第三の生(1780 乞食ごっこ(下) 


 フィービーとジムはボートから降り、オールをもって牧師館に通ずる道をたどりました。かれらが牧師館に着いたとき、ホーリー夫妻は川を見下ろせる裏庭のあずまやで朝食をとっていました。

 早い時間だったので驚きましたが、牧師とその妻はかれらを歓迎しました。

「私がいったようにボートでやってきたようだね」とホーリーはいいました。

「おっしゃるとおりです。そしてここに牧師さまのオールがあります」とジムはこたえました。かれらは牧師の足元の芝の上にオールを置きました。

「こんなに早くオールがもどってくるとは……。しかしボートをこいで家にもどるにはこのオールが必要だろう」

「いえ、そうじゃないんです。わたくしどもは歩いて森を抜けて帰ります。ボートはわたくしどものものではありませんでした。牧師さまのものです。いっしょに見てくださいますか」

 煙(けむ)に巻かれたように感じながらホーリー夫妻は子どもたちのあとをついて川岸まで歩いていきました。そこにもやってあるボートはたしかにホーリー夫妻のものだったので、かれらは望外の喜びに満たされました。

「なんと感謝したらいいものやら! ふたたびボートと会えるとは!」とホーリー夫人は叫びました。「もう永久にもどってこないものと思ってましたよ」

「しかしどうもよくわからんな。どうやってこれらが私たちのオールだとわかったんだね」と牧師はたずねました。

 フィービーはポケットからマフラーを取り出し、勝ち誇ったかのようにそれを振りました。「これをシートの下から見つけたのです。ここに牧師さまの名があったのです」そういいながら、フィービーはマフラーを牧師に手渡しました。

「驚きの連続だわ」妻が叫びました。「このマフラーが見つかるなんて。これ、クリスマスの日に夫に贈ったものなの」

「あなたたちは妻と私が聞きたい話をたくさんもっているのではないかね」とホーリー牧師はいいました。

「朝とても早いので」妻が割り込んでいいました。「朝食はまだ食べてないんじゃないかしら。ぜひ私たちの家に来ていっしょに食べてらして」

 子どもたちは即座に招待を受け入れました。突如としておなかが減っていることに気づいたのです。それに自分たちの冒険につい話したくてウズウズしていました。あずまやのテーブルでフィービーとジムはきのう起こったこと、そして荒れ野原村からここまでの危険な旅について話しました。牧師夫妻はそのあいだずっとかれらの話に注意深く、耳を傾けていました。

 ホーリー夫妻は、悪党とふたたび出会ったときの、ボートを取り戻すために身を賭した子どもたちの勇敢さに感銘を受けました。

「そいつがボートを盗んだやつなんだな」とホーリー牧師はいいました。「そいつはほんとうに悪いやつのようだ。きみたちは大胆で、勇気があった。でも理解できないことがひとつある。ボートを見つけたとき、どうしてそれがきみたちのものだと考えたのかね」

 ジムは顔を赤らめてうつむき、フィービーがこたえました。「わたしたち、ボートがほしくてたまらなかったんです。乳母がいうには、つねに祈りのことばをとなえていたら、願いはかなうというのです。それでジムは一週間祈りつづけたのです。それでボートを発見したとき、それが天国からの贈り物だと信じてしまったのです。祈りに天国がこたえてくれたのだと思ったのです」

「でもそれはちがっていました」ジムは苦々しそうにいいました。「天国からの贈り物ではありませんでした。ぼく、二度と祈ったりしません」

 牧師は驚いたあと、失望の表情を浮かべました。

「そんなこといってはいけないよ、ジム。毎晩祈ってもいいんだよ、ボートのことだけでなく。それに……時間が十分でなかったんだ、天国がこたえるだけの。家に帰ったら、もっと祈りなさい」

 朝食は終わりました。子どもたちは感謝のことばを述べ、別れを告げました。かれらは得意顔でした。ボートはかれらのものではありませんでしたが、紫鼻の男の鼻を明かすことには成功したのです。ボートを取り戻すことができたので、かれらは最大級の賛辞をもらい、極上の朝食を食べることができました。つぎにすべきことは、乳母に見つからないで家にもどること、朝食を知らせるベルが鳴る前に家にいることでした。

