燃えるヒヒのような太陽が山々に向かって滑り落ちていきました。空気はさっぱりとしました。パットとペリーは家から数キロのところまで旅をしました。遠くの村からは教会の塔の誠実な時計が一時間ごとに鐘を打ち、15分ごとに鳴らしました。それも日が進むにしたがい、かすかになっていきました。そしてついにはまったく聞こえなくなったのです。ずっと昔から少年たちはその音のことを忘れていました。つまり祖父の言いつけを忘れていたのです。双子は忙しくて、時間を気にかける暇もなかったのです。

 かれらは山道を降りて影の多いところにいたりました。そこは深い谷でたそがれのなかに沈んでいました。夕べの最初の音がそこから聞こえてきました。ホイップアーウィル・ヨタカの透きとおった、すずやかな三つの音の鳴き声です。

 双子はおなじタイミングでホイッスルを袋から取り出し、そのヒモを首にかけました。そして鳥たちにホイッスルの音でこたえたのです。するとすぐに鳥たちのほうから返事がきました。しばらくは薄暗い谷間のほうで「ホイップ・プアー・ウィル」の鳴き声が響きわたりました。しかし少年たちがホイップアーウィル・ヨタカを見えるところまでおびき寄せたとしても、失望しただけでしょう。というのもこの小さな鳥は恥ずかしがり屋で近づいてくることはなく、羽ばたきながら、ゆっくりと木の頂あたりから消えていくからです。

 ホイップアーウィル・ヨタカの歌声とじぶんたちのホイッスルを混同して反対に走り出すこともしばしばあり、かれらは離ればなれになってしまいました。急にあたりが暗くなり、夜がやってきたことを知った無頓着な双子は、ただおどろくばかりでした。

 足跡が残らない広大な森のどこかで、少年たちのそれぞれは立ち止まり、不安げに見まわし、突然自分が迷子になったことに気づきます。彼は兄弟の足跡を失い、自分の足跡も見失い、どうやってもどったらいいかもわからなくなってしまったのです。

 森は昼間こそ生き生きとして、元気あふれる場所なのですが、夜になると性格が一変しました。よく知っている男の子や女の子の友だちがさまがわりしたと考えてみてください。ぶ厚い黒いマントをはおり、恐ろしげなマスクをつけ、うめきながら、うなりながら、あなたにのしかかってみたと想像してください。

 パトリックが立っている場所は木々が密集し、黒いビロードようにねっとりとした影に覆われていました。頭上の枝はたがいにからみあい、光を通さなかったので、暗闇の度合いはいっそう増していました。空気は奇妙な音であふれかえり、重く垂れてきそうでした。ピーピーという鳴き声、ガリガリとこする音、ボーッという音、シャカシャカという音、ホー、ホーという鳴き声、それにホイップアーウィル・ヨダカの気味悪いかなしげな叫びが聞こえたのです。パトリックはホイッスルを吹きましたが、無駄なことでした。叫び声がまわりのいたるところから返ってきただけで、しかもそれはどんどん大きくなっていったのです。彼は肺に息をためて思い切り「ペリー!」と叫びました。しかし答えたのは背後のやぶのなかの何かが逃げるガサガサという音だけでした。こういった音や彼自身の声が激しいせいか、彼は頭皮にチクチクという痛みを感じたほどです。彼はひと呼吸置きました。

 パトリックは腹をすかし、疲れ切り、家から、いやすべての人類から、家族、食べ物、ベッドから遠く離れてたったひとりでした。そして恐ろしいことに気がつきました。もう間に合わないのです、どうしたって。つまり夕食にはどうあがいたって遅刻してしまうのです。もしペリーを見つけることができても、道を発見したとしても、奇跡的に危険な夜のなか何キロも無事に抜けたとしても、祖父の逆鱗に触れなければならないのです。

 あちこちに蛍があらわれ、白い光をチカチカと点滅させました。なんとかわいらしいことでしょう。暗闇を照らす唯一の光の飾りでした。でも蛍は行く道を照らすわけではありません。

「蛍が光だけ置いていったら!」とパトリックは願いました。蛍が現れたり消えたりするさまを見ているうちに、頭がくらくらしてきました。ちょうどそのとき、一匹の蛍が光をつけていないことに気づきました。その場を動こうともしないのです。ほかの蛍とくらべてそんなに白くありません。蛍ではないのか? 蛍のはずがありません。蛍でないとしたら何? 

