カーラチャクラ略史 

ジョン・R・ニューマン 宮本神酒男訳 


ヤシャスとプンダリカ 

 つぎの6人のシャンバラ王に関しては、資料は何も語っていない。それぞれの国王が百年ずつ統治し、ダルマ(仏法)を教え、国を守ったことしかわかっていない。(国王の名に関しては巻末資料参照)

 しかしながら7世シャンバラ法王スレーシャナと王妃ヴィシュヴァマータとのあいだに生まれた王子はこのあとのシャンバラの歴史に大きな足跡を残す。王子はヤシャス、高名なる者と呼ばれた。

 ヤシャス王はマンジュシュリーの化身で、百年のあいだ、シャンバラのボーディサットヴァの獅子の玉座で仏法を教えた。そして統治の終わりに至り、王はシャンバラの3500万人のバラモン賢者が円熟に達していることを知った。彼の5つの超常的な力によって聖者たちが高貴な道を得たことを知った。パルグナ月(2−3月)の満月の夜、ヤシャス王はスーリヤラタに率いられた3500万人の賢者をカラパの南のマンダラの家に召喚した。そこで王は彼らにつぎのような訓示を述べた。

「おお、スーリヤラタよ。そしてバラモンの賢人たちよ。すばらしい全知を授けるわが言葉を聞け。チャイトラ月(翌月)の満月の夜、ヴェーダやスムリティスの訓示を知るあなたがたにヴァジュラヤーナの教義を教えよう。尊敬すべき方々よ。ほかのさまざまな国の家族に属するバラモンを選り分けよ。そして彼らを私に示しなさいさ」

 

 この言葉を聞いて、彼らはさまざまな国がどういうことをおこなっているか、精査することにした。すると、頭蓋骨を食器としたり、牛や水牛を食べたり、酒を飲んだり、母親と交わったりしていることがわかった。これらの国の習慣は互いに矛盾していた。彼らはみな平伏した・

 これらが互いに矛盾するのを見て、ヤシャス王は言った。

「ここに私はカーラチャクラ神のマンダラの家に入ろう。そしてこの世界の、超越的なイニシエーションを授けよう。さらに尊敬すべき方々よ、私の言葉どおり、食べ、飲み、ヴァジュラ家族と婚姻関係を持たれよ。しかしもし私の言葉を肯(がえんじ)ないなら、9億6千万の村を離れ、好きなところへ行かれるがよい。

 あるいは800年が過ぎたあと、あなたがたの息子たち、孫たちは野蛮な法とむすびつき、シャンバラの96の国の野蛮な仏法の教師となるだろう。野蛮な神ヴィシャヴィムラ(Vishavimla)のマントラを使い、包丁で野獣の喉を掻っ切るだろう。そして自分たち自身の神のマントラによって殺した野獣の肉を食うだろう。一方彼ら自身のカルマによって死んだ野獣の肉を食すのは禁止するだろう。

 またその仏法はあなたがたにとって絶対的だろう。というのもスムリティ(聖典)に、獣は犠牲に供されると書いてあるからだ。殺すことに関し、ヴェーダの法と野蛮な法とのあいだに違いはない。

 それゆえあなたがたの一族の息子、孫たちはこれら野蛮人の武勇を見ることになり、同時に魔神が戦闘に入っていくのを眺めることになる。そして800年過ぎたのち、彼ら自身が野蛮人になっているだろう。

 ひとたび野蛮人の種族になると、9億6千万の村に住む、4つのカーストのだれもが野蛮人になるだろう。バラモンの聖者が言ったこと、偉大なる人物が行くところに道はできる、を思い出してほしい。

 ヴェーダの法と同様に、野蛮な法にも、神や先祖のために殺さなければいけないと書かれている。クシャトリヤの法も同様である。バラモンは言う、先祖や神々を満足させれば、肉を食べることに罪を感じない、と。そして、悪しき獣をあやめる人に咎(とが)はない、と。

 このように、ヴェーダの法は絶対的なので、彼らは野蛮な法を採用するだろう。こうした理由から、将来にわたって野蛮な法がシャンバラに入ってくることはないであろうから、私はこの訓戒を与える。それゆえあなたがた尊敬すべき方々には、私の言葉にしたがっていただきたい」

 

 ヤシャス王は非難を交えた口調で話をしたので、あたかもバラモン聖者の頭上に雷が落ちたかのようだった。彼らはスーリヤラタに言った。

「おお、スーリヤラタよ。どうか人々の王、ヤシャスに伝えてください。われらはヴェーダに記されている種族の法を捨てるわけではありません。ヴァジュラ族のイニシエーションの法を裏切るわけではありません。それゆえあなたの言葉にしたがい、シータ川やヒマラヤの南、ランカ島(スリランカ)の北にあるアーリア人の国(インド)へ行くのが最善である、と」