 乳母のアニーが台所でお茶とトーストの朝食をとっているときに、子どもたちは首尾よくもどることができました。乳母にあやしまれないような服を着て、ダイニングにやってきたとき、ちょうど時計が八時の鐘を打ちました。

「こんどはどんなイタズラを隠そうとして君子ぶっているんだね」と、アニーは子どもたちの皿の上のソバ粉パンケーキにたっぷりマープルシロップをかけながら、鋭くたずねました。

 子どもたちはすでにイチゴ、クリーム、ソーセージ、焼いたハム、スクランブルエッグ、ハッシュドポテト、ホットバター・スコーン、ハチミツをたっぷりと口に入れていました。かれらはフォークでケーキを切り、ミルクをちょっぴり飲みました。

 乳母はかれらが小食だといってたしなめ、こんなんでは病気になってしまうと脅すような口調でいいました。そして「なにかをもってきて」と彼女はいいました。彼女は子どもたちの額を触り、熱がないことをたしかめましたが、かれらを寝室にもどすことにしました。がっかりしたことには、朝のあいだじゅうかれらは部屋から出ることが許されませんでした。

 子どもたちが帰宅したあと、ホーリー夫人がいいました。「ペイズリー家の子どもたちにとって田舎で暮らすのは安全といえるのかしら」

「侵入者のことなら気にする必要はないよ」と夫はこたえました。「いまやかれの存在は知られている。町を離れるしかないだろう。子どもたちは安全だ」

 二つの点において牧師はまちがっていました。男は――マーフィーという名でした――荒れ野原村から出ていくどころか居座ったのです。かれには木こり小屋がぴったりでした。侵入者はどうやってこの夏を過ごすのに最適な場所を見つけたのでしょうか。そこには炉があり、彼は調理をすることができました。寝るのにちょうどいいマットレスもあったのです。家具らしきものも多少あり、陶磁器や鍋もいくらかはありました。川にはたくさんの魚が、森には獲物がいました。秋が来るまで、木こりがやってくることはありませんでした。しばらくのいだ、ここは理想の隠れ家でした。

 牧師のボートを失い、そのことを根に持ったマーフィーはペイズリー家の「悪ガキども」に復讐しようと誓いました。かれは横になって待ち、目ん玉が飛び出るほどびっくりさせてやろうと考えました。もし彼についてベラベラしゃべるようなら殺してやるとおどすつもりでした。「わからせてやるぜ」と彼はつぶやきました。目にモノ言わせてやる、というのです。コテンパンに子どもたちをやっつけて、ミンチにしてやる、なんてこともいいました。フィービーとジムはこの男の手が届く危険なところにいたことになります。

 しかしながらマーフィーが考えたように子どもたちは無防備の状態にあったわけではありませんでした。彼自身も彼が考えていたほどには安全ではありませんでした。こんなときこそあたしとって、腕の見せどころなのです。マーフィーはペイズリー家の敷地内に住み着いていましたから、あたしの手が届くところにいたということです。そこであたしは男を追い出すことにしました。そんなに簡単なことではありませんでしたが。

 問題は日が沈む前からマーフィーがウサギ肉煮込みシチューを食べながら飲み始めたことでした。夜遅く彼は千鳥足でもどってくると、マットレスの上に倒れこみ、すぐいびきをかきはじめると、朝まで起きることはありませんでした。あたしの姿は昼間、ほとんど見えなかったので、彼にとりつくのは非常に困難でした。あたしは人間や高度な動物を脅すだけのパワーをもっていました。低位の動物である亀をもナーバスにすることができました。あたしに肉体的なパワーは必要ありません。マーフィーをなぐることも、押すことも、揺さぶることも、ひねることもできません。またあたしがヒューヒュー音を立てたところで、彼を起こすことはできませんでした。あたしはこの問題についてしばらく深く考え込みました。