 それは蛍よりも小さいものでした。暗闇のなかではささやかなものでした。黄色がかった光に目を凝らすと、それがロウソクかランタンのように揺れているのがわかりました。どうやら人間の手によって揺れているらしいのです。

 それが何であれ、パトリックはそこに近づいてみなくてはなりませんでした。もしだれかがそこで生活しているのなら、兄弟探しを手伝ってもらうよう頼んでみるべきでした。それに食べ物を無心し、一夜の宿を求める必要がありました。

 でも彼はまだしり込みしていました。おそらく星の光が池の水に反射しているのだろう、あるいは腐った倒木のリンが光っているだけだろう、そう考えたのです。彼と光とのあいだに横たわるのは暗闇と沈黙でした。一瞬彼は立ち止まりました。夜の住人たちがまるで聞き耳をそばだてるかのように突然静かになったからです。パトリックは震えおののきました。静寂の中、谷の上のほうからヨダカのさみしい鳴き声が聞こえてきたのです。

 そしてまた鳴き声。それはずっと遠くから、光の方向とは逆からやってくるようでした。気乗りしないままパトリックはホイッスル(呼び子)を二度吹きました。するとホイップアーウィル・ヨダカがこたえたように思われました。二羽の鳥が互いに呼び合っているのでしょうか。彼はホイッスルを三度吹いてみました。かすかですが、はっきりと三度、それはホイップアーウィルと叫んでいました。四度すみやかに吹いてみると、喜ばしいことに、今度は四度ただちに返ってきました。鳥は回数をかぞえることができない! 両手を前方に伸ばし、枝やイバラを払いながら、光のほうに目を向けたままパトリックは進んだのです。

 パトリックがこうしている間、ペリーはもうすこし運がよかったのです。丘の斜面の高地の牧草地で夜を迎え、星の青白い光を浴びていました。足元を見ると、うっそうとした木々の間から煙が立ち昇り、そこから明かりが漏れていました。丘を駆け下り、林を抜けると、何かおいしそうなにおいがしました。小川の横の開けた場所に出ると、サークル状に並べた石のなかで、火がパチパチと音を立てていて、煙、光、おいしそうな香りがそこからやってきているのがわかりました。石の輪の上には庭の鉄ゲートの一部が置かれていました。このグリルの上で焼かれていたのは二羽のカモでした。ボサボサに髪を伸ばしボロボロの服を着た、ならず者風の男が火のそばにうずくまっていました。カモ肉を串刺しにし、火でこんがり焼きながら、男は目のはしでペリーがたどたどしい足取りで近づいてくるのを見ていました。

「こんにちは! ぼくの兄弟、見ませんでしたか?」ペリーは注意をじぶんに向けてくれるよう絞り出すようにさけびました。

 しかしこたえるかわりに老いた男は顔をそむけ、いらいらした様子で火に向かって文句を言っています。ペリーはイバラにかこまれ、頬をリンゴのようにピンクにそめ、目を陶器の破片のように輝かせていました。

「ぼくたち、かくれんぼうをして遊んでいたのです」ペリーは懸命に説明しようとしました。「でも兄弟が遠くまで行ってしまって、どこにいるかわからなくなったのです」

 沈黙。ペリーを無視して男は二本の「手羽」を炎にかざしました。

「もしあなたが助けてくれるなら、兄弟を見つけることができると思うんだ」ペリーは希望をこめて言いました。

「あっち行けよ」髪ボサボサの男はぶつぶつと言うと、ちぢこまりました。

「どうかお願いです。探すのを手伝ってください」少年は嘆願した。

「いやだ! あっち行け!」

「でも見つけなくちゃいけないんです」なおもペリーは言い張った。

「おれの知ったこっちゃない」少年が立ち去ろうとしないのを見て、男は怒りを爆発させました。「おれの邪魔をしないでくれ! 行けって言ってるだろ。シッ、シッ!」そして男は腕を風車のようにビュンビュン回しました。

