リンのケサル  シャーマン的力と民間宗教 

ジェフリー・サミュエル 宮本神酒男訳 


序 

これまでも示してきたように(19851993)シャーマン的技法と呼ばれるものは、チベットの宗教においてとても重要だった。これらの技法に私はチベットのヴァジュラヤーナ(金剛乗)仏教の過程の大半を含めたい。ヴァジュラヤーナはインドに起源をもつが、おそらく、とくに多くの点でインド亜大陸の土着のシャーマン的な実践から分派したのではないかと考えられる。(ウェイマン1961など) 

 チベットで仏教が生き残り、繁栄したのは、チベットの民衆にたいするシャーマン的な役割を果たしたからともいえるだろう。すでに述べたように、何世紀にもわたりチベット仏教は、私の言葉でいえば、クレリカル(祭司的)である以上にシャーマン的なのである。その発展の中核にはヴァジュラヤーナがあった。

 シャーマン的力の技法の特徴は、日常的に経験する世界以上に根本的で、より原則的な、リアリティのある世界との接触である。(サミュエル1990) 

 そのような、リアリティの深淵なるレベルとの接触を通じて、シャーマン的実践者は、個人的な変容の過程を経て、占い師やヒーラーとしての文化的役割を果たすのである。この接触によってまた、社会における世俗的な人々、すなわち彼らのクライアントの世界の体験の仕方にも、変容がもたらされているのである。

 ヴァジュラヤーナ(金剛乗)仏教において、根本的なリアリティというものにはさまざまな見方がある。とくに意味深い概念の図式は、トリカーヤ(三身)である。

 見かけ上のリアリティであるニルマーナカーヤ(
nirmanakaya 幻身)の根本にはサンボガカーヤ(sambhogakaya 報身)があり、そこでの体験はさまざまなタントラの神格、たとえばチェンレシグ(sPyan ras gzigs アヴァローキテーシュヴァラ 観世音)やドルマ(sGrol ma ターラー女神)、グル・リンポチェ(Guru Rin po che パドマサンバヴァ 蓮華生)、ゴンポ(mGon po マハーカーラ 大黒天)などで表される。この背後にあるのは、存在の究極的な面としての仏性、すなわちダルマカーヤ(dharmakaya)の根本なのである。

 チベット人のヴァジュラヤーナ実践者は、とくにタントラ僧は、自分自身を治癒し、統合するために、また仏道を獲得するために、タントラの各神格と出会うことになる。それはまた日常の生活に、魔術的な効果がもたらされるということでもあった。

 この魔術的効果は、多くのヴァジュラヤーナの儀礼の主目的であり、それには危険な精神的影響を防ぎ、生命力を治癒し、維持していくことを含んでいた。この効果は一般のチベット人の生命生活(とくに彼ら自身の身体が含まれる)の変容と解釈された。

 これら変容の過程は儀礼の人類学的研究のなかで集中的に分析されてきた。(ターナー1968、サミュエル19891990) この方法が効果的であること、ないしはある意味で魔術的儀礼が現実世界に変容をもたらすと推測するのには、十分な根拠があった。

 この変容の本質は、人々がいかにこの世界と出会い、解釈するかという点にあった。彼らの分析の焦点はこの世界が何によって成り立っているかに移っていたのだ。(ワグナー
1978) 

 シャーマニズムの実践者はある程度、私がここで言うシャーマン的パワーを行使することによって、そのような変容をもたらすことができると信じられている。シャーマン的パワーはウェバーが「カリスマ的権威」と呼ぶものを思い起こさせる。(ウェバー1978) 

 私は権威という言葉より力という言葉を使いたい。というのも、それは権威の構造を取る必要がないし、ウェバー的分類法によればさまざまな種類の権威を手助けするものだからである。

 多くの社会は多かれ少なかれ、シャーマン的力に相当する固有の概念を持っている。これらの社会においてはそのような力を使うことは、きわめて重要である。それはいい目的のために(つまり一般的に、社会的に、建設的な目的のために)使われる。また破壊的な目的のために(呪術や魔術のために)使うこともできる。

 シャーマン的力と政治的秩序の関係も、一般的に注目されている。そのような社会は、シベリアや東南アジア、アメリカ大陸の伝統的なシャーマニズム社会のように、国家はなく、比較的平等である。彼らはまた国家機構のようなものを発達させてきた。そこでは国家によってシャーマン的実践者がコントロール下に置かれることが重要になる。これが南アジアや東南アジアの伝統国家における現状である。

 昔ながらのチベット人社会は、国家のない社会とも、中央集権的な社会とも規定することができない。その両方の要素を含むのであり、実際、時代や地域によってはそのどちらかに近づくこともあるのだ。エドムンド・リーチが書いたビルマの高地の人々の社会についても似たパターンが見出される。(リーチ1970) 

 そしてそのパターンは、効果的な中央集権のための経済的、技術的な基礎が欠けている中央集権的な国家の周辺に位置する地域に最近まで広がっていた。(サミュエル
1982) そのような社会の内部に、われわれは政治的権威とシャーマン的力のさまざまな概念化を見出すことになる。

 ケサルの英雄叙事詩は、チベットのシャーマン的ヴァジュラヤーナ宗教の古典的な表現である。シャーマン的力と使い方について聖職者的、かつ学者的な見解を提示するプトンやツォンカパ、ペマ・カルポといった偉大なるタントラ僧の専門的な論文と異なり、英雄叙事詩は民衆の見方により近いものを示してくれる。それはとりわけ、シャーマン的力と政治的権威の間の適切な関係についてチベット人がどういう見解を持っているかについて教えてくれる。

 つぎの3つの章において、私は英雄叙事詩を紹介し、英雄叙事詩における政治的権威の見方がシャーマン的力と複雑にからみあっているということを示したい。そして5章においてチベット人の価値体系が、野生的(自発的な、規律のない)と家畜的(従順であること、規律があること)の間の隠然たる戦いを含んでいることを、そしてこの戦いの象徴的な解決のシリーズであることを示したい。

 最後に、結論の章のなかで、チベット人社会におけるケサルの役割が、ピエール・クラストル(『国家に抗する社会』)やドゥルーズ=ガタリ(『ノマドの科学』や『戦争マシーン』)によって提起された一般的モデルとどれだけかけ離れているかについて考えたい。