ダライラマ六世の秘められた生涯 解説

ダライラマ六世リンチェン・ツァンヤン・ギャツォ(16831706?)は、チベットでもっとも愛されてきた存在である。その人気の秘密は、数奇な運命と聖人らしからぬ奔放な生活と、情感ほとばしる恋愛詩にあるだろう。(今枝由郎訳『ダライラマ六世・恋愛彷徨詩集』という美しい本が出版されています)

前代のダライラマ五世ンガワン・ロサン・ギャツォ(16171682)は「偉大なるダライラマ」と呼ばれるほど政教両面でチベットを発展させた功労者だった。その五世が逝去したとき、摂政サンギェ・ギャツォは空白期の混乱を恐れ、十五年間にもわたってその死を伏せた。その間、ブータンに近いツォナでひそかに教育を受けたが、十五歳でポタラ宮に入るまで、市井で自由奔放に育ってしまった。当然、窮屈な宮廷生活にはなじめず、毎晩下の町に降りては酒場で女と語らうような堕落した生活を送ることになる。

最高位に就く者がこのような状態では、遅かれ早かれ消される運命にあっただろう。後ろ盾だった摂政サンギェ・ギャツォはライバルのモンゴル人ラザン汗に殺され、宙ぶらりんになった六世は清朝の都北京へ向かう途中、青海湖の西南で暗殺される。

しかし本当に観音の化身であるダライラマを殺害できるだろうか?
だれかが逃がして、死んだことにしたのではないだろうか?

きっと逃げたはずだ、姿と名を変えて生き延びたにちがいない。民衆の心の中では「義経伝説」のごとく六世は生き延びた。
 そうして半世紀後、民衆の要望にこたえるかのように、『ダライラマ六世の秘められた生涯』という本書が現れ、秘密が明かされる。

六世はあのとき難を逃れ、行脚僧となり、カムやネパール、インドなど各地をめぐる。
 巡礼の途中、無頭人や宝象、女神に会ったり、天然痘にかかって死にそうになったり、イエティやゾンビと闘ったりする。まるで活劇の ヒーローになったような活躍ぶり。
 後半になると偉人伝といった趣が強くなり、数々の奇跡を見せながら、モンゴルの阿拉善の寺院の座主となり、高僧として波乱万丈の生涯を終える。
 こうなってくると、本書が史実であるかどうかなんて、むしろどうでもいいことのように思えてくる。

かつて故マイケル・エアリス(アウンサン・スーチーさんの夫でもあった著名な学者)は目くじらをたて、本書の欺瞞性を指弾したが、「ウソでかためた書」というよりは、チベット初の小説であり、小説として評価すべきではなかろうか。たとえ六世生存説を信じる人々が存在するとしても。

偉人伝という形式を採っているため、やや煩瑣にすぎるが、イエティやゾンビと闘う場面などはなかなか面白いと私は思う。ちなみにヒマラヤ越えで遭遇するイエティはミデ(人熊の意)であり、雪男に猿説、熊説があるが、著者は(あるいはチベット人は)熊説を採っている。思うに、イエティが現れた世界ではじめての文章ではないか。*ウォーデル大佐(英)がイエティの足跡を発見したのは1887年。

同時に後半の偉人伝の部分はかなり具体的であり、あきらかに実在した高僧の記録であり、資料的価値も高い。活劇的な面白みには欠けるが、チベットの高僧や社会、考え方などについて親しむには格好の書である。


話を複雑にしているのは、阿拉善に広宗寺という六世の遺志によって建立された寺院があり、六世と摂政サンギェ・ギャンツォの各転生活仏を擁することである。もし六世の転生を認めるなら、七世から現在の十四世へとつながる系譜との関係はどう考えたらいいのだろうか。しかしそういう矛盾はしばしば起こることであり、個から個への転生だけでなく、個から複数への転生を認めるような、おどろくほど柔軟な解決策をチベット人は見出してきたのである。

 私の知る限り、ダライラマ六世を素材にした小説はふたつある。ドルジェ・ツェタンの『ダライ六世逃亡』(1992)と『六世ダライラマ・ツァンヤン・ギャツォ』(2007)である。前者は替え玉を使ってモンゴル兵の追っ手をかわして逃げる、という短編。後者は奔放な恋愛詩人という一面に焦点をあてた長編で、「秘められた生涯」に関しては否定的である。作者によると、「秘められた生涯」は寺院の権威付けを狙って書かれたものであり、作者ンガワン・ドルジェは結局そのためにモンゴル王によって殺され、その首は門の下に埋められたという。さもありなん、ではあるが、荒唐無稽な内容を読むと、政治的な意図でもって書き始められたとしても、作家的な本能をとどめることができず、ンガワン・ドルジェはついつい面白いものを書いてしまったのではないだろうか。