ロヒンギャ秘史
彼らは不法移民なのか、ネイティブなのか
宮本神酒男
序説
迫害される民ロヒンギャ
2023年3月5日、悪魔の舌のような炎は文字通りあたり一帯を灰燼に帰すまで舐めまわした。翌朝、コックスバザールの難民キャンプに戻ったロヒンギャ難民たちは、変わり果てた仮の「わが町、わが家」の姿を見て、茫然と立ち尽くすしかなかった。この火事による死傷者はなかったが、各シェルターが持っているガスボンベがつぎつぎと引火することによって、2000カ所のシェルターが被災し、1万2千人が住む場所を失うことになった。この火災によって、35のモスクと21の学習センターが消失してしまった。
バングラデシュ国防省の報告によると、2021年1月から2022年12月にかけて、ロヒンギャ難民キャンプでは222回の火災が発生した。そのうち少なくとも60回は放火によるものだった。2021年3月の火災では少なくとも15人が死亡し、5万人が住む場所を失っている。
行くも地獄、とどまるも地獄、というべきか。ロヒンギャは、ミャンマー・ラカイン州にとどまれば、国から弾圧され、難民として国境を越えれば、そこでも見えない圧力につぶされそうになる。上述のように、難民キャンプでは、一週間に二度の割合で火災が発生している。3、4回に一度しか放火の確認はできていないが、もしかするとすべてが放火によるものかもしれない。追い出されてきた彼らをさらに追い出そうとする人々がいるのかもしれない。
大規模火災そのものよりもショッキングなのは、世界中で大きなニュースとして取り扱われなかったことだ。日本でもニュースとして流されたが、死傷者がなかったこともあり、まるでどこかでボヤでも起きたかのような扱いだった。ロヒンギャ難民に関するニュースに世間は慣れてしまい、少々のことでは驚かなくなってしまったのだ。[註:火災発生後しばらくしてからUNCHRの広告に使われるようになり、多くの人に知られるようになった]
ロヒンギャとは誰なのだろうか。そしてロヒンギャ難民問題とは何だろうか。ミャンマーとバングラデシュの国境近くでなぜ彼らは住んでいるところから追い立てられているのだろうか。なぜ弾圧され、殺されているのだろうか。彼らは何か悪いことをしたのだろうか。
ミャンマーの軍事政府に言わせれば、彼らは外国人だという。彼らは英国の植民地時代(1826-1942)にアラカン(現在のラカイン州)にやってきたベンガル人労働者で、そのまま居座ってしまった不法移民だという。彼らはムスリムで、ベンガル語を話し、ミャンマー語を解さないので、愛国心ももちろんない。だから不法滞在しないで、バングラデシュに帰るべきだ、と主張している。
国際社会はそれに対し、ロヒンギャがどういった人々であれ、国籍がなく、人権が侵害され、最低限の生活も困難になっている今、救いの手が差し伸べられるべきだと考えている。とはいってもいまだに弾圧はつづき、大量の難民が発生しつづけている。ロヒンギャがいなくなった土地には仏教徒(ミャンマー人)の村、なかには囚人だけの村ができ、難民にはもう帰る場所がない。しかも国境を越えたバングラデシュ内の難民キャンプは満杯状態で、収容しきれなくなっている。それだけでなく、新たな問題がつぎつぎと生じてくるのだった。
ロヒンギャがネイティブである可能性
わたし自身、もともとロヒンギャ問題にそれほど関心があったわけではなく、いくばくかの同情以上のものを持ったことがなかった。しかしはじめて訪れたラカイン州は、ひとを夢見心地にさせるようなすばらしい場所なのだけど、それ以外に、わたしはある「発見」をしてしまったのである。ウェータリーという古都のあった村にぞんざいに保管されていたヴィシュヌ像などヒンドゥー教の神々の古い像を見てしまったのだ。古代からここは仏教の都だったのではないのか。ヒンドゥー教が信仰されていたなんて、聞いたことがなかった。もちろん隠されているわけではないからこそ、目にしたのだが、あまり話題にされないことで、秘密にされていたともいえるだろう。
このときはじめて古代ラカインの住人がインド人であることを知ったのである。考古学的な発見から、この地で古くから仏教やヒンドゥー教が信仰されていたことがわかっている。また古い地名がみなインドの言葉であることもわかっている。ビルマ系のラカイン人が最初にラカインにやってきたのは10世紀で、ある程度の入植者がビルマからやってきたのは11世紀だった。
最初の住人であるインド人はいついなくなったのだろうか。支配民族だったインド人は被支配者になったが、そのままいつづけたのではなかろうか。彼らがロヒンギャの先祖ではないのか。彼らがネイティブ(先住民)であるなら、見方も変わるのではないか。そもそも彼らがベンガル人移民というのは、どれだけの根拠があるのだろうか。そんなことを考えたわたしは、いろんな可能性について調べ、吟味することにした。