霧に包まれた道 フランク・マキューエン 宮本神酒男訳 

 

乗って 

ケルトの精神世界へのイニシエーションと覚醒 

 

ときにはわれわれは旅をしなければならない 
自分自身の端に行って、自分の中心を探し出すために 
           ラコタ・メディスン・マン バック・ゴストース 

 イニシエーション儀礼が精神生活上とても重要なのは、そこから「切望」との正しいつきあいかたがわかってくるからである。イニシエーション儀礼とは、「切望」する生活のなかで、人の役割を定義し、洗練するプロセスのことなのだ。われわれはいわば触媒となり、人生や世界に与える影響の大きさを自覚することになる。おびただしい数の幻影や守護神、高度な精神性、聖なる物などが人生に入ってくるにもかかわらず、「切望」の声を聞き逃したら、われわれは自分がどこにいるかわからなくなってしまうだろう。

 1991年10月下旬、ケルト文化におけるサンハインの祭りの頃(古代ケルトの新年。先祖の時間。ハロウィンのイヴに当る)私は「切望」を忘れざるを得ない状況にあった。手ごわい病気にかかっていたのである。肉体的な疾患と深い感情的な葛藤から湧き起こる病気は、シャーマニズムでいうところの「シャーマンの死」であり、キリスト教徒が呼ぶところの「魂の暗い夜」だった。

 黒雲のように私の病気は人生全体を覆っているように思われた。しかし雲とちがって病気は流れていかなかった。それは私のまわりにとどまり、そのまま居つくことに決めたようだった。しだいに私は病気を蛇としてヴィジュアル化するようになった。それはずるずるとわが人生に滑り込み、私のエネルギー体のぽっかり空いた穴に棲みこむと、すこしずつ、でも着実に私の生命をむさぼった。

 私はどっかりと腰を下ろした憂鬱と両肺の肺炎による地獄のような苦痛と闘っていた。コンディションは両者を映しあう鏡のようだった。体と魂が暗黒勢力に飲まれていくように感じた。両者とも病気が作り出した流体に飲み込まれないよう戦っていた。それはすでに私の精神を占領し、時計回りに領地拡大を宣言していった。振り返ると、いまはそれが何か知っているのだが、精神医学上の試練、ゲール語でアン・ネラ・ドゥーフ(an nela duhh)すなわち黒い雲と呼ばれるものだった。

 二か月の間私は病気と闘った。異なる抗生物質もさまざまな医師の意見も役に立たないことが証明された。ときどき私の症状が回復に向かっているように見えることもあった。ある抗生物質を使い出して十日後、われわれは病気を撃退することができたと考えた。しかしながら数日のうちにわが免疫システムは海上を漂うブイのように揺らぎ始め、スタート地点に戻ることになった。効果があるものは皆無のように思われた。

 私は意図的に病気のことを家族に知らせないでいた。というのも彼らに心配をかけたくなかったからだ。南部人は生まれながらに心配性であり、もともと私は自分の病気が重症とは思っていなかったのだ。時間がたつにしたがい、医者の声のトーンから私の病状が思ったよりもはるかに悪いことに気づき始めた。医者が私の家族が病気について知っているかとたずねたとき、私はそれが非常に悪いことがわかった。私はまず母親と連絡を取った。母はファースト・ネーション(先住民)やペルーを含むさまざまなヒーリングを学んでいた。病気のことを話すと、母はすぐに彼女が絶大な信頼を寄せているノース・カロライナの首領ツー・トゥリーズ(Chief Two Trees)というチェロキー族の老メディスン・マンと私が話し合えるように取り計らった。

 ツー・トゥリーズは驚くべき人間だった。私がもっと若かった頃、ノース・カロライナの丘で会ったことがあった。彼がどのような人間かそのときはよくわからなかった。私が少年時代に描いていたステレオタイプのネイティブ・アメリカン像は、玄関でツー・トゥリーズを見た瞬間に粉砕された。彼は鳥の羽根も、ドラムも、ビーズで飾ったベストも、羽根で飾った戦闘用の帽子も持っていなかった。彼は素朴なフランネルのシャツを着ていたが、さまざまな種類の松ぼっくりや植物の熱心な収集家だった。彼は同時にたくさんの人の病気を診断することができ、まるでオークションの司会者のように症状や処方の仕方を叫んでいた。ほかにこの最初の出会いでよく覚えているのは、アイビー・リーグの大学から授与された薬理学の名誉博士号の額縁を丸太作りの家の壁に掲げていたことだった。ツー・トゥリーズは本物だったのだ。

 ツー・トゥリーズはニキビや酵母菌の感染症から癌、HIVまであらゆる異端の治療を施すヒーラーとして有名だった。私は有名大学からやってきた医療専門家たちがここに滞在し、治療法とともに彼の診断法を学んでいくことを知った。

 私たちは電話で話をした。私は起こっていること、とくに抗生物質に対する抵抗力について詳しく話すと、彼は耳を傾けてくれた。彼は私に鏡を見るように言った。そして舌を見て、部分ごとの色の変化について話すよう促した。そして目のまわりがどのように見えるか、また体温を測るように言った。体温は104度(摂氏40度)もあった。 

「寄生菌がいるね!」唐突に診断は下された。「きっとそうだ、あんたのなかに小さな汚い生き物がいるんだ。そいつらはあんたを侵食しているのさ。あんたの耳や血脈から、肺まで降りてきたのだ。しかしほんとうの問題は、あんたがここにいたいという気持ちを100%持っているわけではないことだ。そうでなければあんたのなかでこいつらがキャンプを張りたいなどと思わないだろう。こいつらはあんたを侵食するだろう。というのもすでにあんたの魂のなかで何かがあんたを侵食しているからだ」

 彼の言葉は私の眉間を直撃した。電話越しでどうやってこんなに正確に診断することができたのだろうか。

「あんたのお母さんが何かを持っていってくれるよ」と彼はつづけた。「チェロキーのほろ苦いものやひどくまずい何かだ。汚いものを除去するには、何か汚いもので払わなければならないのだ。だがどんなにたくさんインディアンの薬があったところで、あんたが強く生きていきたいと思わなければ、効かないよ。まったくね」

 ツー・トゥリーズはサヨナラも言わないで受話器を置いた。彼は治療の仕事で忙しいのだ。

 私が寄生菌のはびこりについて質問している間、彼は私の感情の状態をこまかくチェックしていた。彼は私が深刻な精神的危機に陥っていること、つまり抑鬱、動機の欠如、自殺願望に満ちた悪夢などの症状があらわれていることに気がついていた。私は心理学やカウンセリングを学んでいたので、昔ながらのやり方で、あるいは古い生活方式やアイデンティティの持ち方で、儀礼的な死や象徴的な死を望むとき、その人がしばしば自殺願望を持っていることを知っていた。しかしその時点では、暗い雲に覆われていた私は明瞭な考えを持つことができなかった。

 

(つづく)