第五章

父とひとり娘の不道徳な性的関係とその結果

 新しい死者はよく両耳を開いて、アマリチャ(Amarhicha)、すなわち案内人がこれから話すいくつかの創世神話を、聞かなければならない。太古の昔、父とたったひとりの娘はトゥラティン・グン・トゥルティナというところに住んでいた。ある日父と娘は村の外の平たい石の休憩所に座って家事について話をしていた。父は娘に言った。

「娘よ。我々は60匹の羊と50頭の家畜をもっている。それらに穀物をいっぱい詰め込んだ袋を載せ、チベットで塩と交換するのだ」。

「お父さん。私たちがチベットのクシェマ(KshyemaあるいはジャダンJyadan)に着いたとき、とても寒い思いをするでしょう。それでグンガト(Ghunghatワダナティチクラwadanatichikula)を編みました。このグンガトは針を通すことも、水滴を通すこともできないほどです(それほど丈夫)」。

 娘が父にグンガトを渡し、塩と穀物を交換すべくチベットへ向けてシャラウンを出発するすべての準備が整った。穀物は二つの口(karkha)をもった袋に詰められ、毛糸の糸で口は縛られた。穀物の袋を積み上げていくと、袋は山のようになった。それらは羊と山羊の背に載せられ、テントの覆いをかけた。娘は必要なものをもってキャラバンの先頭を歩き、父は後尾を歩いた。彼らはマハデヴァのシャサウンタナ寺院(Syasaunthana)、マウガウタマシャ(Maugautamasya)、マリパ(Malipa)のショショ(Syosyo)を経てサウウィ山(Sauwui)の山頂に着いた。それからソファガル(Sofagal)、ダウリ川(Dhhauli)のニュジャムパ橋(Nyujampa)、ソバン・ダトゥ(Soban dhhato)を経て祖母ハラララー(Haralalaa)の家にたどりついた。彼らは挨拶をかわした。

 ハラララーと正式な挨拶を交わしたあと、彼らはパバウィ(Pabawi 山頂の下)とヤルバウィ(Yarbawi 山頂)に着き、旗を捧げて祈った。さらに上方へ歩き、彼らはバウリナフラビ(Baulinahurabyi)に着き、棘樹の枝を道に敷き、邪視が羊や山羊、彼ら自身に落ちないようにした。さらに上ってチャララウムブ(Chalarawumbu)では一対の旗を捧げ、白い籾米を撒いて祈った。さらに上ってウラティナ(Wurathina)では作っていた食べ物を食べた。食べ終わったあと彼らはシャラ・ガタ(Syala Ghata)に着き、それから橋を渡った。そしてさらに上ってバリナ(Balina)の下のケティ・ガラシナ(Kheti Garasina)、バリナの上のナティ川(Nati)、カウナ・ドゥグトゥ(Khauna Dugtu)、チョウラ・シャシャティ川(Choula Syasyati)を経て、ガバラ神(Gabala)の寺院に着いた。そこで旗をガバラ神に捧げ、銅の鈴を鳴らし、籾米を撒いて、羊や山羊の加護を祈った。それからダカラ(Dakara)、ティダン(Tidan)、シク・ダルティ(Siku Dharti)を経て、ニマチカ(Nimachyika)のラナマ川(Rhanama)を渡った。そしてリマラ山(Rimara)に着き、リマラ神に祈り、言った。

「リマラ神よ! 旅人に岩を落とさないようにお願いする」

 彼らはラチャ山(Lacha)の尾根、ドゥマシャデラ(Dumasyadera)、タラジャラ(Tharajyara)、ラハナマ・ヤンティ川(Rahanama Yanti)を経てラハナマ・ジャムフフ(Rahanama Jamfufwu)の平原に出た。さらに上って彼らはトクナタ(Toknatha)の神の池ラグナタ(Raghunatha)に着き、一対の旗を捧げ、白石をシヴァ・リンガとして立て、銅の鈴を鳴らして線香を焚きながら祈った。それからワルフ(Walfu)やニルジュ(Nilju)を経てミク(Mik ?)に到着した。そこで人々と挨拶をかわした。

 上方へ歩いて行き、父と娘はサラウン・サバガウン(Salaun Sabhagaun)に着くと、橋を渡った。さらに上り、チェナマ(Chyenama)またの名ジョハラ(Johara)のダッラ(Darra)またの名バウブイ(Bhaubui)に着くと、ナンサ・チャマシラ(Nansa Chhamasira)すなわち50匹のヤギ、トゥガッチャ・ダカラ(Tugachha Dakara)すなわち60匹のヒツジから荷を下ろした。ふたつの穴のあいた袋がつぎつぎと積み上げられた。ひとり娘は簡単なかまどを作り、食事をこしらえた。父と娘は食事を取った。食事のあと娘は言った。

