エジプト人のタロット  ロバート・M・プレース 宮本神酒男訳 

 クール・ドジェブランはタロットの起源はエジプトにあると主張した。ある伯爵未亡人を訪ねたときにたまたま気づいたのだという。彼が伯爵未亡人の家で見たのは、彼女がタロット・カードで遊ぶ姿だった。彼の叙述とイラストからそのカードがマルセイユのタロットと似ていることがわかる。それはパリで使われるタロットとは異なっていた。ドジェブランは地元スイスでそれらを知っていたのだが、そこにいる女たちには目新しいものに映ったようだ。

 伯爵未亡人が世界カードを並べたとき、彼はすぐにカードの寓意を知っていると言い、未亡人やゲストそれぞれのカードの意味を説明した。そしてこのタロットは「野蛮な世界から脱出したエジプト人の書である。時間の破壊から、たまたまの、あるいは故意の大災害から、あるいはもっと破滅的といえる無知から、逃れてきたのである」と宣言した。

 実際にはこれがドジェブランのタロットに言及した最初ではない。1778年に刊行された彼が編纂した百科辞典第5巻に含まれるフランス語由来辞書のなかで短く触れているのだ。辞書のなかでドジェブランは、「タロットという言葉は、王の道を意味する2つのオリエント(エジプト)の言葉TarRhaあるいはRhoから来ている」と述べている。もちろん彼がそう書いているとき、現代ヨーロッパではだれもまだ正確な古代エジプト語の知識を持っていなかった。

 1799年にギリシア語とエジプト語で書かれた認識可能な碑文が記されたロゼッタ・ストーンが発見される。フランス人学者シャンポリオンこれを使ってエジプトの象形文字を解読したあと、ドジェブランが言ったタロットがエジプト語起源であることがまちがいだとわかった。しかしそれ以前から、その解釈がまちがいであることはあきらかだった。タロット、あるいはそのもともとのスペルであるタロー(
Tarraux)は、古いイタリア語でカード一組(デック)を意味するタロッキ(Tarocchi)に由来していたのだ。

 第8巻のエッセイで、ドジェブランはこの語源由来を繰り返し、新しい材料を持ってきて彼のエジプト語起源説を補強した。彼が言うには、エジプト人にとって数字の7は聖なる数字で、タロットはこの数字を基礎としているというのである。

 「愚者」には元来数字がついていないにもかかわらず、彼は0という数字をつけた。それには価値がなかったからである。こうしてタロットのカードは価値あるものが77枚あり、11×7なのだという理屈を作った。数字のあるカードは21枚であり、3×7である。そしてほかの4つのマイナーの組はそれぞれ14枚のカードを含み、それは2×7である。彼はまた4つのマイナーな組はエジプト人社会の4つの階級を表わすと主張した。

剣は君主とすべての軍人貴族を代表する 
ヘラクレスの杖、あるいは棍棒は、農業を代表する 
カップは聖職者の地位にあるもの、牧師や祭司を代表する 
硬貨は貨幣が印となる商業を代表する 

 トランプが語るのは古代の秘儀伝授者ヘルメス・トリスメギストスによって教えられたように世界を創造した物語であると彼は言った。トランプは21ではじまり、おなじ組札を通じて逆の数字に向いながら。彼はまた第5の組の22枚のカードとヘブライ語のアルファベットとの間につながりを作った。

「21か22の切り札のセット、エジプトのアルファベットの22の文字はヘブライ人やオリエント人(エジプト人)には一般的である。それらは数字として機能している。数字を数えるときに必要」と彼は述べる。

 ドジェブランが言うように、タロットにおいて数字の7が際立って重要であるのはたしかである。古代エジプトのシンボリズムにおいても重要であったという主張も正しい。たとえば、エジプトのテキストには、オシリスに支配される死者の国があり、そこには7つの邸宅があり、7人の門番がいる。死者がそこを通過するためには7つの魔法のような名前が必要である。ヘルメス文書のなかでは、これらの門番は古代の天文学者に知られていた7つの惑星の神となる。

 しかしこういった7重のパターンは、ヘブライやクリスチャンのシンボリズムにおいて、とくに聖書の創造の7日間において重要だった。ヨーロッパ文化においては7のシンボリズムは意味深かった。たとえば一週間の7日、7つの一般教養科目、7つの聖蹟、7つの美徳、7つの悪などである。またドジェブランが4つのマイナーな組を4つの社会の階層に結びつけるのは賞賛すべきだが、彼の4つのエジプトの階層の描写はヨーロッパ文化のほうにより適応できそうである。エジプト人がアルファベットのかわりに象形文字を使っていたことはよく知られている。それゆえドジェブランがなぜアルファベットとヘブライ語を関連づけたのかと驚くかもしれない。

 ドジェブランは古代の達人たちの叡智からできた書であるタロットはエジプト人たちのものであり、遊びのカードを装ってエジプトである賢者の祭司が、価値のある文書を保存しようとしたのだと信じていた。ささやかなゲームを装い、それを破壊しようと目論む人の注意をそらし、楽しみのために複製することができると彼らは理解していたのだ。

 このようなかたちでそれは古代ローマ人にもたらされ、14世紀に教皇がアヴィニョンに移ったとき、タロットもまたこの地に伝わった。またそれはドジェブランの地元であるスイスへ、そしてドイツへと伝わり、そこからある伯爵未亡人によってパリに伝えられたのだという。18世紀にドジェブランがひらめきの洞察力でもってその価値を見出すまで、何世紀にもわたってそれは研究に値しないものとして、学者たちから認識されず、無視されつづけてきた。

 一方で、タロットをヨーロッパに伝えたのはジプシーたちではないかとも彼は考えていた。当時、このノマド的なジプシーの起源はエジプトではないかと信じられていたからだ。英語のジプシーはそのことを表わしていた。つぎの世紀の歴史家たちは、彼らのルーツはエジプトではなくインドだと考えるようになった。つまり彼らがタロットを伝えるにしては、彼らのヨーロッパへの到着は遅すぎたことがわかったのである。

 ドジェブランはまた錬金術的ヘルメス神話を理論づけしようと試みている。錬金術師、すなわちヘルメス主義者は精神的探求と物質的実験を組み合わせて彼らが賢者の石と呼ぶ物質を作り出そうとしていた。この物質は世界でもっとも価値あるものと考えられ、錫を金に変え、普通の人を精神的に進化した大師に変えることができると信じられていたのだ。

 賢者の石を作る仕事をはじめるためにまず、錬金術師は原初の物質を探し、マグヌム・オプス(大いなる業)によってそれを変容させる必要があった。原初の物質はありふれたものであり、同時にその価値が認識されていないものとして描かれた。すなわち石工に捨てられ、足で踏みつけられたが、じつは金より価値のある石である。現代の神話であるコミックブックでいえば、ふだんはおとなしく目立たないが、じつはヒーロー、スパーマンのクラーク・ケントといったところだ。ここでドジェブランは、タロットを原初の物質に置き換えている。このことは、いままで重要視してこなかったが、じつは精神的黄金を産みだすものであることを認識するようになったと暗に言おうとしているのだ。