カーラチャクラ略史 

ジョン・R・ニューマン 宮本神酒男訳 


シャンバラ 

 カーラチャクラが最初に教えられた状況が示すように、このヴァジュラヤーナの教義はシャンバラの国と密接な関係にある。シャンバラはインドやヒマラヤ山脈の北方、シータ河(東トルキスタンのタリム川)よりも北である。シャンバラはタントラの成就者の国であり、八枚の花弁をもつ巨大な蓮の花のような形をしている。蓮の外輪を成しているのは大きな雪山の連なりである。雪山は国の3分の1を占める中央部の外輪ともなっている。各花弁の隙間は川や雪山から成っている。そして国全体は美しい湖や池、牧場、森や茂みに覆われている。

 シャンバラは、環状の蓮の花弁からすこし浮いたところにあり、そこに都のカラパがある。カラパは12リーグの広さがあり、宮殿は金、銀、トルコ石、珊瑚、真珠、エメラルド、月水晶その他の宝石でできている。カラパはこのように輝いているので、満月がただの青い円盤に見えてしまうほどだ。宮殿の外側の鏡が光を照り返して輝いているので、夜も昼間かと見まがうほど明るい。宮殿のなかの玉座は最良の金箔からできている。金はジャンブー川産の金である。玉座の前には水晶の覗きメガネがあり、それによって人はかなり遠くを見ることができる。天井には水晶でできた丸い天窓があり、人は宮殿、神々、太陽、月、星々の庭園、回転する天球、そして星座をも面前にあるかのように見ることができる。宮殿のなかの玉座は入れ子の障子に囲われている。その障子からは白檀の香りが出ていて、周囲はその香りに包まれている。寝椅子や敷物はみなもっとも良質の材料からできている。カルパのすべての建物は黄金を満載した船ほどの価値がある。

 カラパの北方には、ごつごつした岩のあいまに木々が生えた水晶の峰がある。峰々の表面には丈の高いブッダや神々が描かれている。遠くから見るとはっきりと描かれているが、近づくとそれらはぼやけた。それらの像は10万柱あり、その内訳は、10のボーディサットヴァ(菩薩)、すなわちバードラパラ、メールシカラダラ、クシティガルバ、マンジュシュリー、アヴァローキタハラハラ、アーリヤ・ターラー、グヒヤカディパティ、ヴァジュラパーニ、デーヴィケーシニ、パラマールタサムドガタ、そしてマイトレーヤであり、それぞれが1万柱を数える。

 カラパの村の南には白檀の愉悦の森がある。広さは12リーグで、カラパの村とほぼおなじである。森の東には縮小版のマナサ湖があり、広さは12リーグである。西にはおなじ大きさの白蓮の湖が広がる。人間、神々、ナーガが宝石でできた船の上で楽しんでいる。

 ふたつの湖のあいだに白檀の愉悦の森がある。そして森の中央にスチャンドラ王によって作られたバガワン(師)カーラチャクラのマンダラがある。マンダラは男女の神々からこのマンダラは四角い立方形で、400尺の大きさがある。

 外側にあるマンダラは身体マンダラで、四角く、4つの入り口、4つの正門があり、8つの墓地が付されている。それは5つの塀によって囲われ、その外側は地、水、火、風の円盤が飾られ、ヴァジュラ(金剛杵)が並べられている。ヴァジュラの列の長さは800尺ほどである。

 言語のマンダラは身体マンダラの中央にある。それは四角形で、身体マンダラの半分の大きさである。それは4つの入り口をもち、4つの正門がある。また5つの塀によって囲われている。

 心のマンダラは言語マンダラの半分の大きさである。それは四角形で、4つの入り口、4つの正門をもつ。そして3つの塀に囲われている。

 霊智のサークルは心のマンダラの半分の大きさである。それは16本の柱が美しく立っている。八枚の花弁の蓮は、霊智のサークルの半分の大きさである。蓮の3分の1はその外輪である。

 このように身体、原語、心のマンダラの性質はあらかじめ決められている。それらには真珠の弦や半分の弦が取り付けられている。また宝石を織り込んだタペストリーや演壇、バクリの木がある。また鏡や半月、鈴によって眩惑される。このマンダラはスチャンドラ王によって作られたものである。しかし森の中には、スチャンドラ王の後を継いだ国王らによって作られた数多くのマンダラが存在する。

