マハー・クンブ・メーラ 
聖者が聖地にやってくる(1)
 宮本神酒男

 はじめて「素っ裸の人」を見たときの光景が脳裏に焼きついて、いまもときおり、ありありと蘇ってくる。

 アラハバードの街中を散歩していると、遠くから男の人が威厳たっぷりに歩いてきた。ガンジーのような老賢者のイメージでなく、壮年で、がたいもよく、ビジネスマンのように見えた。ただひとつ人と違っている点があるとするなら、素っ裸で、杖をもっていたことだった。

 まわりの通行人をつかまえて、その裸の人を指差し「ほら、見てよ、あの人素っ裸だよ!」と言いたくてたまらなかったが、ぐっと抑えた。なぜならだれも気にしていなかったから。その日から裸の人は増え、数日もすると一日あたり数百人、数千人もやってくるようになり、私も通行人のように驚かなくなっていた。ただし裸の人々はいかにも「裸の行者」といった感じで、最初の「どっから見ても普通の人」はめずらしかった。

 

 2001年1月、インド亜大陸最南端のカニヤクマリ(コモリン岬)で今世紀最初の日の出を見たあと、50時間の長距離列車に乗って私はアラハバードにやってきた。このガンジス河とヤムナ河がまじわるインド最大の聖地のひとつに来たのはほかでもない、12年に一度開催されるマハー・クンブ・メーラ祭(開催期間は1ヶ月半くらい)を見る、いや体験するためだった。

クンブ・メーラ祭は3年に一度、4つの聖地(アラハバードのほかウジャイン、ナシク、ハリドワル)で順繰りにおこなわれるが、マハーがつくのはこのときだけである。祭りとはいっても、歌や踊り、山車が出ることはなく、いわばガンジスでの沐浴祭であり、巡礼祭だ。その歴史は古く、紀元前2世紀にはじまったともいわれる。7世紀には玄奘もクンブ・メーラを目撃している。

当初、この大祭に関するわが知識は非常に乏しく、インドやネパールでよく見かける行者、サードゥが亜大陸中から集まってくるらしい、といった程度だった。私にとってサードゥといえば、まっさきに思い浮かぶのは、カトマンドゥのタメル地区の歩道で、全身と顔を白く塗りたくり、転がったままダマル(でんでん太鼓)をカラカラと鳴らす半裸の乞食サードゥ、つまり偽サードゥだった。


 アラハバード駅の手前で列車が停まった。信号待ちで停まったのだが、降りる人もいたので、つられて私もバックパックを背負って土手上の線路に飛び降りた。土手から地上に降りると、路地だらけの下町だった。そこがどこかわからないし、ホテルはなく、オートリキシャさえ見かけない。

 15分ほど歩き回ってようやくオートリキシャを拾うことができた。私は覚えたばかりのアシュラムの名を告げた。列車のなかで会った日本人にその名を教えてもらったのである。まあいつもこんな感じで、いきあたりばったりで、どうにかなる。

 アシュラムといえば、道場みたいなところで、ヒッピーのような外国人がハタ・ヨーガでも習いながら長期滞在しているようなイメージがあるが、このアシュラムはインド内にいくつか同系列の施設を持ち、おもに聖地巡礼のヒンドゥー教徒に宿を提供している。私はここに1ヶ月以上滞在することになる。

 アシュラムの立地はとてもよかった。市内にはたくさんホテルがあったが(クンブ・メーラ期間中、宿を確保するのは困難)ホテルより会場のサンガムに近かった。サンガムはガンジス、ヤムナ両河が交わったところにできた巨大な砂地で、3600エーカーの広さがあった。近いといってもサンガムまで歩いて20分以上かかった。

 サンガムのはずれには外国人用のテント・ホテルが用意された。しかし一日60ドルもするので、とうてい泊まることはできなかった。知り合いになったオーストリア人のおっさんのテントをときどき訪ねる機会があった。取水制限があり、値段のわりにすごしやすくなかった。
 それと比べる、アシュラムは泊まって、2食ついてわずか300円ほど。この食事が意外とおいしかった。宿泊者全員が中庭に坐ると、安っぽいアルミのお盆が配られる。そして配膳係りの人がごはん、それからおかずを配る。おかずといっても、われわれはそれをついカレーといってしまう。具体的にはダル(豆)やサブジ(野菜)である。そこそこのレストランで食べるより、よほどおいしかった。言うまでもなく、スプーンやフォークはないので、手で食べる。手で食べるのになれると、指先の感覚が舌感のように大事になってくる。
 もともとのインド料理には水分の多いスープはない。おかゆも、われわれの考えるおかゆというより、柔らかすぎるごはん、といったところだ。すると修行のしすぎで死にそうになった釈迦を救ったスジャータの乳がゆは、われわれからすると、かゆではないということになる。
 ところで朝になると、アシュラムの門の前に乳牛が連れられてやってくることがあった。乳牛の乳をしぼってミルクを売るのだ。これ以上新鮮なミルクがあるだろうか。

 

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