媽祖物語 宮本神酒男 編訳

 

4 機(はた)に伏して親を救う

 ある年の秋、林黙の父林願、兄洪毅、姉秀香は北方の海へ漁に出かけた。林黙はそれをとどめようとした。

「近く海に妖魔が現れ、高波が発生します。海に出てはいけません」

 父はこたえた。

「そんな不吉な話をするものではない。わしは生まれてこの方この島で過ごしてきたのだ。天気を見誤るわけがないだろう。今日は天気も穏やかで波も静か。恐れることはなにもないぞ」

 兄洪毅も言った。

「おまえは家で機織でもしてるがよい。みだらなことは言うな」

 林黙は不服そうに言った。

「どうしても行くというなら、私も連れてって」

 林黙の母もやってきて言った。

「女の子はもっとおとなしくするものよ。まだ十丈以上の布が残ってるわよ。今日中に完成させなきゃ」

 林黙はどうしようもなかった。ただ家の中に入って、赤い紙に包まれた箸を持って戻ってきた。父林願に渡しながら言った。

「お父さん、これを持って行って。もし嵐にあったら、この紙をちぎって、箸を折って投げ捨てて。そうすれば無事でいられるわ」

 林願は娘のことばに半信半疑だったが、箸を受け取って懐の中に入れ、洪毅と秀香をつれて海に出て行った。

 林黙は家に残り、悶々としながら機織をした。機織をしながら、意識がおぼろになり、織布の上にもたれて眠った。

 一方父、兄、姉の三人は港を出て静かな海を進んでいたが、突然強風が吹き、荒々しい波が起こった。林願や親戚の船団は嵐に飲み込まれんばかりだった。そのマストは折れ、オールも壊れ、なかには沈む船もあった。

 この危機的状況で、林願は娘に箸をもらったことを思い出した。懐から箸を出すと、それを折り、海に投げ捨てた。

 しばらくすると、海中から無数の杉の木が浮かんできた。多くの海に投げ出された漁民がそれに捕まって助かった。

 林願がちょうどすべての箸を撒き終わったとき、自分の漁船が波をくらってひっくり返った。親子三人は波に巻き込まれてしまった。林願は老いていたので、自分を支えることができず、子どもふたりがなんとか支えた。そこへ大きな波が打ち寄せ、三人はばらばらになった。

 この絶体絶命の場面で、遠くからものすごい速さで板切れが流れてきた。その上に乗っているのは林黙だった。彼女は海に飛び込み、左手で林願の頭髪をつかみ、右手で秀香の頭髪を引っ張り、口で洪毅の頭髪をくわえた。両足は板切れの上で踏ん張っていた。

 ちょうどこのとき、林黙の母王氏は彼女が機織の上に突っ伏しているのに気がついた。右手は梭をもち、左手は線を引き、目を閉じたまま、顔は青ざめ、汗を流していたので、悪夢にうなされているのだと思い、彼女を軽く叩いた。

「ああ、なんてこと!」と林黙は叫んだ。

「お父さんとお姉さんは救えたけど、お兄さんは救えなかったわ!」

 そう言うと、わっと泣き伏せた。

 王氏はそれを見て罵倒した。

「このうすらぼけ! なに縁起でもないこと言ってんだよ」

 しばらくして父と姉が帰ってきたが、走ってくるなり、泣き崩れた。王氏は自分の息子がいないことがわかり、卒倒した。

 林黙が機(はた)に伏せて親を救ったことが広く知れわたり、人々は彼女を「神姑」と呼ぶようになった。


⇒ 5 浪の向こうの兄を捜して