 ペリーは一、二歩後ずさりしました。「でもぼくは見つけなくちゃいけないんだ。わかる? ふたりで家に帰るんだ。それでなくてもこんなに遅いのに!」

 老いぼれ男はうなりました。怒りはおさまり、面倒くさそうにため息をもらしました。「おまえを置いて先に帰ったんじゃないかね。家に帰ればきっと会えるさ」

「あいつはそんなことしない!」ペリーは叫びました。「そんなことしないって、ぼく知ってるんだ」

 風変わりな老いぼれは居心地悪そうに肩をぴくりと揺らし、少年のほうを横目でちらりと見ました。

「ともかく、こんなに暗いんだから」とペリーはつづけました。「ぼく以上に道を見つけるのはむつかしいと思う」

「なるほどね。おまえさんたちには暗いのか」男はつぶやきました。「わかんなくもないよ」

 男が鋭い棒で二つのカモ肉のいろんなところを小突くと、跳びはねる炎のなかに脂(あぶら)が流れてはじけ、ジュウジュウと音をたてました。「あとちょいだな」男はつぶやきました。

「パトリックに何があったんだろう。どこにいるんだろう」ペリーの声は弱々しく上ずっていました。

「まあ気楽にいけよ!」男は迫るようにいいました。「あせんなよ。あせってもどうにもならんのだからな」。それからペリーが泣きべそをかきそうだったので、男はぶっきらぼうに言い添えました。「たぶん火を見てこっちに来るさ。あんただってそうしたんだろ。大声で叫んでみな。なんでそうしないんだよ」

 ペリーは叫びました。「パトリック! パトリック!! 見えましたか、おじさん。でもパトリックは聞こえていないんです。呼び子の音は声より遠くまで届きます。でもホイップアーウィルだけじゃ通じません」

「なんの話してんだい?」

 シャツの下から呼び子を出して彼は長く「ホイーップ、プーア、ウィール」と吹きました。

 男は突然ゲラゲラとうれしそうに笑い出しました。「こりゃあていしたもんだ! ちょっと貸してみな」

 ペリーが好意で呼び子を渡すと、男は興味深そうにしげしげと眺め、自分の口にあててふいてみました。ニヤリと笑い、満足げに舌打ちした男はいいました。「聞いたことねえくらいにホイップアーウィルがたくさん鳴いていると思ったよ。一回吹いたら、答えが返ってきたぞ」

 このすばらしいオモチャに老いぼれはすっかり心を奪われてしまいました。彼はまた二回吹きました。

 谷のほうから三回鳴き声が帰ってきました。

「ばかな鳥が答えてるぞ!」

 ペリーは呼び子をひったくり、三回吹きました。すると四回鳴き声が返ってきたのです。彼は何度も飛び跳ねました。「鳥じゃないよ! パトリックだよ!」彼は四回吹いてみました。「会いに行かなくちゃ! 走ってつかまえてくるよ!」

 怒りにふるえた手が行く手をさえぎり、少年のこぶしを捕らえました。「いや、行っちゃいけねえよ。ここにいるんだ。森の中をさまよったらまたたがいに居場所がわからなくなるんだ。こうやって呼び子を鳴らしつづけるだけでいい。そしたら向こうはこっちがどこかわかるだろうよ。待ってるあいだカモでも食ってな」

 この忠告は心にぐっとくるものがありました。ペリーは喜んで男の招待を受けました。男はカモの肉をジャックナイフで切り、一片をペリーに渡しました。ペリーは芝地の上に腰を下ろし、食べたり、農場や牛、馬、誕生日のパーティ、誕生プレゼントの楽器、音楽が嫌いで卵を産まなくなるニワトリの話をしたりしながら、呼び子を吹きました。「だからパトリックとぼくは村に送られ、カンバーランド家で祖父と一週間すごすことになったんです」

 パトリックがどうにか空き地に出ることができたとき、双子の兄弟は火の横ですでにベイツィ・ディグスと仲良くなっていました。パトリックはすぐに最初のペリーよりもはるかにベイツィからあたたかく迎え入れられました。

「なんてこった、おまえら……」あいさつをかわし、紹介がすんだあと、ベイツィは機嫌よくいいました。「二匹のシマリスみたいにそっくりだな! パット、まあすわんな。これでも食べな」ナイフでカモ肉を刺し、パトリックの顔の前に突き出しました。パトリックはお礼をいって、肉にむしゃぶりつきました。双子ともども、ベイツィのことをほめちぎりました。

 ベイツィのところにいままで客はひとりも来たことがありませんでした。いま、かれは客のもてなしの楽しみを理解しはじめていました。ゲストとして双子はとても満足していました。カンバーランドのおじいさんでなく、ベイツィ・ディグスのもてなしに満足しているのです。とくに食べ物は掛け値なしに、いままで食べたもののなかでベストといってもいいくらいおいしかったのです。これほどおいしいものは食べたことがありませんでした。かれらは舌鼓をうち、幸せそうに高らかに笑いました。