「お父さん! 今夜、バカリ(Bakhari)の草で作ったベッドとクムバチ(Khumbachi)の草で作った枕をテントに入れます。お父さんはこれから私の夫となるのであり、私はお父さんの妻となるのです」。

 ひとり娘は父に(いまや夫でもある)ダランティ(daranti)のような武器であるタクチェイ(takchei)をもってヤギやヒツジを放牧するように言った。父は愛娘の言にしたがい、タクチェイをもって森へ行き、ヤギやヒツジを放牧した。娘はバカリ草で作ったベッドの上に横たわり、クムバチ草で編んだ枕を頭下に置いて、テントのなかでくつろいだ。日が沈み、暗闇が覆ったあと、彼らは不道徳な性的関係を結んだ。

 それは自然の摂理に反するものであり、神の怒りを買うことだった。突如空は暗雲に覆われ、稲妻が光り、激しく雨が降り始めた。自然災害のなかで(洪水?)父親は行方不明になった。娘は父親を探し回ったが、見つけることはできなかった。娘は悲憤のあまり、呪うような言葉を発した。「ヤギは雌鹿に、ヒツジは牡鹿になるだろう。袋の束は岩に、テントは巨大な岩盤になるだろう」。

 ひとり娘(kyena chamai)はカウワ・ダダ(Kauwa Dada)に父親について尋ねた。父親はいまや彼女の夫であり、グンガタ帽(ghunghata)に似たワダナティチクラ帽(wadanatichikula)のようになくてはならない存在なのである。カラスは、手助けするかわりに何かをよこすように言った。ひとり娘はカウワ・ダダに言った。

「カウワ・ダダ! ヒツジを捧げてバッバ・シャンセ(Babba Syanse)すなわちマハ・デーヴァ(Maha Deva)を祀るとき、いつもあばら骨をあなたにあげてきた。そのシャンタ・プジャ(Syantha Puja)では、米やプディ(pudi)、すなわちカレ・バタ(Kale Bhata)を捧げてきたではないか」。

 ひとり娘のことばを聞いて、カウワ・ダダは不道徳な夫(kyena chyubaa)について語った。

「おまえの父、いや夫はおそらく、バルカタ(Bwrkhatha)の中央に水を飲みに行ったのじゃないかね。おまえのグンガタ帽のような帽子が牧草地帯の大きな角をもったチャワルの角に引っかかっていたからね」。

 下の方へ歩いてひとり娘はバルカタ(Barkhatha)に着き、グンガタのような自分の帽子を探した。彼女はチャワルの角にバダティナ・チクラを見つけた。彼女はチャワルに向かって言った。

「チャワルよ! あなたの足の下で休ませてください」。

「私の脚はバルカタで他のチャワルといっしょに上ったり下ったりするのにどうしても必要です。だから脚の下を貸すことはできません」。

「それなら尾を貸してください」。

「尾は、走るときに必要です。貸せません」。

「それなら背中を貸してください」。

「背中は、バルカタの領主バルカ・タジャマ(Barkha Tajama)の荷物を載せるのに必要です」。

「それなら角を貸してください」。

「角は、他のチャワルと闘うときに必要なのです」。

 最終的にひとり娘はブヨに扮してチャワルの鼻梁に近づいた。チャワルは気づかなかった。ひとり娘はチャワルの鼻に穴を穿った。

 ひとり娘は角と鼻を縄でしっかり結び、逃げられないようにした。チャワルに縄を結んだので、歩くのが簡単になった。彼女はチャワルに記憶にとどめさせるかのように言った。

「あなたはわが父にして夫の象徴的存在です。これから私といっしょにトゥルティナ・グン・トゥルティナ(Tulthina Gun Tulthina)へ行かなくてはなりません。心配には及びません。食べ物や飲み物は用意しますから」。

 そう言いながらひとり娘はチャワルの右の角に鋭利な刃物で印をつけ、チャワルの主人となった。そしてチャワルは言った。

「私はとても寒い国(ジャダンJyadan、すなわちチベット)の住人です。ですからクシェトゥ(Kshyetwu)またの名チパレカ(Chhipaleka)より下へは行けません」。

 ひとり娘は下ってソファガダウン(Sofagadaun)、頂上のムッラビ(Mullabi)に着くと、上を向き、カイラシュパティ(Kailashpati)、すなわちマハデヴァ(Maha Deva)あるいはハヤガリ(Hayagari)に向かって手を合わせ、祈った。それから下へ向かい、マナサロワル湖(Mana Sarowar)のまわりをめぐった。ワルダ川(Walda)を渡ってルガタ・プヌ(Rugatha)に至り、さらにラジュギャーに着くと、鹿のようにジャンプしてグル川(Guru)を渡った。そこから下ってツユシャンマンテ(Twuyu Syanmanthe)、すなわちツユのジョラワラ・シン(Jorawara Sing)の碑に着くと、ひとり娘は赤・青の旗を捧げ、ディヤ(Diya)すなわち灯明とお香を捧げた。ツユの橋を渡り、彼らはチュマンタ(Chyumantha)にたどりついた。それから、カヤラ(Khayara)、ササラゴンバ(Sasaragomba)を通ってシャンマンタ(Syanmantha)に着くと、白籾米、お香を献じた。下ってボクス・ポクトゥ・ポクタ(Boksu Poktu Pokta)に着くと、彼女はそろりそろりと歩き、シャン・ダルティ(Syan Dharti)に着くと、小さな橋を作り、その橋を渡った。