 しかしついにあたしの輝かしい脳みそは、すばらしいプランをたてたのです。あたしの力ではどうしようもない重労働のために、あたしは労働者の軍隊を雇いました。

 昼間はご存知のように、森の中では、行き来するあらゆる鳥や獣などの活動で満ちあふれています。これらの生き物はあたしにとってなんの意味もありません。かれらは夜になるとひっこんでしまうからです。そして夜になると、シフトがかわって、別の生き物が森の中で活動します。

 奇妙な話ですが、これら闇の中で這って生きる夜の生き物は、昼間の生き物のように幽霊をとてもこわがるのです。蛾やブヨ、蚊、ノミなどはあたしが輝きはじめるとウットリとしますから例外ですけど。それらはあたしがリストアップしたいやしい農奴のようなものです。

 マーフィーが眠りに落ちたあと、あたしはペイズリー家の森を抜けて夜間の住人たちをたたき起こし、ぐるぐるまわって使える生き物を探し出しました。脅したり、追いかけたり、集めたり、追い払ったり、掃いたりして、それらを山小屋のほうへと追い立てていきました。最後にそれらを開いた扉から入れました。それからあたしはランタンのように戸口にぶらさがり、かれらが逃げないようにしました。

 ほんとうに魅力的な集団ができました。ちょっとした動物園のようなものです。それは9羽のコウモリ、2羽のフクロウ、1ダースの地ネズミ、3匹のスカンク、7匹の小ネズミ、袋ネズミ、ヨタカ、キツネ、ワイルドキャット、そして雲のような昆虫の群れです。かれらは気の合った集団というわけではありません。一部の生き物のはあたしの仲間のほとんどを嫌っていたほどです。

かれらはガヤガヤ、ワイワイ騒ぎました。それはたいへんなパニックを引き起こしました。ホーホー鳴き、遠吠えし、チューチュー、あるいはキーキー鳴き、キツネも吠えようとし、ワイルドキャットはけたたましい声をあげました。その声はとくにオペラ調だったのです。小さな部屋はいろんな生き物がドダバタ走り回り、跳ね回りました。コウモリは部屋の隅から隅へとビュンビュン飛んでいます。フクロウは羽を広げ、バサバサやっています。ワイルドキャットやキツネ、マットレスの上でかけっこをしています。そして爪を立て、たたき、たたかい、そこに寝ている人間をひっかいたり、前足でギュっとはさんだりします。

 マーフィーは騒音と大混乱のなかで目を覚ましました。その瞬間、恐怖におののき、彼はベッドから飛び起きました。杖と銃を手に取り、かれは扉から飛び出ると、森の中へ消えていきました。そのとき以来村で彼を見た人はいませんでした。

 数日後、小川に赤と白の小さなボートを見つけました。オールもきちんとついていて、それがかれらのためにつながれていることはあきらかでした。矢が置かれていて、そこには「フィービー、ジム」と書かれていました。

 かれらはこの興奮させる発見について乳母に知らせました。彼女は驚きながらもこの幸運を喜びました。

「アニー、願って、祈って、願って、祈ったのよ!」とフィービーは喜び、うっとりしながら跳びはねました。「ほんとうに天国は祈りにこたえてくれたのよ! ホーリー牧師は祈るようにっていってたけど、そのとおりだったわ!」

「そのホーリーヴぉ櫛ってだれなの?」アニーはききました。

「バターベイル村の牧師だよ」とジムはいいました。「牧師はボートをなくしたんだ。ぼくらが取り返してあげたので、ホーリー夫妻はとても喜んでくれたんだ。ボートが天国からの贈り物とは思わないよ。それはホーリー牧師からの贈り物だと思う」

 フィービーはこの考え方にとまどいました。やさしいアニーは即座にその意図をくみ取りました。

「そら、これを見てごらん。あんたは祈って願いをかなえた。それで天国がくれたと思った。このボートがあんたたちに贈られたのはまちがいない。ほんとに神の人がやってくださったことだ。神の仕事をなさったんだよ」 

 

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