 バラモン聖者の言葉を使ってスーリヤラタは人々の王、ヤシャスに伝えた。

「偉大なる王よ、皇帝よ。至高なる者よ。あなたは32の大きなしるしと、80の小さなしるしを供えた偉大なる人物である。あなたはシャキャ族のすばらしい装飾である。最高に慈愛に満ちたかたである。彼ら一族の法を守る人々になんと慈悲深いことか。いかなる方法をもってしてもわれわれはあなたの言葉にしたがいます。そしてヴァジュラ族のイニシエーションを受けるべきではないでしょう。あなたの言葉どおり、シータ川の南、ヒマラヤとランカ島のあいだ、アーリア人の国へ行くべきだと考えております」

 スーリヤラタがそう言うのを聞いて、ヤシャス王は言った。

「尊敬すべき方々よ、すみやかにシャンバラの地を去ってください。このようにしてシータ川の北の9億6千万の村に住む有情は、不徳の殺害を完全にやめることになるでしょう。そしてカーラチャクラ神の祝福によって正しい智慧の道を会得するでしょう」

 ヤシャス王の言葉に応じて、すべてのバラモン聖者はカラパ村を去った。そして10日目、彼らは森に入った。

 5つの超常的な力によって、ヤシャス王はバラモン聖者たちが森に入ったことを知った。王は彼らがアーリア人の国へ行くべきだと考えた。そこでは9億6千万の村のすべての有情が破滅的な考えをいだいているだろう。またクシャトリヤやほかの人々はこう考えるだろう。

「聖者が去ったのは、ヴァジュラヤーナの道が正しい智慧の道でなかったからではないか。彼らがすばらしい地を捨てたのは、ヤシャス王の言葉に恐怖を感じたからではないか。家族ごと彼らはアーリア人の国へと向かっていった。彼らはみな解放(解脱)のために戦っているのだ」

 このように考えながら、有情は悪運を背負い込むことになるだろう。なぜなら彼らの心は深遠で広大な法(ダルマ)を受け入れることができないからだ。

 こうして人々の心の性質を知った人々の王ヤシャスは、「ヴィシュヌ、ブラフマー、ルドラのすべての一族の人を麻痺させるもの」という名のサマーディ(三昧)に没頭した。サマーディによって、また神々の祝福の力によって、森の中の聖者全員の頭が麻痺した。彼らと関わった森の中に住む原住民らは、彼らをマンダラの家に運んで戻し、人々の王ヤシャスの足元に投げ込んだ。

 目が覚めると、彼らの前には人々の王ヤシャス、マンダラの家、白檀の愉悦の森が見えた。これらを見て聖者たちはひどく驚いた。

「なんて奇妙なことだろう! あの大きな森からだれが、意識を失っているわれわれをマンダラの家に連れてきたのだろうか」

 顕現の身体をもつヤシャス王の大臣サガラマティは、バラモン聖者の言葉を聞いてこう言った。

「おお、スーリヤラタとほかのバラモン聖者よ、驚くなかれ。ヤシャス王は偏狭な人間ではありません。王はあなたがたを保護するため、ブッダの祝福によって現れた、偉大なる憤怒のボーディサットヴァです。それゆえ王の足元へ行って帰依し、イニシエーション儀礼を求めてください。その道を進めば、タントラの王、アビブッダのもとにおいて、この世界の、そして超越的な成就を得ることができるのです」

 それからサガラマティの言葉とブッダの祝福によって、スーリヤラタとほかのバラモン聖者たちは覚醒した。そしてこのように言った。

「よく言われた、よく言われた、サガラマティよ! あなたの言葉によってわれわれは覚醒した! それゆえわれわれはいま三宝に帰依し、タントラの王、カーラチャウラのもとでこの世界の、超越的な成就を得るための道を開くイニシエーション儀礼を求めたい。これによってすべての有情は真実を得ることができるだろう。そしてまさにこの生においてブッダの道をきわめることができるだろう」

 このように言って聖者たちはバラモン族の王、スーリヤラタを呼んだ。

「おお、スーリヤラタよ。あなたはヴェーダ文学をすべてそろえた一冊の本のようなかたです。あなたの心がつかんだものは、この世界の、超越的な論文のなかに示されるでしょう。このようにわれわれの言葉でヤシャス王に教えを授けてくださるよう、要求しましょう。われわれもこうやって、マンダラを作りながら帰依しましょう」

 そしてバラモン聖者の言葉に応じてスーリヤラタは宝石と金から作った花のマンダラを作った。彼は人々の王ヤシャスの足元に持てるだけの宝石の花を撒いた。膝を大地につけ、両手を頭の上に置き、スーリヤラタとバラモン聖者たちはヤシャス王の足元で頭をついて拝んだ。スーリヤラタは右膝を地面に置き、両手を額のところであわせてお椀の形を作り、人々の王、ヤシャスに教えを授けてくれるようお願いした。