 下方に歩き、ひとり娘はクシジグラドゥマ(Kshyijhiguladuma)で川を渡った。さらに下ってインドラの眷族シャンプンタ(Syannpunta)にお香を捧げ、清めた。そこから上って、ボバ・ティンダラー(Boba tyindalaa)にたどり着いた。それからリプレク峠(Lipulek)の反対側のダルマニシャナ(Darmanisyana)に着くと、石を積み上げた。ふたたび下って、シャン……(Syan)、グラシャチマ(Gurasyachima)、ヌラ・ダルティ(Nura Dharti)を経て、大きな目をもつ魔シミプヌ(Syimyipunu)、大きな歯をもつ魔クワンタラルトゥ(Kwantalarutu)を棘樹の枝で追い払い、ヤルカ山(Yarkha)に着くと、鹿の狩人に食事を与えた。そのあと草を刈る少女にも食事を与えた。さらに歩き続けて、タタロ・ダ(Thatharo Da)、ナチティ(Nachiti)、ロレラ(Lorela)、パッチャマ・ダルティ(Pachhama Darti)を経て、肉をさばく岩ブルシャラー(Bursyalaa)に着くと、肉を切る仕草をした。さらにサジマカ(Sajmaka)、シャドゥンマ(Syadunma)、ヤラファナ(Yarafana)、カンワ(Kanwa)を経て、ひとり娘はチャワルとともにカウンワ・クティ(Kaunwa Kuti)に着き、寺の正門の鍵をあけ、白い旗を捧げた。そこから下り、シャンプンタに、旗をつけた杉の枝を捧げ、白籾米とお香を捧げた。そこから下って、ピラウブパ寺院群(Pyiraubpa)に着くと、白籾米とお香を捧げた。

 ひとり娘はカリ・ナディ(Kali Nadi)でチャンガランガー(Changarangaa)すなわちチャワルとともに橋を渡った。ダシャーラ(Dasyaala)に着いたとき、チャワルの背中に枝で触れ、それを道の中央の石の下に置いた。邪視がチャワルに落ちないようにするためである。そこから上がっていって、クシントゥ(Kshyintwu)のカヒャパタ(Kahyapata)に会い、挨拶をかわした。そこから下ってジュンシラパジ・ジュハル(Junsyirapajyi juharu)またの名ガブリャガ・ガワ(Gabryaga gawa)に着き、村人と挨拶をかわした。さらにシャンガウンカ(Syanggaunkha)、アルタクワ(Altakhwa)、チャウンフ平原(Chaunfwu)、シャガシナ(Syagasyina)を経て、シャンマンタ(Syanmantha)に到着し、祈った。それから下ってヤールラ(Yaarula)に着き、ここの岩にチャワルをつなぎ、チャワルの角で穴があいた。彼女はチャワルに対して言う。

「チャワルよ、おまえはトゥルティン・グ・テゥルティン(Tulthin gu Tulthin)に着こうとしている。そこでおまえにおいしい食べ物を与えるだろう」。

 するとチャワルは答えて言う。

「ひとり娘よ! クシェトゥ(Kshyetwu)より低地には行かないと言ったではないか。そこでは天と地が合わさり、暗闇があるだろう。それに私は暑さに耐え切れないだろう」。

 ひとり娘はチャワルに鈴をかけようとしたが、チャワルはいやがり、その角でヤールラの岩に穴があいてしまった。

「チャワルよ。バルカタ(Barkhatha)以降おまえは父のヤクになったのだ。おまえの角にラタム(Ratham)の印をつけたので、(父のヤクだと)認識できるのだ」。

 チャワルは刀でつけられた印を確認し、素直にしたがうことにした。

 チャワルはヤールラより先に行くことに同意したので、彼女はチャワルの首に鈴をかけ、鼻と角に縄を結わえた。彼女は下って寺院群の最上部にあるクシェトゥ・ウィンク(Kshyetwu Winku)にたどりつき、アクシャタを撒いて祀った。そこで振り向いて彼女は両手を合わせ、祈りを捧げた。そこから下ってハヤマリ(Hayamari)に着いたとき、突然嵐がやってきて、空は黒雲に覆われ、稲妻が轟いた。ひとり娘と父のチャワルは消え、永遠に帰ってくることはなかった。