 かれらからすると食事は完璧でした。欠点をあげるとすれば、野菜がなかったことです。かれらからすればすべての野菜はやっかいなものだったのですが。もうひとつあげるとすればスープもサラダもなかったことです。それらがなかったので、かれらは汁気の多い野生の鳥に集中することができました。またのどの渇きをいやすためにひしゃくで小川からすくった氷のように冷たい水がありました。またカンバーランド家の果樹園からたまたまもってきた――双子は知らずにもってきたのですが――巨大なプラムがいくつかありました。皿もナイフもフォークもなく、テーブルマナーについてうるさくいう人もいませんでした。もちろんテーブルがそもそもなかったのですが。かれらをもてなす主人は手でカモ肉を小さくひきちぎりました。それを口いっぱいにほおばり、クチャクチャと音を立ててかみ、指をなめ、シャツで指をぬぐうなど、マナー違反ばかりしていました。

 この老いた隠者はひとりでいることを楽しんできました。もう何年も人を避けてきたのです。おとなはみなかれを見るとからかいました。しかしかれはむしろこどもたちを恐れていたのです。かれが荒れ野原村にあらわれると、たくさんの若いごろつきたちがあとをついてきて、長い髪やひげやよれよれの服を指さしてからかいました。なかには石をなげつけてくるやからもいました。でも双子のふたりはまったくちがっていたのです。ふたりは楽しい仲間だとかれは感じ、しだいに打ち解けていきました。

 原生の森での長い孤独の生活のなかで気がついたことを、ベイツィはつっかえながら話しはじめました。著名なナチュラリストに負けないくらいかれは大自然のことを、その接し方を知っていました。少年たちが興味をもっているとみるや、野生動物の話をたっぷりと聞かせました。いかに知恵を働かせてクマがとってきたハチミツをものにするか、スカンクがどうやってライオンを負かしたか、カミツキガメがどうやってガラガラヘビに勝ったか、悪がしこい老いたマスを釣ろうしたが逃げられてしまったことなど、たくさんの話をしました。少年たちは話に夢中になり、目を丸くし、讃嘆して輝かせました。ベイツィ・ディグスは理想的な生活を送っている! ベイツィは原始的なハンターであり、パイオニアであり、インディアンの精神をもった不屈の勇者でもある、驚くべき人間だと双子は思いました。

 星空のもとのキャンプファイアー・ピクニックは三人にとってとてもたのしいひとときとなりました。

 火の勢いは衰えて、赤味がかった燃えさしが残りました。長い沈黙が訪れました。パトリックとペリーが残り火のぬくもりを感じながら、うとうとしはじめたとき、ベイツィはすっくと立ちあがりました。そして灰を蹴ってくすぶる燠(おき)にかけて、高らかにいいました。「おれがおまえらを家に送るよ」

