大いなる山の神   マウン・ティン・アウン 訳:宮本神酒男

ビャッタとビャッウィ 

 王位に登ったあと、アノーヤター王はポゥパー地区が反乱を企てているのではないかという疑念を持った。タトンが陥落したあと、彼は屈強の男をポゥパー地区の長官に任命した。この男、ビャッタはこれから述べるように、ロマンティックな生涯を送った。

 ある朝、タトン近くのズィンヤイッの丘に住む僧が、丘の麓の波打ち際に(当時丘は海に面していた)流れついた尋常ならざるものを発見した。彼は水際に降りて、木製の盆を取り上げると、それにはふたりの赤子がくくりつけられていた。ここは人気のない岸辺であり、あたりに生命のしるしはなかった。おそらく船が難破したとき、溺れないようにと両親が彼らを盆にくくりつけ、船から海に投げ入れたのではないかと僧は推測した。

 赤子をのぞきこんでみて、僧は赤子が男の子で、インド系であることに気がついた。(霊媒の伝承によればアラブ系ムスリムである)

 僧は自分の僧院に赤子を引き取り、ビャッタ、ビャッウィと名付けて、弟子として育てた。何年かたち、彼らは立派な青年になった。

 ある日僧は丘の斜面で、修行の最終段階で亡くなった錬金術師の遺体を発見した。彼は弟子の青年たちに、その遺体を僧院へ運び、火で炙るように言った。

 遺体が炙られたあと、僧は言った。

「弟子たちよ、よく見るがいい。この炙られた遺体はタトンの王だけが食べることができるのだ。これを食べれば、王は屈強な男となり、この国を敵から守ることができるだろう。ゆえにわたしは宮殿へ行き、国王に招待の申し出をせねばならぬ。そして留守をしているあいだ、よい子にしているのだ。けっして痛いから目を離さないように」

 若者たちがずっと待つうちに、夜になった。暗闇のなかで炙られた遺体は黄金のように輝いた。そして香ばしい香りが放たれたので、ふたりの若者はこの奇妙な遺体を食べたくてたまらなくなった。彼らは本当におなかをすかしていた。錬金術についても、錬金術師の体がもつ魔術的な力についても知らなかった。

 彼らは何もしないで夜中まで待った。兄が弟に言った。

「すこし食べてみよう」

 彼らはこんがり焼けた遺体の一部を切り取って口に入れた。遺体があまりにも香ばしかったので、彼らは遺体にむしゃぶりつき、ついにはすべてを食いつくしてしまった。

 弟は嘆いた。「お師匠さんはぼくらをあざだらけになるまで殴るでしょう。だって言いつけを守らなかったんだから」

 しかし兄は気にしない様子だった。「弟よ、先のことなんてどうでもいい。いまを楽しもうじゃないか」

 彼は楽しくなり、力が湧いてきたように感じると、お寺を基部から持ち上げ、ひっくり返した。

「兄さんができるのはそれだけ?」と弟は小ばかにするように言うと、巨大な岩を持ち上げ、僧が出入りする道の上に置いた。彼らは明け方までレスリングをしたり、駆けっこをしたりしてすごした。

 日が昇る頃、僧と国王がやってくるのが見えた。意気の失せた二人は逃げ出し、丘の反対側の谷間に身を隠した。僧は道をふさぐ巨岩とひっくり返った寺を見て、最悪の事態が起こったことを理解した。

「ああ、王よ、なんということでありましょう」と僧は悲痛の声をあげた。「諸般の事情で今朝まで宮殿を出られなかったのは残念なことです。わたしの息子たちがどうやら錬金術師の遺体を食べてしまったようです。何事が起こったかわからないまま、息子たちはあなたにたいし反旗を翻すことになるでしょう」

 丘の頂上に上って僧と国王は兄弟を探したが、見当たらなかった。国王は急いで宮殿に戻り、兵を送って兄弟を探させた。しかしビャッタとビャッウィは強大かつ迅速になっていたので、捕まえることはできなかった。

 兄弟は略奪を働いたり盗んだりしながら、村から村へと渡り歩いた。数か月後の月夜、より向う見ずな兄ビャッウィは言った。

「弟よ、黄金の都市に入り、国王や兵士を楽しませてあげようじゃないか」

 弟が止めようとしたにもかかわらず、兄は城壁を飛び越えて入ってしまったので、弟はそのあとに従うしかなかった。都市でも彼らは略奪したり盗んだりしながらあらゆるところに出没した。