 シャンバラのカルキ王(王統)は頭上にまげを結っている。その上に染めた獅子の毛から作った聖なる頭飾、そしてブッダ五族を表わすシンボルがついた王冠をかぶっている。彼はまた宇宙の帝王(チャクラヴァル・ティラジャ)の衣をまとい、幸運な人々は王を見たり触れたりすることによってよき道に進むことができる。カルキの象徴的なイアリング、腕や足のブレスレットはジャンブー川で採れた金から作られていた。王の装飾品から発せられる光は、彼の身体の白と赤の輝きとないまぜになる。その光は地平線にまで届き、神々の発する光よりもまばゆい。

 カルキ王にはすばらしい大臣や将軍、多くの王妃がいる。王には護衛がつき、象の一団と象の調教師、馬の一群と馬車、輿(こし)がそろっている。王自身の富、家臣の富、呪文の力、彼に仕えるナーガ、悪魔、小鬼、妖怪がもたらす富、食べ物のおいしさ、どれをとっても神々がかなわないほどすばらしいものである。

 カルキ王にはたくさんの王妃がいるので、当然多くの息子や娘に恵まれた。しかしながら次期カルキ王となる者が生まれたとき(長男とはかぎらない)白い蓮の花の雨が降った。そして生まれる前の一週間、王子の身体から輝く宝石のような光が発せられた。シャンバラの96人の諸侯のひとりの娘である母后は、生まれたときに青い蓮の花の雨が降り、家の前に未知の大きな花が咲いたことで知られていた。

カルキ王と王妃には4つの人生の目的がある。それは快楽、富、倫理、解放である。彼らはけっして病気になることも年をとることもなく、官能的快楽を楽しみながらも、堕落することはない。カルキ王はひとり、あるいはふたり以上の跡取りをもたなかったが、たくさんの娘がいた。彼女らは毎年チャイトラの月の満月の夜、イニシエーション儀礼のとき、金剛女として供される。

 シャンバラの蓮の花8弁のそれぞれに1億2千万の村がある。シャンバラ全体では9億6千万の村がある。1千万ごとに太守によって統治されているので、全体で96人の諸侯がいることになる。ブッダの法がつづくかぎり、太守はカーラチャクラを教えている。彼らのほとんどは呪文にたけている。96の諸侯のそれぞれが魔法の杖をもっていて、その杖が使者に渡されると、諸侯が望む場所どこにでも瞬時に到達することができる。

 シャンバラの9億6千万の村の家は、インドの家に似た二階建ての家である。シャンバラに生まれた人はみないい身体をもち、見た目も美しく、とても豊かである。それほどの富をもたない人でも100近くの宝石満載の宝庫をもっている。シャンバラの男は帽子をかぶり、白や赤の木綿の衣を着ている。女は白や青の美しい模様が入ったプリーツの衣を着ている。

 シャンバラの人々の法律はとてもゆるやかなものである。鞭打ったり、刑務所に閉じ込めたりということは知られていない。病気や飢餓といったものもまったくない。人々は生まれながらに性格がよく、知性があり、美徳を重んずる。シャンバラに生まれた人のほとんどは、グヒヤサマージャ、サムヴァラ、ヘーヴァジュラ、カーラチャクラ、あるいはほかのアヌッタラ・ヨーガ・タントラを学ぶことによって、その生涯において仏性を獲得している。また多くの人が「智慧の完成」(般若波羅蜜多経)の教えを受けることによってサマーディ(三摩地、三昧)の境地に至っている。瞑想をおこなわない庶民の下僕でさえ、死のときに意識を送られることによって、浄土へと達することができる。シャンバラから悪の境地へと生まれ変わる者はいない。

 シャンバラにおいては、聖職者やさまざまな聖なる身口意(身体、言葉、心)を受け入れたもの(神像や経典、ストゥーパなど)は尊敬され、崇拝される。大半の僧侶が呪術の力を通じて、ナーガや悪魔の下僕をあてがわれるようだ。しかし一般的に聖職者は優良なものを所持することはできない。彼らは剃髪し、はだしで歩き、3着の法衣と托鉢の盆と杖だけが所持を許される。彼らはこまかいヴィナヤ(戒律)にたいしてさえ、極端なほど忠実である。

 地球を含む南の大陸ジャンブードヴィーパ(閻浮提)にあるすべての真正の仏教の教義は、シャンバラにある。18ヴァイバシカ学派のささやかな実践、たとえば出家した人間の規則、食事の前後に口をすすぐといったことから、大乗仏教のタントラの四部経典や論説まですべてがシャンバラにあるのだ。とくにツォンカパや弟子たちの教えは奇跡的に、英雄や呪術師やシャンバラのカルキ王によって、チベットからシャンバラへもたらされていた。