心風景 landscapes within 45 宮本神酒男 
レムロ川を遡上して顔面入れ墨の女性たちと会う 
(ミャンマー・ラカイン州) 
















 川をさかのぼるのは、なんと楽しいことだろうか。私は滞在していたラカイン州ムラウーに一番近い船着き場でチャーターした小舟に乗り、レムロ川をチン州へ向かってさかのぼれるだけさかのぼってみた。天候は雨模様で(雨季だから仕方ない)、不便なことだらけだったものの、わが胸は期待で膨らんでいた。

 そう、人間は期待する動物なのだ。遡上するにしたがい川幅は狭くなり、上陸してどこかの村に立ち寄るたびに神秘性が増していく。そのうちチン族の村ばかりになり、顔に入れ墨を入れた女性を見かけるようになる。驚くことに彼女らは開放的で、よそ者を避けようとしなかった。

 コンゴ川をさかのぼるコンラッドの『闇の奥』のように、行く手にはあらたな何かが待っているような雰囲気が醸し出された。舟のへさきが突き破ってできる白波が独特のリズムを生み出していた。舟が着岸する地点は水面から姿を現した岩であったり、滑りやすい土の斜面であったり、深みに接した土手であったりした。


チン族の高床式家屋の中。居心地はとてもいい。Photo:Mikio Miyamoto

 家に招待してくれた女性がいた。簡素な作りの木製の高床式住居だけど、居心地がよかった。通風性がよい(風通しがいい)のは、この地域をしばしば襲うサイクロンの対策から生まれたものだった。つまり風が通るので、風に飛ばされないのである。屁理屈にも聞こえるが、実際、風があまりにも強い場合は、家は吹き飛ばされる。しかし簡素な作りの家なので、すぐにあらたに作ることができるのである。2008年に未曽有の大サイクロンに襲われたときも、被害は甚大であったが、復旧もまた早かったという。

 第二次大戦末期には、何人かの日本兵が潜伏していたという。そのことを身振り手振りで教えてくれたのは、七十代の男性だった。年齢的に直接的な目撃談かどうかあやしいと思ったが、子供時代に見た記憶が強烈だったのかもしれない。彼によると、上空に英国の戦闘機が現れると、日本兵たちは木の枝葉で自らをカモフラージュした。民家にかくまってもらえたらいいが、おそらくそこまでの住民との信頼関係は築けていなかったのだろう。

 チン州の北側の首狩り族で有名だったナガ族の地域では、かなりの日本兵が首狩りの犠牲になった。ラカイン州南部のラムリー島では千人(実際はその何分の一かだろう)の日本兵が巨大なイリエワニの犠牲になった。インパールからもそんなに遠くないチン族の村で、日本兵はどういう運命をたどったのだろうか。