ミケロの旅日記
7月21日 ミャンマーでなでしこジャパン優勝を知る

拾った落ち葉で即席アートを作る。死や病の葉ほどきれい。

 警備隊長から借りた巻きスカートであるロンジーをはいた瞬間、何か不思議な解放感を感じた。まるで内なる女装趣味者が目を覚ましたかのようだった! しかしもちろんミャンマー人なら男女を問わずほとんどの人がはいている国民的着物なのである。日本男児だって袴をはく機会ぐらいたまにはあるだろう。ロンジーは高温多湿の国にあってはじつに合理的な着物だった。インドやバングラデシュ、スリランカなどインド亜大陸を中心に広がっているのは、気候と無縁ではないだろう。ロンジーということばもインドのルンギから来た外来語かもしれない。ミャンマーでは男性用ロンジーはパソー、女性用ロンジーはタメインと呼ばれているのだ。

 部屋で着替えて集会場である厨房小屋へロンジー姿をお披露目に行った。小屋に入り、ロンジーを着ている食事係の女性と村人の男たちを見た瞬間、間違いに気づいた。男であれば結び目を臍のあたりにもってこなければならないのに、女性のように腰のあたりで結んでいたのである。あわてて結び目を移動する。結び目の位置によって本当に女装になってしまうのだ。

 ロンジーを借りたこともあって、警備隊長とは次第に打ち解けた仲になった。もとよりミャンマー人は親日的である。コミュニケーションには難があったが、まわりに中国語のわかる人が多かったので、なんとなく話を通じさせることができた。

 最後の日の早朝、隊長が満面に笑みを浮かべて近づいてきた。権力者が(彼はここでは絶対的権力をもっている)にこにこしていると、不気味である。
「日本がアメリカに勝ちましたよ」と彼は誇らしげに言った。何の話かと最初は思ったけれど、それが女子サッカーのことだということがわかった。最後の情報が予選リーグの敗北だったので、まさか日本が決勝に進出しているとは思わなかった。「どうやらなでしこジャパンが優勝したらしい」とわかるまでに数分を要した。このミャンマーの辺境で隊長を含む人々は、女子サッカーのワールドカップ中継を見ていたのである。後日ミャンマーのラカイン州で人々が食堂に集まり、プレミアリーグのテレビ中継に熱中しているさまを見た。ミャンマー人は大のサッカー好きなのである。

 隊長がサッカー中継を見ながら日本を応援していたであろうことは表情から容易に想像できた。もし中国人であったらこんな反応は見せなかっただろう。中国ではときおり反日感情を持つ人々に出会うけれど、ミャンマーでは逆にときおり親日感情と出くわすことがあるのだ。

 翌日、馬庫から巴坡まで数時間かけて歩いたが、車道だったので(道が壊れているので工事用車両以外の車は走っていなかった)暇つぶしに落ち葉を集めながら歩いた。葉の一枚一枚が芸術的であり、美しかった。しかし色彩のより美しいものは、虫食いか病気の葉っぱだった。あるいは果物でいえば熟れすぎた葉っぱだった。正常な葉よりも美しい葉のほうが死に近いともいえる。死は美しいのだ。
 巴坡の宿泊先にもどって、集めた落ち葉で「簡易アート作品」を作ってみた。わずか数時間籠に入れてもっていただけで、落ち葉は乾燥してかたくなり、先をすこし巻いていた。水を与えて瑞々しい偽りの生を演出しなければならなかった。

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