 その言葉はかれらが忘れようとしていた罰のことを思い起こさせました。居間に立っている怒り狂った祖父はムチをもってまちかまえていることでしょう。

「いま行かなくちゃいけないの?」パトリックはしぼりだすように声を出しました。

「とても遠いよ!」ペリーもうなるようにいいました。

「そんなに遠くねえよ。カラスだって飛べる距離だ」ベイツィはいいはりました。「おまえらだけなら遠回りするだろうよ。おれは近道を知っている」

「でも森はまっくらだよ!」パトリックはいいかえしました。

「だまれ!」ベイツィはぴしゃりといいました。「だからおれがつれてってやるといってるだろう」

「ここにあなたといっしょにいてはいけないのですか」ペリーは懇願しました。

「あすまでいっしょにいてはいけないのですか」パトリックも同調しました。

「おとうさんとおかあさんはときどきぼくらを外で寝かせてくれます」

「今夜はとてもあたたかいし」

「祖父の農場に行くまであなたといっしょにいることはできないのですか」

「たったの四日間でいいんです」ペリーは甘ったるい声でいいました。

「なにも問題は起こしませんから」パトリックは言いくるめようとします。

「たきぎを集める手伝いをしますから」

「魚釣りを手伝いますから」

「いっしょに狩りに行くことができます」

「どうかお願いです! ここにいさせてください!」

「どうかお願い! お願いです!」

 ベイツィは驚くとともに、気恥ずかしく思いました。彼は頭をかき、あごひげをなでながらいいました。「おまえら帰ったほうがいいんだがな」

「でも遅すぎます」

 ベイツィはとまどいました。「遅すぎるってどういう意味だ?」

「夕食はとっくの昔に終わっているのです」とペリー。

「夕めしなら食ったろ」ベイツィはすこし傷つきました。「あれじゃたりなかったてえのか?」

「いえいえ、十分です! 祖父がぼくたちをムチで打つんです」

「ムチで打つ? どうしてだ?」

「夕食に遅れたからです」

「なんにもしてねえのに、そんなんでムチ打つのか?」ベイツィはショックを隠すことができませんでした。

 双子からしてもなぜ食事に遅れてはならないかわからなかったくらいですから、時計をもったこともないベイツィ・ディグスにとってはとうてい理解しがたいことでした。ベイツィの夕食は3つのことでできていました。取ってくる、調理する、食べる、の3つです。それが何時であろうが、関係なかったのです。村人の食事のとりかたがじぶんとちがうことを彼は知っていました。店で食べ物を買って、一日に三度食べる、そんな怠慢な生活のことを知っていました。よくばりで、甘やかされた生活です。ベイツィにとっては子供っぽい生活でした。

 毎晩七時にカンバーランド家のダイニングルームでおこなわれることを観察できたら、彼はもっと面食らったことでしょう。テーブル上にはまずダマスク織りのテーブルクロスが広げられます。そしてその上に銀やクリスタル、陶器の食器類、花々、明かりのついた燭台が所せましと置かれます。威厳のある執事と制服を着た従僕によって頻繁に皿は変えられ、たくさんのコースの料理が出されます。それにドイリーの敷物、フィンガーボール、ペパーミント! 取り仕切っているのはド派手に着飾った孔雀のようなカンバーランド夫妻です。ディナーの時間がかくも重要であるという世間の常識を知らないベイツィは、カンバーランド氏は道理をわきまえない残忍な男にちがいないと結論づけました。

「かわいそうな子どもたちだ」彼はそう考えました。「きびしすぎるじいさんから守ってやらんといかんな。二日は世話をみよう」そして大声でいいました。「この杖を見たらおまえらのもんだと村の連中はわかるのか」

「まあそうでしょうね」楽天的なペリーはそうこたえました。

「おじいさんやおばあさんはぼくたちをあまり歓迎してないと思うよ」悲しそうにパトリックはいいました。

 ベイツィはあごひげをひっぱりながら考えました。問題がありました。彼は狩りをしたり魚を釣ったりしてなんとか生きることができました。しかし三人が食っていくとなると、十分ではありませんでした。

「あんたらが家にいるとき、どんだけ食ってたんだね?」

「ほしいものはなんでも食べれました」ペリーは不用意にこたえました。

「ほう、なんでも?」

「そう、なんでも」

「調理できるものはなんでも食べれました」パトリックがこたえました。

「なんでも? たとえば?」

「シリアルやベーコン、タマゴ、フルーツ……」

「それに肉、魚、ポテト、野菜……」

「それにパン、バター、ジャム、パイ、プディング、スープ、ケーキ、ミルク……たくさんのミルクです」

「一日1リットルのミルクが飲めるんです。ほしければもっと飲めます」

「好きなだけ飲めるんです。からだにいいんですって。ぼくたちふたりともミルクが大好きなんです」

 ベイツィはあっけにとられてしまいました。「まあ、ここにいたらぜんぶ、食えないね。なにひとつね」

 双子ははじめてじぶんたちの犯したミスに気づきました。あわてて野菜がなくても大丈夫、スープやシリアルがなくってもへっちゃらだと伝えました。

 ベイツィはうなりながらいいました。「パイもプディングも、ケーキもジャムもここにはないさ。あんたらにあげられるのは肉と魚だけだ。ときにはたんまりとな。だがほかのものはだめだ。ミルクだと? そんなもん、どこにある? リンゴやヒッコリーの実じゃないんだからな」