「どうかタントラの王、アディブッダを教えてください。そのなかでバガヴァンは5つの罪を犯して報いを受け板人々でさえ、この生において仏果を得ることができると説いておられます。バガヴァン・ヴァジュラダーラの不変の祝福によって治められたマハームドラーを得ることができると説いておられます。どうかタターガタがスチャンドラ王に教えたこの1万2千行のアディブッダの詩片を短くして、短めのアディブッダ、タントラの王を編纂してください。それからバラモン聖者たちに教えを授けてください」

 ヤシャス王はスーリヤラタとバラモン聖者たちからの要請を聞いて喜んだ。チャイトラ月の満月の夜、カラパの南でカーラチャクラ・マンダラについて教え始めた。聖者たちが要請したように、ヤシャス王はパラマディブッダの短縮版を教えた。翌月ヴァイサカ月(4−5月)の満月の夜、聖者たちはマハームドラーの至上のシッディ(成就)の境地に到達した。

 

 ヤシャスが聖者たちに教えた短縮したタントラ(laghutantra)はシュリー・カーラチャクラと呼ばれる。そしてそれはカーラチャクラ実践の基本タントラである。ヤシャス王はのちに聖者たちにシュリー・カーラチャクラの補遺としてシュリー・カーラチャクラタントロッタラ・タントラフリダヤナマ(北京#5)を教えた。タントタフリダヤナマには魅力的な、そして曖昧な予言が含まれている。ヤシャスはまた聖者たちにヴァジュラヨーガの観点から見た極端に短縮したシュリー・カーラチャクラを教えた。このテキスト、カーラチャクララグタントララジャフリダヤ・ナマはチベットのカンギュルのラサ版(#373)にのみ存在する。ヤシャスが編纂したもうひとつのテキストは、シュリー・カーラチャクラナマ・タントラガルバ(北京#6)である。このテキストはパラマディブッダのサダンガヨーガ・サーダナの要約である。

 4つのテキストはおもにブッダの言葉(ブッダヴァチャナム)から成っている。ヤシャスが原則的にこれらのテキストの編纂者だった。つまり彼は広い意味で、これらのテキストの教師だったということである。

 しかし互いに関連なくヤシャスが編纂した2つの論文が現在のわれわれに伝えられている。すなわちプラダルサヌマトーデーサパリクサ・ナマ(北京#4610)とトリヨーガフリダヤプラカサ・ナマの2つである。一部の例外を除いて、シュリー・カーラチャクラのテキストのどれもサンスクリット原典としては生き残っていない。

 ヤシャスによるバラモン聖者の転向は、シャンバラのその後の歴史に大きなインパクトを残した。シャンバラのすべてのカーストをひとつのヴァジュラ一族にまとめたことによって、ヤシャスはシャンバラの王統であるカルキとなった。ブッダはパラマディブッダのなかでつぎのように予言していた。

 

Vagmi vajrakule yena tena vajrakuli yasah

Caturvarnaikakalkena kalki brahmakulena na

 

「ヴァジュラ一族を擁するヴァグミ・ヤシャスは4つのカーストをひとつの氏族(kalkah)にすることによって、カルキとなるであろう。彼らはヴァジュラ一族であって、バラモン家族ではない」

 カルキになり、ヤシャスはシャンバラを野蛮人の侵略から守った。とくにカルキとしての後継者、ラウドラ・チャクリとシャンバラの軍隊が現在の戦いの時代、カリユガにあたって役割をはたせるよう尽力をつくした。

 ヤシャスと王妃ターラーにはプンダリカという息子があった。プンダリカはアヴァローキテーシュヴァラの化身だった。パラマディブッダのなかのブッダの予言に応じてヤシャスはプンダリカを2代目のカルキに指名した。そして息子にシュリー・カーラチャクラの論考を書くように命じた。それからヤシャスは逝去し、カルキとなったプンダリカは父の命令にしたがい、ヴィマラプラバを書いた。

 この厖大な論考は、シュリー・カーラチャクラとともに、カーラチャクラ実践におけるわれわれの基本的なテキストである。幸運なことに、ヴィマラプラバはシュリー・カーラチャクラとともにそのサンスクリット語原典が残っている。

 カルキ・プンダリカのほかの2冊の著作もまた現在まで残っている。カーラチャクラタントラガルバ・ヴリッティ・ヴィマラプラバプラバ・ナマ(北京#4608)は短いが、上述のタントラガルバ(北京#6)の重要な論考である。プンダリカのシュリー・パラマルタセーヴァ(北京#2065)は独立した著作で、倫理とヨーガについて、全編韻文で書かれている。サンスクリット語で書かれたパラマルタセーヴァの断片も残存している。

 プンダリカにつづく歴代カルキの統治は実際のできごとのようには思われない。すくなくとも彼らの活動について文献は何も物語っていないのである。