 翌日の夜もまた都市に入った。そのとき兄は言った。

「ぼくは町の総督から略奪したいと思ってるんだ。だって総督は軍隊の隊長でもあるからね」

 そして兄は総督の屋敷に飛び込み、窓の敷居に着地した。その寝室にいたのは総督の娘オザだった。彼女はびっくりして跳ね起きた。ふたりは見つめ合い、その瞬間、恋に落ちた。

「美しいお嬢様」とビャッウィはささやいた。「わたくしはお尋ね者のならず者兄弟の兄です。総督がわたくしを捕まえようとしているのはご存じでしょう。おまたは助けを呼ぶことができますし、わたくしは降伏することになるでしょう。そうすればあなたを見つめていられるからです」

「大胆不敵のならず者さん」とオザは言った。「私をほめてくださったあなたをどうしたら裏切ることができましょうか。私は総督の娘です。でも助けを呼んだりはいたしません」

 こうして彼らは夜明けまで甘い言葉をかわしたのだった。それから彼女は恋人をなんとか逃がしたのでる。翌日の夜も彼はやってきて彼女の寝室で過ごした。それからも何度かやってきてともに過ごした。

 時は過ぎ、総督の下女がふたりの結びつきを知り、主人である総督に知らせた。ならず者が魔術的な力をもっていることに気づいたので、どうしたらビャッタを捕まえることができるかについて呪術師に相談した。

「出産のときに死んだ女のスカートを手に入れなさい」と呪術師は言った。「そしてそれをならず者が出入りする窓の上に掛けてください」

 その夜総督は言われた通り出産の際に死んだ女のスカートを窓に掛け、近くの茂みに兵士らとともに身を隠した。しかしならず者はやってこなかった。弟がそんなに何度も町へ行かないよう忠告したからである。

 しかし総督は待ち続けた。三日目、その苦労が報われた。ならず者が侵入するのを見ると、兵士らとともに娘の寝室になだれこんだ。ならず者は総督を恐れるどころか不敵な笑いを浮かべもしたが、魔術的な力は失われていたのだ。窓からジャンプするや、墜落し、地面に身体を打ちつけた。

 彼は国王の前に連れて行かれ、死刑を宣告された。しかし処刑が実行されるとき、まだ力は完全になくなっていたわけではなかった。棒も剣も槍も矢も、彼の体ははねのけ、粉々にした。怒った国王は象の脚に彼の体を踏ませるよう命じた。しかしかえって象の脚が折れ、彼は無傷だった。

 それから三日後、彼を処刑しようと言う試みは失敗したが、ビャッウィの体はしだいに弱っていった。そんな彼は国王にたいしてこう言った。

「王様、そんなに私の死を望んでおられるのなら、喜んで死にましょう。しかし最後のお願いです。執行人をどこかへやってわが最愛の人を呼んでください。そしてキンマと一杯の水をください」

 国王は彼の最後の要求にこたえることにした。王女オザは片手にキンマを、もう片方の手に水を持ち、泣きながらビャッウィに近づいた。

 彼は愛する人の顔を見つめ、唇に微笑みを浮かべながら死んだ。

 呪術師のアドバイスにしたがって彼の体が細かく刻まれ、内臓とともに王宮の戴冠の間の下に埋められた。彼の血は城壁中にまかれた。すべての城壁にまかれたが、一か所、雄鶏が座る広さだけまかれなかった。

 数日後、アノーヤター王の軍隊がやってきて町を攻撃した。しかし司令官のチャンシッターでさえ城壁に登ることができなかった。とてつもない力をもった兵士が登るのを遮っているように思われた。

 弟のビャッタは城壁の外に身をひそめていたが、ビルマ兵に見つかった。チャンシッターは自分に仕えるようビャッタに命じた。その夜ビャッタがひとりで城壁に登ると、とてつもなく強い敵兵が現れた。それが兄の亡霊であることは、彼にはすぐわかった。