「べつにそんなのはなくてもいいんです」双子は不用意な言葉を投げかけたことを悔やみ、泣きださんばかりにいいました。

「食い物がもらえるんなら、もらっときゃいい。必要なんだからな。子どもはミルクなしには育たないっていうらしいな。おれといて病気になってもらっても困るし」

「べつにいらないんです」

「そんなのなくてもいいんです」

 しかしベツィはかたくなでした。「ここにいても十分な食い物はないし、ミルクも手に入んねえ。カネがねえからな」

「おじいさんは金持ちなんです」とペリー。「おこづかいをくれるんです」

「ほしいものを買うことは許されないんです」パトリックは不平がましく、いいました。「おカネをつかったら、それが理にかなっているかどうか、おじいさんにみせないといけないのです」

「食べ物は理にかなっています」とペリー。「食べ物にお金を使うことをおじいさんが気にするとは思えません」

「じゃあ聞きにいきなよ」ベイツィはいいました。「聞いたからって怒りはしないだろ」

「でもやっぱりだめです」とペリー。「ぼくたちを一目見た瞬間、怒りが爆発するでしょう。なんでこんなに遅くなったのか、と。ベイツィ、ぼくたちのかわりに聞いてください」

「お願いします、かわりに聞いてください」パトリックも声をそろえました。

「やだね」ベイツィはどなりました。「乞食じゃねえんだから。じぶんのためでも、だれかのためでもいやだね。こんなきたないかっこうして、上品な連中のとこなんか行けやしない」

 はじめてベイツィを見たときの印象を思い出し、双子は彼のいうことが正しいと考えました。おじいさんが浮浪者に何かをあげることはぜったいにありませんでした。玄関にやってきても、下僕に命じて追い払うのです。双子にとってベイツィはヒーローでしたが、見た目はヒーローではありませんでした。おじいさんは彼を見た瞬間に追い出そうとするでしょう。

 沈黙が流れました。ペリーが口を開きました。「おじいさんに何か書いて渡すというのはどうだろう」

「どうやって渡すんだ?」パトリックはいぶかしそうにいいました。

「ぼくたちのどっちかが、雑木林を抜けて台所の扉の下に置くんだ。コックが気づいておじいさんに渡してくれるだろう」

「小川の下流のインディアンの道から近いディグス氏のところに滞在しているって書こう。ぼくたちに必要なのは……」

「おい、おまえら。いいかげんにしろよ」ベイツィは大声でいいました。「おれの住んでるところに人を入れたくねえんだ。村の連中ってきたら、おれのビジネスに鼻をつっこみたがる。若い連中だな、始末にわるいのは。そこらじゅうで大声出して、獲物はみんな逃げちまうのさ。川だって泥で汚れて魚はどっかへ行っちまう。これじゃ食いもんもねえ。死ぬしかねえってわけさ」

 沈黙のあと、ペリーがいいました。「こうしたらどうだろう。牛を飼っている友人のところにいるっていうんだ。で、ミルクを買うためにすこしおカネが必要だっていったら、おじいさんは反対しないよ」

「もし手紙を書いても、おじいさんとおばあさんはぼくたちが招待されたとは信じないよ。人を招待するには招待状が必要だっておばあさんがいつもいってるからね。おカネをくれるかわりに家に戻るように命ずるだろうね」

「じゃあベイツィに書いてもらおう」

「そうだね、ベイツィ、書いてくれませんか」

「いやだね」ベイツィはいいました。「絶対に! 絶対に書かない!」

「どうして?」

「どうしてだめなの?」

「だってさ、おれ、学校にほとんど行ったことねえんだ。だから手紙の書き方、わかんねえのさ。人に読ます文なんか書けっこない」

「ぼくたちがかわりに書きます」ペリーは提案した。

「いやだね! それじゃ偽造だろ。それは大きな罪だ。法律に違反することはしちゃいけねえ」

 双子はがっかりしましたが、ベイツィの顔は輝いていました。「どういうことかってえと、ABCは知ってるが、スペルはうまく書けねえんだ。おれが言いたいことをいうから、それを手紙に書いてくれ。こうしておばあさんが望んでいるような招待状も書くことができるだろ」

「ぼく、ペンもってるよ」パトリックはポケットをまさぐりました。「でも、紙はどこにある?」

「パンを包んでいた包装紙ならあるぞ」とベイツィ。「家に帰ったらな」

「家?」

「家があるの?」

 ロビン・フッドが大きなホテルに住んでいると聞いたかのように双子はショックを受けました。

「そう、おれの家だ」ベイツィは満足げにいいました。「とてもいい家だ。さ、こっち来い! 見せてやるぞ」


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