5位 牛嶋神社の撫で牛とファニーフェイス狛犬   宮本神酒男 

珍しい三輪鳥居 

 高校生の頃の私にとって、小説家堀辰雄(1904−1953)はヒーローでした。『風立ちぬ』をはじめとするロマンチックな小説を愛するあまり、信州のサナトリウム(結核療養所)にあこがれたほどだったのです。しかしその堀辰雄が幼少の頃、墨田区の向島に住んでいたことを最近知り、意外なことだと思いました。父親(養父)はゴム人形や石鹸の原型を作る彫金師(ほりものし)で、工場が並ぶ曳舟通りから入った路地に家があったというのです。

 幼少の辰雄がおばあさんにつれられてよく行ったのが、牛嶋神社の「牛の御前」でした。「撫で牛」として知られる黒色の石の牛です。

 神社の境内の奥まったところに、赤い涎かけをかけた石の牛が一ぴき臥(ね)ていた。私はそのどこかメランコリックな目(まな)ざしをした牛が大へん好きだった。「まあ何て可愛い目んめをして!」なんぞと、幼い私はその牛に向って、いつもおとなの人が私に向って言ったり、したりするような事を、すっかり見よう見真似で繰り返しながら、何度も何度もその冷たい鼻を撫でてやっていた。その石の鼻は子供たちが絶えずそうやって撫でるものだから、光ってつるつるとしていた。それがまた私に何ともいえない滑らかな快い感触を与えたものらしかった。

 幼少の堀辰雄が感じたのとおなじように、われわれもこの牛を見ると、つい触ってみたくなります。この牛は喜んで触られるのです。触るときは、その人が病気を持っている場合、患部を撫でてください。たとえば頭痛に悩んでいるなら、牛の頭を、腰が痛いのなら牛の腰を撫でるのです。浅草不動尊の「なで仏」とおなじ要領です。(タイやミャンマーで金箔を仏像に貼るのもおなじです)

 堀辰雄は書いていないですが、境内にある4対の狛犬のうちのひとつが変わった顔をしていて、私はけっこう気に入っています。狛犬なんてどれもおなじだろうと思いがちですが、よく見るとそれぞれ特色があります。この狛犬は口が腫れたように大きく、鼻の穴が開き、大きい目は視線が定まっていません。このファニーフェイスぶりから、かえって霊験あらたかなものを感じさせます。

 基部の銘を見ると、享保14年(1729年)に本所中之郷横川町が奉納したと記されています。300年近くも前に作られたものなのです。(この本所中之郷横川町は現在の墨田区東駒形であり、故いかりや長介の生地です)

 とはいえ貞観年間(859879)に建てられたという神社の長い歴史においては、ごく最近のことにすぎません。縁起によれば、慈覚大師が須佐之男の権現である翁と会ったとき、翁が「わがために社を建立せよ。もし国に遭難あらば、首に牛頭を戴き、悪魔降伏の形相をあらわし、天下安全の守護たらん」と託宣したといいます。スサノオ、牛頭と出揃えば牛頭天王ではないかと考えてしまいます。そうするとこの撫で牛もまた牛頭天王と関係があるかもしれません。


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