ヒマラヤのイェティ

 ロギャを連れて何日歩いただろうか。地勢がよく、木々が生い茂り、大きな川が流れる場所に着いた。川に沿って歩くと、日が西の山に沈もうとする頃、対岸から川を渡ってきたふたつの影が見えた。人より大きく、人と似ているのだが、毛深い。

 ロギャは問う。

「あれは何なのでしょう」。

 私はチベットには羅刹(srin po)が出ると聞いていたので、そのことを話すと、

「へえ、羅刹なんですかね」。

 と言うと、失神してしまった。

 川を見ると、ふたつの影はまた対岸に渡り、松の木に上り、枝を揺らしていた。それからまた川を渡り、こちらへ向かって走ってくる。私はロギャを背負い、山を三つ越え、別の川のほとりに着いた。水を掬ってロギャの顔にかけると、目を覚ました。しかし羅刹が近づくのを見ると、また気を失った。私はふたたびロギャを背負って走り出し、木の大きな洞で何人かが修行している場所に着いた。私がいましがた見た光景について話すと、ひとりの苦行者が答えた。

「それは羅刹ではありません。人熊(mi dred)です。洞窟に閉じ込めたら、絶対に死んでしまいますよ。この獣は怒ったら休むことなく追いかけてきます。かならずここまでやってくるでしょう」。

 人熊をおびき寄せて洞に入れる作戦をたて、洞の前に石を積み上げた。

 またロギャの顔に水をかけ、目を覚まさせた。お茶をいれ、修行者たちと飲んでいると、二匹の人熊がやってくる姿が見えた。人熊は岩穴のなかにもぐりこみ、なかで爪を引っ掻き回していた。これは人熊が遊んでいる光景である。私は穴から出てきた爪に切りつけると、驚いた人熊は森の中へ逃げていった。 

モンユルで奇妙なインド遊行僧に会う

 翌日太陽が顔を出すと、我々はすぐ出発した。しかしだれが予想できただろう、二匹の人熊はまだ我々を追いかけていたのである。突然それらは我々の行く手に現れた。我々は必死で山の上に駆け上がり、山頂から岩を落とした。大きいほうの人熊は岩に押しつぶされて死に、小さいほうの人熊は一目散に走って逃げた。

 曲がりくねった道を進み、ようやくモンユル地方に着いた。食料が尽きかけていたので、人家を探さねばならなかった。小さな山を登っていくと、峠に石が積まれていた。そこで石を見ていると、山の上からインドの遊行僧が下ってきた。ちょうどそのとき山のすこし上の人家から二匹の犬が飛び出てきたが、遊行僧は石積みの上に乗り、石をぶつけて犬を追い払ったのである。近づいて地面に落ちたその石を見ると、石ではなく、内地(中国)の銀元宝という銀貨だった。私はロギャにその銀貨を持たせ、遊行僧に必要ないのか問うようにと遣わせた。僧は「いらぬ」と答え、逆に「こんな石ころ、なんの役に立つというのかね」と聞き返す始末。

 これは一種の神通力ではないかと私は考えた。ともかくこれは銀元宝にはちがいなかったので、それをもってモンユルを旅することに決めた。