人)が料理を作っている。
 写真には写っていないが、レストランを切り盛りしていたのは40代とおぼしき人のよさそうなオバサンだった。この日私は顔なじみの50歳くらいのフランス人のオジサンとテーブルをおなじくしていた。3人で世間話をしているとき、突然フランス人のオジサンが真顔でオバサンに「オレといっしょにやっていかないか」みたいな話をはじめた。言い口は冗談めかしているが、目は真剣そのものである。私は最初何を言っているのかわからなかった。オバサンには大きな子どもがいて、厨房に立っているのが旦那だと思っていたからだ。家には18、9のかわいらしい娘がいて、ツヤのある黒いジャケットを着てヘルメットをかぶったボーイフレンドがバイクに乗って迎えに来ると、後部座席にまたがって遊びに行くのがつねだった。この娘が彼女の娘だと思っていた。
 プロポーズのような提案をされてオバサンがモジモジしはじめ、それで私ははじめて彼女が未婚であることに気がついた。フランス人はラカインが気に入って、もう3度目らしいが、彼女が未婚であることを知って、本気で所帯を持ちながらレストラン経営をしようと考えていたのかもしれない。

 この日の夕食 

 私は小さな動力付きの小舟に乗ってラカイン州のレムロ川を旅するのがとても気に入っている。この日もどこかの川岸で陸に上がり、村を散策した。小学生の子どもたちがぬかるんだ村道をしぶきを飛ばしながら私のわきを走りすぎて行った。しばらく歩くと、間垣の向こうに人影があったので、思い切って話しかけてみた。



 「お宅拝見」みたいになってしまったが、こぢんまりしているものの、隅々まできちんと整理整頓されていて、いつ来客があっても対応できるように日ごろから準備しているかのようだった。家自体は簡易な作りだが、それはサイクロンの被害が多いという地域性と関係があるだろう。究極の言い方をするなら、「壊れやすく、建て直しやすい」のである。

 
丘の頂に通じる道とこのあたりの典型的な家 

 はじめてミャンマーを訪れてから二十数年もの月日が流れた。チベット(の文化地域)や中国西南少数民族地帯と違って、つねに「とくに興味があるわけでも、とくに気に入っているわけでもない」と思いながら足を運んできたのだけれど、ふと気がついたらこの国がとても好きで、思い入れがある状態になっているのだった。
 昔水木さん(故水木しげる)を連れてミャンマーを回ったとき、「ミャンマーは何もありませんなあ」と言われてしまったが、おそらくチューンが合うまでもう少し時間が必要だったのだろう。ミャンマーは凄みのある榕樹(ガジュマル)のような熱帯性の樹木が多く、水木さんはもっぱら樹木の根っこや渦巻く幹や洞(ほら)を見て感嘆の声を発していた。
 つぎの写真は水木さんと車に乗って呪術師のような、しかしお坊さんや一般の人から尊敬されているパワーを持った人を訪ねる途中で見かけた風景である。



 幼児がむずかりながら表に出ていくのを、若いお母さんが追いかけながらなだめているところである。母親の愛情を強く感じて、思わずシャッターを押してしまったのを覚えている。人は、カメラを向けられるとどうしても身構えてしまうので、本当の意味での日常生活を撮るのは至難の業だ。このような「たまたま」によってしか、日常生活の刹那をとらえることはできないのかもしれない。



 これもまたおそらく水木さんといっしょに車に乗って移動中、どこかで降りて、村の中を散策していたときに撮ったもの。この女性は怒っているというより、ただただ驚いて硬直してしまったのではないかと思う。衣類が雑然と置かれているが、これは洗って干したのだろうか。手に持っているザルは何なのか。足元の袋の中に穀物かトウガラシでも入っていてそれを取って入れようとしているのか。見れば見るほど何をしているのかわからなくなるが(彼女にとっても私たちが何をしているのか謎だったろう)ごくふつうの日常生活であることにまちがいない。


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