「お兄さん、ぼくをなかに入れてください」とビャッタは亡霊に向かって懇願した。「あなたを殺した者たちに復讐させてください」

「おお、弟か。おれの血は壁中にまかれたし、内臓は王宮の戴冠の間の下に埋められた。おれは永遠に暴君のもとに仕えることになったのだ。だからすべての侵入しようとする敵を防がなければならない」

「どうやったらお兄さんを助けることができますか」と弟はたずねた。「呪縛されたお兄さんの魂を救出する手立てはあるはずです」

 亡霊はしばらく黙りこくり、それから言った。

「弟よ、城壁のなかに一か所だけ血がまかれていないところがある。おれがそこを教えるから、そこからジャンプしてなかへ入るがよい。おれはおまえを妨げることはない。あとはおまえが知恵を絞ってビルマ軍に勝利をもたらすだけだ」

 ビャッタは起こったことを司令官に報告した。翌日の夜、彼はチャンシッターと数名の選ばれた部下を連れて壁の呪力がかかっていないところへ案内し、そこから城壁の中へ入った。彼らはなんとか戴冠の間にたどりつき、内臓を掘り出した。亡霊は突然壁から消え、ビルマ軍は行進して町の中に入った。勝利を収めたあと、ビャッタとチャンシッターは内臓を海に捨てた。

 アノーヤター王はビャッタの仕事ぶりに満足した。年代記によれば、若者の率直で坦懐なところが気に入ったようである。しかし王もチャンシッターも屈強の男にたいして警戒心を解かなかった。そのため、ビャッタが軍の要職に起用されることはなかった。

もちろんチャンシッターも、ほかの司令官も、屈強の男とみなされることがあったが、チャンシッターが屈強なのはその知性であり、ほかの司令官も人並みはずれた強さを有していたものの、超常的ではなかった。

 ビャッタはポゥパー地区の長官に任命された。その第一の仕事というのは、毎朝謁見の前に、アノーヤター王のもとに新鮮な花を届けるということだった。彼は馬に乗ることはなかった。毎日46マイル(73キロ)の距離を魔術的な速さで走ったのである。

 花の献上は、服従を示すビルマの伝統的なポーズである。どんなレースでも、それがボートの漕ぎ手でも、騎手でも、走者でも、最初に花束を手にした者が勝者である。ボクシングやレスリングの試合でも、リングの外のセコンドが花束を投げ込んだら、それは降伏の印である。ヨーロッパ人は花束ではなくタオルを投げ込むのだが。今日でもビルマでは、子どもがパズル遊びで解けずにギブアップするとき、相手に「花を捧げるよ」と言う。相手の子どもはそこではじめて解答を示す。

 このように、毎朝アノーヤター王に花を捧げるのは、大臣や家臣にとってセレモニーであり、儀礼でもあるのだ。

 ビャッタの日課にはふたつの目的があった。ひとつは大臣や家臣に花を届けるということだった。それはビャッタ自身とポゥパー地域のアノーヤター王に対する忠誠心の象徴でもあった。

 ある朝、花を集めているとき、ビャッタは花食べ羅刹女と出会った。見た瞬間にふたりは恋に落ち、結婚を決めた。

 しかしこのロマンティックな出会いによって、ビャッタは朝の謁見に遅れてしまったのである。彼は国王に厳しくとがめられた。

 一年後、子どもが生まれ、そのためにまた朝の謁見に遅刻した。ふたたび国王にとがめられた。

 翌年、二番目の子どもが生まれ、また謁見に遅刻した。こんどはとがめるだけでなく、国王はビャッタの処刑を命じた。

 ビャッタは不死身の男として知られていたので、アノーヤター王は「罰の槍」を執行人に渡した。バガンへの道の途上で彼はそれでビャッタを殺した。

 アノーヤター王は、ビャッタの遺体から魔術的な力が得られるにしても、それを利用しようという意思はなかった。王は遺体を火に焼くよう命じた。

 ビャッタの羅刹女の妻は悲しみのあまり死んでしまった。王はあわれに思い、残されたふたりの息子を王宮で引き取って育てることに決めた。

 彼らはのちに英雄となるが、やはりアノーヤター王によって処刑されてしまう。執行のときに使用されたのはやはり、神に与えられた槍だった。このふたりの英雄の死がきっかけとなって、国に魔術と錬金術の信仰がもどってくることになった。



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